農業は「生きがい」と話す小川さん(撮影:久保田真理)

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自宅の壁には、外国人の友達から送られたクリスマスカードや写真がたくさん飾られている。夕方になると、好きなシャンソンを聴きながら、時にはビールを片手に、料理をする小川由紀子(53)さん。そんな国際色豊かな生活を送っている小川さんには、もうひとつの顔がある。「夏は午前5時、それ以外でも5時半に起床。朝早くても、野菜の様子を見に行くときが一番楽しい」――。千葉・成田空港から直線距離で1キロメートルしか離れていない、離発着する飛行機が間近に見えるこの場所で、30年近く農業を営んでいる

 自宅から車で5分ほど行ったところの広大な畑には20−30種類の野菜が並ぶ。農薬、合成化学肥料は不使用。ぬかと有機たい肥で土に栄養を与え、手で雑草を抜き、虫をつぶす。とても手間のかかるやり方だ。それでも、「農業は生きがい。今は自分の子どもや夫より、畑の方が大事」と笑いながら話す。種をまいてから収穫するまでの過程を、母のような心持ちで見守る。特に感動が大きいのは、小さな実を最初に見つけたとき。「やっと食べられる。1年経ったんだなあ」という思いがこみ上げてくる。「これは育てている者にしか分からない喜び」と小川さんは語る。

 小川さんと農業の出会いは、“結婚”がきっかけだった。小川さんが嫁いだ地域は、日本で有機農業の先駆的な場所。先輩である夫に、鍬の持ち方や耕すときの角度を習うことから始めた。“自然のルール”を習得するのに、いろいろな苦労や失敗が必要だった。「本を読んでも分からないことだらけ。本当に役に立つことは、自分で得たこと」と畑が教えてくれたという。そして、農薬を使わない農業が、“いのち”のことを考えればとても大切なことであることも。

 8年ほど前から、自然食品店やレストランに直送するようになった。新鮮な野菜を届けるために毎日畑に行き、その日に出荷する分だけを収穫する。自宅に戻ると、袋詰め、箱詰めの作業が続き、運送業者にダンボールを引き渡すまで緊張感が走る。他の農家と共同で出荷していたときとは、状況が違う。「多少の甘えも許されず、何かあればすべて自分の責任。でも自分の発想で、『これはどう? こんなものもあるんだよ』って提案できるのが面白い」。

 消費者のニーズだけを考えるのではなく、「基本的に自分で食べたい野菜、食べておいしい、うれしい野菜を作っている」と話す小川さん。好奇心旺盛な性格から“新しい野菜”に挑戦し、今年は普通のレタスに比べ種の値段が5倍もする「赤いレタス」を育てた。また、葉のおいしさを知ってもらおうと長さ50cmほどの「葉つきにんじん」を売り出し、季節の葉野菜を5種類以上詰めた「サラダセット」も商品化した。通常のスーパーの店頭には並ばない小川さんの野菜を心待ちにしているファンも多い。

 「毎年同じことを繰り返しても、感動がある」、「手をかけた分だけ、野菜がこたえてくれる」――。いろいろな言葉で農業を語ってくれた小川さんは、持ち前の豊かな“好奇心”と共に、これからも可能な限り土と触れ合って生きていくつもりだ。

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 今回紹介した女性たちは、これまでにさまざまな困難や苦労を乗り越え、今でもなお悩みを抱えつつも、自分のやりたいことにまっしぐらに進んでいる。育児休業の延長や育児中の時短など働く女性を支援する動きも出てきているが、時間外労働、保育園の不足、親の介護など、再就職を妨げる問題が“厳存”することも現実だ。制度の整備や企業の姿勢を変えるのには、まだまだ時間がかかると予想されるが、「自分の力で環境を変える」、そんな勇気を持つことが、1つの解決方法になるのかもしれない。【了】

■連載・女4人、元気になれる“人生”
(3)やっとたどり着いた“私の”生活
(2)亡き先生が押してくれた背中
(1)新しい“まちづくり”を目指して