(写真:Justin Merriman/Bloomberg)

いよいよ来月に迫ったアメリカ大統領選。舌戦やパフォーマンスに注目が集まるが、実は候補者が舞台に上がる際の「出囃子」にも、政治家の特徴が表れているという。アメリカ在住の日本人スタンダップコメディアン、サク・ヤナガワ氏がカルチャーの視点から大統領選を分析する(本稿は『どうなってるの、アメリカ!』より一部抜粋・編集したものです)。

集会で重要な役割を果たす「出囃子」

11月5日の投票日に向け、カマラ・ハリス、ドナルド・トランプの両候補者は各地を周り、有権者に演説を行う忙しい日々を送っており、メディアもその様子を伝えつつ、専門家たちがそれぞれの予想をあれこれ口にしている。

舌戦やパフォーマンスに何かと注目の集まる大統領選だが、互いが集会の際にどのような楽曲を用いるかによって、改めて両陣営の選挙戦の戦略及び、支持者として見込むマーケットを考察することができるのではないか。

選挙戦の際、候補者が舞台に上がる際、出囃子のように用いられる楽曲は「Campaign Songs(キャンペーン・ソング)」と呼ばれ、古くは18世紀に第2代大統領のジョン・アダムスがトマス・ペインの書いた『Adams & Liberty』という楽曲を用いたのが最初と言われている。

ちなみにポピュラーソングを初めて使用したのはフランクリン・ルーズベルトで、大恐慌時代、あえて陽気な『Happy Days Are Here Again』を採用した。

なかでも多くの人にインパクトを与えたのは、ジョン・F・ケネディであろう。当時の大スター、フランク・シナトラのヒット曲『High Hopes』を「ジャック(ケネディの愛称)に投票しよう」と歌詞を替えてリリースし、有権者たちにポップな印象を植え付けることに成功した。

近年でいえば、黒人として初の大統領になったバラク・オバマは、アレサ・フランクリンやスティーヴィー・ワンダー、ウィル・アイ・アムなど黒人ミュージシャンの楽曲を意識的に使用したことでも知られる。

ヒラリー・クリントンも、ケイティ・ペリーの『Roar』(2013年)やレイチェル・プラッテンの『Fight Song』(2015年)など、比較的新しい女性ミュージシャンの楽曲を積極的に使用し、とりわけ若い世代の有権者に届くようにキャンペーンを展開した。

トランプはアーティストから「拒否」

少し前置きが長くなった。このように歴代の大統領候補が多くのキャンペーン・ソングを戦略的に用いる中、政治的信条が合わないとの理由でアーティストからの楽曲使用停止通告が出ることもめずらしくない。

トランプの場合、2016年の選挙戦から多くのアーティストが使用禁止の声明を出した。ファレル・ウィリアムス、エアロスミス、R.E.M.、アデル、ガンズ&ローゼズ、エルトン・ジョン、クイーン、プリンス、リアーナ、ニール・ヤング、シニード・オコナー、ローリング・ストーンズ、ブルース・スプリングスティーンとまさに枚挙にいとまがない。

そうした中で、今、トランプがヘビーローテーションしているのが、聖書も共同プロデュースしたカントリー歌手、リー・グリーンウッドの『God Bless The USA』だ。この曲のリリース自体は1984年だが、湾岸戦争や9.11など、アメリカ国民がペイトリオティックに、つまり愛国精神が喚起されるタイミングでチャート入りし、リバイバル・ヒットすることでも知られている。

今年7月19日の共和党全国大会には、リー・グリーンウッドが駆けつけ、銃撃を経て、耳に包帯を巻いたトランプが「ヒーロー」として登場する際に、この歌で会場を盛り上げた。他にも共和党の支持を表明しているキッド・ロックの『Born Free』もトランプのお気に入りの楽曲として知られている。

ハリスは「政治的」ビヨンセで勝負

では、一方のバイデンやハリスはどのようなキャンペーン・ソングを用いてきたのだろう。

まず、バイデンは2020年、かつてオバマが大統領時代にも使用した楽曲、ブルース・スプリングスティーンの歌う『We Take Care of Our Own』を積極的に流した。オバマ政権時代の副大統領としての功績を強調し、同じ流れを汲むことを有権者にアピールするねらいが見て取れる。

ほかにも黒人シンガー、ジャッキー・ウィルソンの『Higher And Higher』(1967年)や、黒人グループ、ステイプル・シンガーズの『We The People』(1972年)、イギリスのバンド、コールドプレイの『A Sky Full of Stars』(2014年)、そしてプエルト・リコ系のルイス・フォンシの『Despacito』(2017年)など、さまざまなジェンダー、年代、人種の歌い手による「多様な」楽曲群を用いてきたことは印象深い。

一方のハリスは、バイデンの撤退後いち早くビヨンセの『Freedom』(2016年)を自身のキャンペーン・ソングに据えると発表した。サイケデリックなシンセと推進力のあるドラムが印象的なこの曲は、ラッパーのケンドリック・ラマーをフィーチャーしている。

この『Freedom』が収録されているアルバム『Lemonade』は、ビヨンセの個人的な葛藤にとどまらず、黒人としての社会的不平等を訴える内容で評論家からも大きな評価を得た。ビヨンセの研究で知られる学者のオミセイク・ティンズリーはこのアルバムを「黒人フェミニズムのリミックス」と評した。

ビヨンセ自身も本作を通した政治的な発信に意図的で、2018年のコーチェラ・フェスティバルの際には『Freedom』の直後に、「黒人の国歌」とも呼ばれる『Lift Every Voice and Sing』を歌い上げた。

のちに『Freedom』は2020年のBLMの際にも積極的に歌われ「黒人」をユナイトする楽曲として用いられてきた。『ローリング・ストーン』誌は「ビヨンセのキャリアの中でもっとも印象的な政治的発信」と述べた。

「女性」「黒人」としてのアイデンティティを表明

こうしたきわめて「政治的」で「女性的で」「黒い」曲をカマラ・ハリスが今回のキャンペーンに用いたことは興味深い。「女性」として、また「黒人」としてのアイデンティティを表明する姿勢を体現する『Freedom』はハリスの選挙戦略をクリアに表している。


そしてそれは、見方を変えれば、バイデンの弱点とされていた「黒人層」「女性」「若者」の票を獲得するねらいがあるようにも見て取れる。

トランプは7月、イベントに出席した際、「カマラ・ハリスはインド人だと思っていたが、いつの間にか黒人になった」と、毎度の語り口でそのアイデンティティの政治利用を批判した。

いずれにせよ、曲の主題で見ると、トランプが「愛国」や「アメリカの自由」などの曲を選択しているのに対し、バイデンは「愛」や「希望」「団結」のメッセージが込められた曲で対抗した。そしてカマラ・ハリスは、自身のエスニシティやジェンダーを存分に活かし、歌い手のストーリーを自身と重ねる演出で、有権者に訴えかけている。

さて来年の1月、ホワイトハウスにいるのは誰だろうか。

(サク・ヤナガワ : スタンダップコメディアン)