【伊藤 綾】性の聖地・熱海秘宝館がリニューアルに踏み切ったワケ…「エロの可能性」を探るミュージアムの独特な風景

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1980年に開館して以来、「熱海秘宝館」が初めて大規模なリニューアルを実施し、今年5月14日にリニューアルオープンを果たした。

1972年に日本で初めて等身大の人形を用いた「元祖国際秘宝館伊勢館」の流れを汲み、「性」のアミューズメント施設として1970年代〜80年代に隆盛した秘宝館は、全国の温泉観光地を中心に少なくとも19館が存在していた。

だが、2000年代には閉館が相次ぎ、熱海秘宝館は日本最後の秘宝館とされる。もともと同館のファンであり、自ら手を挙げてその改修を指揮したというプロデューサーの渡邉美聡氏に、今回のリニューアルの経緯や想いなどを聞いた。

新旧のエリアが共存、40年のギャップを楽しめる

昭和レトロな雰囲気を感じられるスポットが数多く残り、近年は20代などの若い日本人観光客で賑わいを見せている熱海。アタミロープウェイの山頂駅と同じ建物内に、展望施設あいじょう岬などと共に併設された熱海秘宝館にも、夏休みシーズンを迎えた多くの若者が訪れる。

「熱海秘宝館の来館者は、温泉やグルメといった熱海観光の“ついでに立ち寄る”という方々がほとんど。リニューアル前の一番の課題として、1980年に開館した当時の展示内容だけでは、現在のメイン客層である若い観光客の期待に添えなくなっていたことがありました。もちろん、当時のまま残されている展示は大切にしているので、大部分には手を付けず、残した上で『新旧の共存』を目標にしたリニューアルです」

開館当時と現在とでは、人々の「性」に対するスタンスについてもギャップが目立ち、秘宝館の原点である「来館者を楽しませる」というエンタメ施設としての機能が発揮されなくなっていたという。

「今回のリニューアルでは“秘宝館らしさ”を踏襲するため、まずは明るいエンタメ施設であるということを大前提に企画を進めました。旧来の熱海秘宝館も明るく笑える性、性愛のエンタメ施設ではあったんですが、どうしても70〜80年代という制作時代の背景から、『男性から女性への目線』に偏っていて、女性の身体を鑑賞する展示が多く、また性行為の描写も女性が受け身の表現が中心。現在の感覚とのズレが生じていました。

そこで今回のリニューアルエリアでは、現在のお客様にエンタメとして楽しんで頂けるかつ、これまでの熱海秘宝館にはなかった目線・切り口の展示を新たに加え、『エロの可能性の拡張』を目指すことにしたんです」

「ネオ秘宝館」と名付けられたリニューアルエリアは、第1〜第3までの3つのエリアに分かれている。経年劣化の激しかった一部を除き、旧来の展示はほとんど減らしておらず、順路も変えていない。

「基本的にはゲームコーナーのようなかたちでデッドスペースになっていたところに、リニューアルエリアを新しく入れたというイメージです」

官能小説の「創造力」をテーマにした展示も

「エロっていちばん、クリエイティブだ。」をコンセプトに掲げている「ネオ秘宝館」。創造力(クリエイティビティ)と想像力(イマジネーション)を軸に、多様なエロティシズムの表現を紹介している。

「これまでの熱海秘宝館では、性行為や身体など『直接的な表現』が多くを占めていたのですが、『果たしてそれだけがエロティシズムだろうか?』と考えました。そもそも、エロティシズムは人間だけが創造して咀嚼できるもので、その根底にあるのは人間ならではの想像力。動物も人間も性行為をするけれど、生殖の地続きにあるものだけがエロティシズムの本質ではない。人間の創造(想像)力による、人間ならではのエロティシズムを取り入れていきたいと考えました」

浦島太郎をモチーフにした映像作品を流していたエリアと入れ替えるかたちで、「創造力」をテーマとするリニューアル第1エリアを配置。さまざまなエロに関する創造力に触れられる作品を展示するほか、オープニング演出として、“嗅ぐと官能的な気分になる”というコンセプトで調合されたオリジナルアロマオイルの香りに包まれた空間となっている。

「“官能的”という花言葉を持つ、ジャスミンを基調とした熱海秘宝館オリジナルの香りを、生活の木さんにつくっていただきました。旧来の展示は五感の中でも“視覚”にまつわるものが多かったので、リニューアルエリアでは“視覚”以外の切り口を取り入れることも心がけています」

このエリアで来館者の目をとくに引いているのが、官能小説における男性器や女性器、絶頂などの「多様かつ独特な比喩表現」を紹介する展示だ。

「『官能小説用語表現辞典』(ちくま文庫)の編者、永田守弘さんのあとがき文章は、今回のリニューアルの方向性を示してくれた内容でした。『直接的な性表現が厳しく取り締まられていた時代に、多様な比喩による官能表現が生み出され、かえってそれが官能小説をより淫靡なものにした』といった解説が書かれていて……。

『熱海秘宝館が新たに獲得すべきものはまさにこれだ!』と膝を打ちましたね(笑)。そうした苦心のもとで生み出されてきた、創り手の情熱と創造力溢れる表現をリニューアルエリアの一番初めに大きく取り上げることにしました」

世界で一番?!コンドームが売れるミュージアム

そんな第1エリアと同じく施設2階にあるリニューアル第2エリアは、「想像力」がテーマとなっている。もともとはゲームの筐体が置かれていたスペースを活用。熱海秘宝館が所蔵してきた歴史を感じさせる張型(ディルド)などの「大人のおもちゃ」に加えて、新たに世界中の製品をコレクションし、あえて「使い方」は説明せずに展示することで来館者の想像力を刺激する。

同エリアではセルフプレジャーグッズの製造販売を行うTENGA社も協賛し、未来の性生活を想像させられる「宇宙TENGA」に関する展示なども新設されている。

また、1階のリニューアル第3エリアでは「表現力」をテーマにフォトエリアを用意。ミュージアムショップも併設した。

「48通りの性交体位を表す“48手”のピクトグラムをデザインしたクリアファイルは、ミュージアムショップの人気商品です。この『48手ピクトグラム』はリニューアル第1エリアの展示品で、江戸時代の春画本から生まれたといわれる“48手”自体がイマジネーションの賜物ですが、ピクトにすることで身体的特徴が排され、誰もが当事者性をもって鑑賞できるようにしています」

ミュージアムショップでは、ホテルのルームキーをモチーフに開館年である「1980」を印字したキーホルダーや、熱海秘宝館のオリジナルコンドームも売れ筋だという。

「おそらく世界で一番コンドームが売れているミュージアムショップだと思います(笑)。また秘宝館関連の書籍もよく売れていて、展示をご覧になった多くのお客様に秘宝館に興味・関心を持っていただけたようで非常に嬉しいです」

これまでも経年などによる劣化で一部展示のマイナーチェンジや新規アトラクションの導入などはしていたものの、開館以来、初の試みとなった今回の大規模リニューアル。後編『「熱海秘宝館」が初めての大規模リニューアル…「文化としての性」を残す最後の砦になっていた』では引き続きリニューアル内容を紹介しながら、渡邉氏がそこに込めた思いなどを紹介していく。

「熱海秘宝館」が初めての大規模リニューアル…「文化としての性」を残す最後の砦になっていた