「家では、夏は基本ビール。たまにハイボール作りますけど、めんどくさいから(笑)」(撮影=本社 奥西義和/撮影協力=桜商店603)

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坂井希久子さんの『婦人公論.jp』での連載「赤羽せんべろまねき猫」が単行本として発売されました。連載スタート時に赤羽で収録したインタビューを再配信します。**********先ごろ、祖母と孫娘ふたりの視点で綴られた大河小説『何年、生きても』が文庫化された作家の坂井希久子さん。女性の生き方を描く物語に定評のある坂井さんは現在、42歳で急に父の立ち飲み屋を引き継ぐことになった篠崎明日美のドタバタを描く「赤羽せんべろ まねき猫」を「婦人公論.jp」に連載中だ。【前編】に引き続き、立ち飲み屋「桜商店603」で坂井さんにお話を聞いた。作品の舞台である赤羽で杯を重ねつつ語る、ネコまみれの日常と、作家・坂井希久子ができるまで、そして父との関係とは――。(構成=編集部 撮影=本社写真部)

【写真】激カワ!!仲良く並んだ坂井家の2匹の猫

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卵焼きを毎朝巻いていた中高生の頃

連載中の「赤羽せんべろ まねき猫」は、「まねき猫」という名の立ち飲み屋さんが舞台なんです。先日、第5回の原稿を担当編集さんに送ったら、作中に出てくるまかないのモツ煮込み丼のことを、「飯テロです」と誉められました。(笑)

飲食店が舞台の作品を書くようになったきっかけは、時代小説の「居酒屋ぜんや」シリーズ(ハルキ文庫)です。出てくる食べ物がおいしそう、と言っていただくことが多くてありがたいんですが、実は、食べ物の描写にそれほど力を入れてるわけではありません。(苦笑)


「居酒屋ぜんや」シリーズ1巻目『ほかほか蕗ご飯』(坂井希久子:著・ハルキ文庫)

先日友だちの新川帆立ちゃん(ミステリー作家。『元彼の遺言状』『競争の番人』など)と対談をしたんですけどね。彼女の『先祖探偵』(角川春樹事務所)では食のシーンが多いから、「食べる場面に主人公の生命力を感じるね」って言ったら、「私は食べる人目線の描写ですけど、坂井さんは作る人目線ですよね」と返されて。なるほど、そうなのかな、と。私は、おいしいものを想像したり食べたりするのはもちろんですけど、作るのも好きなので。

家ではほぼ自炊です。高校に入ってすぐ、専業主婦だった母が亡くなりまして。同居していた父方の祖母が、信じられないほどの料理下手(苦笑)。放っておくと、スーパーの惣菜コーナーの焼き鳥とか鰻の蒲焼、祖母が揚げたべちゃべちゃの天ぷらが夕食のローテーションに……。それがあまりにも苦痛で、ある日、このままでは自分の舌が馬鹿になってしまう! と思ったんです。

その結果、学校帰りに制服のままスーパーに寄って買い物をして、家族の夕食を作るようになりました。本格的に料理を始めたきっかけですね。母が病床にあった中学時代から、学校のお弁当は自分で作ってたんですよ。中高生の頃は、毎朝、卵焼きをやたらと巻いてました。(笑)

愛猫たちの「しもべ」として生きる日々

作品の舞台にこの街を選んだのは、単純に、担当編集さんとの打ち合わせを赤羽ですることが多かったから(笑)。時々、夫と散歩がてら赤羽に来て、昼飲みをします。家から歩くと、そこそこいい散歩になるんですよ。お酒は好きなんですけど強くはないので、軽く飲んで、そのへんを少しブラブラして帰ります。昼酒を飲むと、いい感じに眠くなっちゃうじゃないですか。結局今日は飲んで寝ただけだぁ、と変な罪悪感を覚えつつ1日が終わることも。(苦笑)

お店の名前を「まねき猫」にしたのは、なんでやろ? 確か、打ち合わせで「野良猫」という店名候補が出たんです。私がネコを2匹飼ってるので。そこから、縁起がよさそうだし、と「まねき猫」に変わったんだったかな? そこまで深い意味はないはずです。

家で飼っているのは、「うめ様」と「萩やん」。両方とも、元は保護猫です。うめ様はもともと、保護された方がそう呼んでいたんです。譲渡されたときに、名前を変えてもかまいませんと言われたんですけど。うめちゃん、かわいいじゃないですか! なので、そのまま。例えば「ミルク」とかだったら、変えていたと思います。(笑)
その後、萩やんは生後4週目ぐらいで我が家に来ました。ちっちゃいから、まだ名前もなくて。実は、『万葉集』で一番詠まれている植物は萩で、次が梅なんですよ。当時、桜は意外と詠まれていませんでした。うめ様は梅だから、この子は萩しかないじゃん、と。それで、萩やんになったんです。

「敬称」が違うのは、うめ様は私に対して上から目線だから。絶対に私のこと、「しもべ」だと思ってますから(苦笑)。一方の萩やんは、来たときにちっちゃかったこともあって、すっごく下っ端感がある。萩やんはおしゃべりなんですけど、いつも不満ばっかり言ってます。声が不満げ(笑)。そういうキャラの違いがあるから、「うめ様」と「萩やん」なんです。

連載を始めるにあたって、タイトルに入ってますし、せっかくですから読者サービスも兼ねてうめ様と萩やんの写真を載っけませんか、と提案していただきまして。もちろん、ふたつ返事でOKしました。親バカです。(笑)

物語でもリアルでもわかり合えない父と娘

「赤羽せんべろ まねき猫」は、10年間連絡すら取っていなかった父・時次郎が脳出血で倒れ、主人公・明日美が彼の「尻ぬぐい」をすることになる物語です。時次郎の立ち飲み屋さんは、コロナ禍で経営が悪化し、借金があります。そのうえ、ある事情があって、店を閉めることができません。続けなければならない。明日美は離婚して、コールセンターで働いているんですけど。病床の父親にずいぶん振り回されていて、自分で書いていながら、かわいそう。(苦笑)


「せんべろの聖地」とも言われる赤羽一番街(撮影=本社 奥西義和)

そういう物語のイントロは、打ち合わせでアウトラインが固まった直後から考えていたんですが。実は今年の2月に、私の父が実際に倒れまして。家で、倒れている状態で発見され、いきなり半身不随になってしまったんです。今、長期入院しています。

父は家父長制を引きずってるような人で、家の中でいばってましたが、実際のところ、うちは母がいることで回ってました。父に「ワシの言うことは絶対や。おまえらは従わなあかん」なんて言われると、私は反抗して言い返してましたけど(笑)、そんなときは母に、「お父さんにそういう言い方をしちゃいけません」とか諭されて。昔ながらの、昭和のドラマに出てくるような家族でしょう? だから、母が亡くなったときには、「もう家庭ではなくなってしまった」と思いました。

私には姉がいるんですけど。母がいなくなった家で、父にバーッと言われると彼女はあまり反論とかできなくて、溜め込んでしまってましたね。「赤羽せんべろ まねき猫」の明日美は、結構溜め込むタイプだから、自分を反映しているというより、どちらかというと姉っぽい人でしょうか。そんな姉はずっと、父との関係性をこじらせてきてしまっているので。今、入院している父に関することは、私がするようにしています。

私は10代の頃からずーっと、絶対にああいう男とは結婚せぇへんと決めてたんですよ(笑)。倒れる前の父が、私が結婚した直後、家に泊まりに来たことがありまして。夫のことを「よさそうな人やなぁ」と言うので、「お父さんみたいな人だけは選ばんようにしようと思ってた」と返したら、冗談だと思ったらしく、「なんやそれ」と笑ってました。そんなふうに私はばんばん言いますし、娘たちとうまくいっていないことに、どこかでは気づいていると思うんですけど。たぶん、ああいうふうにしか生きられないんだろうな、と。今さら、変えられないんだと思います。考えの古い祖母から、長男として、大事に大事に育てられた人ですから。


赤羽「桜商店603」にて(撮影=本社 奥西義和)

先ほど(【前編】)から言ってますように、決して仲のいい父娘ではありません。でも明日美が時次郎の「尻ぬぐい」で立ち飲み屋を引き継ぐように、これからも、父とは関わっていくんだと思います。なんなんでしょうね、親子って。さっぱりわかりません。わからないから、書くんですかね。
え、今回のインタビュー、「赤羽酒場放浪記」ってタイトルになるんですか? ですから私、そんなにお酒強くありませんから。じゃあ、もう一軒だけ!