豊田真由子の公式Xより

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参政党の豊田真由子政調会長が2日、衆院予算委員会で質問に立った。豊田氏は、「9年ぶりの国会質疑で、大変緊張している。どうぞお手柔らかに」とあいさつ。複数の委員からやじとも笑いともつかぬ声が沸くと、豊田氏は「逆か。すいません……」と苦笑し、場内を和やかにした。

豊田氏といえば2017年6月、週刊誌「週刊新潮」(新潮社)がYouTubeに「凶暴代議士『豊田真由子』による秘書への"絶叫暴言&暴行傷害"音声」という動画を投稿。報じられた政策秘書への罵声と暴行疑惑の決定的証拠は同年5月下旬に録音されたもので、この動画には豊田氏が「このハゲー!」「違うだろー!」「これ以上私の評判を下げるな!」と元秘書の男性をののしったり、叩いたりする音がはっきりと残っていた。

豊田氏は支援者へのバースデーカードの宛名記載ミスを理由に、運転手を務めていた50代の男性政策秘書に対し車内で罵詈(ばり)雑言を浴びせたとされ、日本中に大きな衝撃を与えた。

同月、豊田氏は自民党へ離党届を提出。一部報道では、国会議員になってからの4年半で自身の秘書が100人辞めたと報道されたが、それに対して「辞めたのは15人程度」と反論。報道直後、豊田氏は「心身の不調」などを理由に入院し、同年9月の釈明会見では涙ながらにわびを入れた。

豊田氏によれば、「(秘書が)高速道路を逆走するなど、命に関わるようなミスが続いたため、パニックになってしまった」と説明。だが、自らの暴言を秘書のせいにしたため、世間の怒りはさらなる火の車となった。

翌10月、「志を断ち切りがたく、もしチャンスをいただけるなら、地域、国のために働きたい」と衆院選への出馬を正式に表明。無所属で出馬したが、結果は最下位での落選。政治生命は絶たれたかに見えた。

豊田氏は東京大学卒業後、厚生労働省に入省し、ハーバード大学大学院で修士号を取った元エリート官僚。そんな名誉ある人物の“裏の顔”はインパクトを与えまくり、リミックス動画(「音MAD」)がニコニコ動画やYouTubeに相次いで投稿される現象が起こった。

ニコニコ動画に公開された「ダブステップ豊田」では、細切れにされた暴言が強烈なビートに合わせて繰り返されている。コメントでは、「早速きたね」「良質なシャウトでまじウケる」「ツボにハマった」といった称賛の書き込みがみられ、関心の高さがうかがえた。

また、「豊田真由子.まゆこMIX」という別の動画では、クラブミュージック風のBGMに合わせて「このハゲー!」「違うだろー!」「どれだけ私の心を叩いてる」がリピート。ただ、豊田氏の声の癖がかなり強いため、リミックス作成に苦心している人もいたほどで、ネット界隈では時の人となった。

さらには、同年の流行語大賞にノミネートされるほどの社会現象を巻き起こし、まさしく「悪名は無名に勝る」状態に。政界から離れた以後はテレビのコメンテーターとして活躍していた。

騒動から8年がたった今年1月、参政党から衆院選の比例代表で出馬する意向を明らかにし、翌2月の投開票で見事当選を果たし、政界に舞い戻った。

同月、特別国会が召集され国会議事堂に初登院し豊田氏は、党のカラーのオレンジではなく、白いジャケットを身にまとい、「新たなスタートということで、真っさらな白を着させていただいた」と再スタートを誓った。

さらに、政界へのカムバックについて「生まれ変わった気持ちで、ぞうきんがけからやっていきたい」と語り、「もがき苦しんだ経験があるので、同じような苦しみを持つ方の気持ちも身に染みて分かる。強者の論理ではなく、見えない『声なき声』を聞いていくということに役立てたい」と前を見据えた。

豊田氏の暴言は8年たっても頭から離れない人も多いことだろう。正真正銘のパワハラであり、立場の弱い者に暴力まで加えるなど非道極まりない。だが、豊田氏も相応以上に“さらし者”となり、“みそぎは済んだ”との声も一定数ある。襟を正した今後の活動に注目したい。