ホンダ・アコードと競った5代目トヨタ・コロナ 米国最大級の廃車置き場で見つけた「お宝」 40選(中編) ジャンクヤード探訪記
ダッジ・モナコ(1969年)
この1969年式ダッジ・モナコ2ドア・クーペは、2代目モデルのデビューを告げる1台だ。この個体は500というモデルで、バケットシートやセンターアームレストなどの装備を備えている。標準では245psを発生する6.3L V8エンジンを搭載していたが、オプションで330psまたは375psのエンジンへのアップグレードも可能だった。
【画像】米国で大ヒットを飛ばした日本のセダン【トヨタ・コロナ(1965年)を詳しく見る】 全9枚

ダッジ・モナコ(1969年)
リンカーン・プレミア(1957年)
この1957年式リンカーン・プレミアの4枚のドアは誰かに引き取られたようだが、まだ回収可能な部品は多い。やや傷んでいるが、4ウェイのパワーシートもある。リンカーン・プレミアは、カプリと最上級モデルのコンチネンタル・マークIIの間に位置し、1955年から1960年まで生産された。
フロントバンパー下端にあったドライビングライトはヘッドライトの下へ移設され、縦置きの4灯式ライトとなった。リンカーンはこれを「クアドラライト(Quadra-Lite)」と呼んだ。

リンカーン・プレミア(1957年)
ビュイック・ルセイバー(1960年)
1960年式ビュイック・ルセイバーのトランクリッドを丸ごと外さずに半分だけ切り取っていったというのは、なんとも奇妙だ。1959年に登場したルセイバーは、その後46年間にわたって生産が続いた。1960年モデルは初代とされているが、大幅なフェイスリフトを受け、前年度モデルとの共通点はルーフとトランク以外ほとんどなかった。

ビュイック・ルセイバー(1960年)
トヨタ・コロナ(1977年)
ラテン語で「太陽冠」を意味するコロナは、トヨタの成長に大きく貢献した。米国で最初に発売されたのは1966年式の3代目で、高い信頼性が評価された。トヨタの成功は、他の日本メーカーにも刺激を与えた。この1977年式の5代目が生産された頃には、人気のホンダ・アコードとの競争に直面していた。

トヨタ・コロナ(1977年)
ポンティアック・サファリ(1960年)
ナンバープレートのタグによれば、この1960年式ポンティアック・サファリは17年使用された後に廃車となり、どうやら50年近く自走していないようだ。実際、土に埋もれた様子から判断すると、その大半をフレンチレイク・オートパーツで過ごしてきたのだろう。

ポンティアック・サファリ(1960年)
プリムス・クランブルック(1951年)
前項のポンティアック・サファリとは対照的に、この1951年式プリムス・クランブルックは1980年代半ばまで現役で走っていた。錆のない部品が豊富に残っている。欲しい部品があれば、フレンチレイク・オートパーツまでお電話を。

プリムス・クランブルック(1951年)
フォルクスワーゲン・バス(1978年)
米国各地のジャンクヤードには、少なくとも1台はフォルクスワーゲン・バスの在庫があるはずだ。フレンチレイク・オートパーツに置かれたこの1978年式の個体は、かなり古びている。ボディパネルの大部分は腐食が激しいが、他のスペアパーツは豊富に揃っている。屋根の上に載っているのはフォルクスワーゲン・ビートルのシャシーのようだ。

フォルクスワーゲン・バス(1978年)
ビュイック(1937年)
「リアエンド内部に錆あり」というメモ書きがされているが、もはやそれどころの話ではない。識別マークは見つからなかったが、1937年製と推測される。この年はビュイックにとって絶好調で、22万346台を販売。1940年までこの数字が更新されることはなかった。

ビュイック(1937年)
キャデラック・エルドラド(1969年)
このエルドラドは1969年に生産された2万3333台のうちの1台で、同年のキャデラック生産台数の約10%を占める。1969年当時の米国の平均的な自動車価格が3270ドルだったのに対し、エルドラドは6710ドルだった。数々の快適装備と強力な7.7Lエンジンを備え、目の肥えた消費者にとって贅沢な選択肢だった。

キャデラック・エルドラド(1969年)
シボレー150(1955年)
今日では1957年モデルが注目されがちだが、いわゆる「トライファイブ・シェビー」の中で最も売れたのは1955年モデルだ。販売台数は約178万台に達し、1956年モデル(162万台)と1957年モデル(156万台)を大きく上回っている。この1955年式150の4ドア・セダンは、今でも魅力的に見える。

シボレー150(1955年)
クライスラー・ニューポート(1963年)
1963年、クライスラーはニューポートのテールフィンを廃止したが、翌年にはこの写真のように復活した。この個体はジャンクヤードで見つかる逸品としては非常に良好なコンディションで、比較的錆が少なく部品も揃っている。1963年には約8万5000台のニューポートが生産され、その大半はこのような4ドア・セダンだった。

クライスラー・ニューポート(1963年)
シボレー・カプリス・エステート(1978年)
この1978年式シボレー・カプリス・エステートは錆だらけだが、少なくとも木目調パネルが虫に食い荒らされることはなさそうだ。ビニール製の木目調トリムを施した「ウッディー」ステーションワゴンを初めて導入したのは、1966年のシボレーとダッジだった。

シボレー・カプリス・エステート(1978年)
マーキュリー・パークレーン(1965年)
この1965年式マーキュリー・パークレーンの鮮やかな色合いから、比較的最近再塗装されたことが窺える。しかし、塗装が剥がれかけていることから、作業の質はあまり高くないようだ。ジャンクヤードで無傷のラグトップを持つクルマを見つけるのは珍しい。生産台数3000台強という希少車である。
(翻訳者注:この記事は「後編」へ続きます。)

マーキュリー・パークレーン(1965年)
