「腸内細菌」と「うつ病」の意外すぎる「関係性」…患者の「腸内で減少」する「2種類の細菌」が「突破口」を暴き出す

写真拡大 (全5枚)

「お腹の調子が悪くて気分が落ち込む」という経験がある人は多いのではないだろうか。これは「脳腸相関」と呼ばれるメカニズムによるものだ。腸と脳は情報のやりとりをしてお互いの機能を調整するしくみがあり、いま世界中の研究者が注目する研究対象となっている。

腸内環境が乱れると不眠、うつ、発達障害、認知症、糖尿病、肥満、高血圧、免疫疾患や感染症の重症化……と、全身のあらゆる不調に関わることがわかってきているという。いったいなぜか? 脳腸相関の最新研究を解説した『「腸と脳」の科学』から、その一部を紹介していこう。

*本記事は、『「腸と脳」の科学』(講談社ブルーバックス)を抜粋、編集したものです。

うつ病患者の腸で減少している2種類の細菌

うつ病とは、一言で説明することは非常に難しいですが、抑うつ気分、興味の減退、認知機能の障害ならびに睡眠障害や食欲障害などの自律神経症状を伴います。また、腸管バリア機能の低下と体内で炎症反応が起こることで産生されるC反応性タンパク質(CRP)やサイトカインが、血中で増加します。

腸内マイクロバイオータの組成にも変化が見られ、プロテオバクテリア門やアリスティペス属の細菌が増加する一方で、酪酸を産生するフィーカリバクテリウム属やコプロコッカス属の細菌が減少する、つまりディスバイオシス(腸内マイクロバイオータの組成の変化、あるいは通常は見られない菌種の異常増殖)が起こることが報告されています(※参考文献6-11)。

アイルランドのコーク大学病院において、34人のうつ病患者の糞便を回収し、その糞便を無菌ラットへ移植し、ラットの行動にどのような影響を与えるのかという実験が行われました。糞便を移植されたラットは、ラットにとって楽しい活動(例えば餌を食べるなど)をしても喜びを感じられない様子を示し(アンヘドニアと呼ばれます)、不安様行動も見られました。さらに、腸内のトリプトファン代謝物の濃度も低下しており、うつ様症状を示しました。

これらの結果から、腸内マイクロバイオータの組成が変化しディスバイオシスを起こすことで、何らかの腸内代謝物が減少、あるいは組成が変化し、それがうつ症状を引き起こしている可能性が考えられます(※参考文献6-12)。

腸内マイクロバイオータを改善すると…?

逆に考えると、腸内マイクロバイオータのバランスを改善することにより、うつ病が改善できるかもしれません。現在、さまざまな臨床試験が行われています。

まず、ディスバイオシスによってどのような細菌が減少するのか、日本のうつ病患者(43人)と健常者(57人)の糞便中の腸内マイクロバイオータが調べられました。ここではとくに、ラクトバチルス属とビフィドバクテリウム属の細菌の数が比較されました。ラクトバチルス属は乳酸菌のことで、糖を分解して乳酸を産生します。ビフィズス菌が属するビフィドバクテリウム属の細菌は、乳酸と酢酸を産生します。

その結果、うつ病患者は健常者よりビフィドバクテリウム属の数が統計的に有意に少なく、ラクトバチルス属の数も低下していました。つまり、この2種類の細菌数が減ると、うつ病のリスクが高くなることが示唆されたのです。

この研究には続きがあります。乳酸菌飲料やヨーグルトなど、プロバイオティクスを含む食品を摂取する頻度と腸内マイクロバイオータとの関係についても調べられました。すると、うつ病患者において、週に1度未満しかプロバイオティクスを含む食品を摂取しない人は、週1度以上摂取する人と比較して、糞便中に含まれるビフィドバクテリウム属の細菌数が統計的に有意に低かったのです。このことから、プロバイオティクスを含む食品を摂取する習慣が、ビフィドバクテリウム属の菌数に影響を与える可能性が示唆されました(※参考文献6-13)。

プロバイオティクスの摂取でうつ病は改善するか?

それでは、プロバイオティクスを含む食品を定期的に摂取することは、うつ病の改善にもつながるのでしょうか?

オーストラリアのシドニー工科大学において、71人のうつ病患者に対して、34人にはプロバイオティクスを、37人にはプラセボを8週間投与し、うつ病の症状が改善するかどうかの臨床試験が行われました。試験中には、発酵チーズやヨーグルトなどのプロバイオティクスが豊富な食事や飲料の摂取はしない、また、抗菌剤や抗うつ剤の服用もしないよう条件が設定されました。

なお、本試験で用いたプロバイオティクスは、ビフィドバクテリウム属とラクトバチルス属の細菌を含む9種類(Bifidobacterium bifidum:ビフィドバクテリウム ビフィダムW23、Bifidobacterium lactis:ビフィドバクテリウム ラクティスW51およびW52、Lactobacillus acidophilus:ラクトバチルス アシドフィルス W37、Lactobacillus brevis:ラクトバチルス ブレビスW63、Lactobacillus casei:ラクトバチルス カゼイW56 、Lactobacillus salivarius:ラクトバチルス サリバリウスW24、Lactococcus lactis:ラクトコッカス ラクティスW19およびW58)の混合物です。

参加者のうつ病の症状については、抑うつ、不安、ストレスといったネガティブな感情を測定するためのDASS(Depression Anxiety Stress Scales)、ベック抑うつ質問票(BDI: Beck Depression Inventory)、ベック不安評価尺度(BAI: Beck Anxiety Inventory)といった3種の心理検査によって評価されました。

プロバイオティクスを摂取した結果…

8週間のプロバイオティクスの摂取により、3種の心理検査で評価されるうつ症状については改善効果が見られませんでしたが、認知反応性については統計的に有意に低下しました。この認知反応性とは、ネガティブな気分に対して過剰に反応しやすい傾向を意味します。例えば、うつ病の患者では、憂うつなときは自分の少しの間違いも許せなくなってしまうような傾向があります。この傾向が、8週間のプロバイオティクスの摂取で改善したのです(※参考文献6-14)。

抗うつ薬治療を受けているうつ病患者にプロバイオティクスを投与し、その効果を見るといった試験も行われました。具体的には、8週間、通常の抗うつ薬治療に加え、3種類の細菌(ラクトバチルス アシドフィルス、ラクトバチルス カゼイ、ビフィドバクテリウム ビフィダム)を混合したプロバイオティクスカプセルを服用したグループ(20人)とプラセボを服用したグループ(20人)で、うつ病の症状のスコアが比較されました。

その結果、ベック抑うつ質問票で評価されるうつ病症状が統計的に有意に改善しました。また、炎症反応が起こることで産生されるC反応性タンパク質(CRP)についても、プロバイオティクスを投与したグループでは、プラセボのグループと比較して有意に症状が改善しました(※参考文献6-15)。

これらの研究成果から、ビフィドバクテリウム属とラクトバチルス属で構成されるプロバイオティクスの摂取が、これらの細菌数の低下を改善し、うつ病の治療に有効である可能性が示唆されています。しかし、これらの研究成果は、うつ病とプロバイオティクスとの相関関係を示しただけであり、また、試験に参加した被験者の数が少ないため、今後、より大規模な試験を行い、治療効果やその作用機序を解明する必要があります。

※参考文献

6-11 Valles-Colomer M et al.,Nature Microbiology4, 623-632, 2019.

6-12 Kelly JR et al.,Journal of Psychiatric Research82, 109-118, 2016.

6-13 Aizawa E et al.,Journal of Affective Disorders202, 254-257, 2016.

6-14 Chahwan B et al.,Journal of Affective Disorders253, 317-326, 2019.

6-15 Akkasheh G et al.,Nutrition32, 315-320, 2016.6-7 Al-Haddad BJS et al.,JAMA Psychiatry76, 594-602, 2019.

*      *      *

初回<なぜ「朝の駅」のトイレは混んでいるのか…「通勤途中」に決まって起こる腹痛の正体>を読む

なぜ「朝の駅」のトイレは混んでいるのか…「通勤途中」に決まって起こる「腹痛」の正体