東京オリンピック・パラリンピック選手村の跡地に建設された「晴海フラッグ」(中央区)は、「大量供給されるため価値が暴落する」といわれていた。だが実際は、湾岸タワマンの資産価値は上がり続けている。不動産コンサルタントの長嶋修さんがそのカラクリを解説する――。

※本稿は、長嶋修『グレートリセット後の世界をどう生きるか 激変する金融、不動産市場』(小学館新書)の一部を再編集したものです。

東京2020オリンピック選手村(晴海フラッグ)(写真=Dick Thomas Johnson/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)

■ネタにされた「湾岸タワマン」が価値上昇している事実

主に2000年代前半から本格的に供給開始されてきた湾岸タワーマンション。

「埋め立て地は人が住むところではない」
「ホントの金持ちはあんなところに住まない」
「いずれバブル崩壊する」
「やがて廃墟化する」
「湾岸タワマンは災害に弱い」
「買ってはいけない」

などなど一部では散々な言われようでしたが、2000年代以降に湾岸タワーマンションを買った人は、ほぼ例外なくその資産価値を上昇させています。

ちなみに「廃墟化」するかどうかは個別のマンション管理の問題であり、それが湾岸であるかとかタワーであるとかいうこととは直接の関係はありません。

さらに「災害に弱い」説について。例えば水害リスクに関しては、都心湾岸地区はむしろ内陸部に比してリスクは低いというシミュレーションが出ているほか、タワーマンションには「免震」「制震」「高強度コンクリート」といった構造が用いられており、耐震性には一定の配慮がされていますし、2011年の東日本大震災を受けて、多くのマンションで「非常用電源」「備蓄の確保」といった対策が施されてもいます。

■忘年会で言った「不吉な予言」が現実のものに

東京オリンピック・パラリンピックで選手村として利用された「晴海フラッグ」は、一度に大量供給されるため「オリンピックというレガシーがなくなれば売れないだろう」などと言われたものの、ふたを開けてみれば応募倍率は最高数百倍といった大活況。その割安感からくる魅力で、多くのいわゆる「転売ヤー」まで登場する始末でした。

「大量供給された晴海フラッグのせいで、都心タワマンの相場も乱れ、崩れる」とも言われましたが結果は逆。むしろ晴海フラッグの活況につられて周辺のタワーマンション相場も上昇させました。

話はさかのぼりますが、2007年末に開催されたマンションデベロッパー幹部が集まる忘年会で「来年の今ごろ、ここにいる人の大半はいなくなるだろう」と発言し、大ひんしゅくを買ったことがあります。「おめでたい席で何を言っているのだ」というわけです。しかし翌2008年9月15日にはあのリーマン・ショックが発生し、多くのマンションデベロッパーが実際に破綻し退場していきました。

兆しはあちこちにあったのです。例えば、2006年にアメリカでいわゆる「サブプライムローン問題」が発覚したことを受けて、個人向け不動産投資に対する融資を最も積極的に行っていた某メガバンクが、密かに融資の窓を閉じ始めていました。

■多数のプレイヤーが過度な陶酔感に浸っていた

それまでは例えば、年収400万円のOLが物件価格2億円程度の融資を、経費まで含めて全額借り入れ、その収益をもってOLを引退するといった現象が起きていたのです。あまりの融資の緩さに物件価格が高騰し、言い換えれば利回りが低下し、こうした行動様式が取れなくなりつつありました。

しかし金融機関全般の融資は相変わらずユルユルであったため、後発組のサラリーマン投資家が「リタイヤ」や「セミリタイヤ」、近年の言い方だと「FIRE」を目指して、無理をして億単位の、地方の高経年マンションを一棟買いするなど、その持続可能性が危ぶまれる状態でした。

またマンションデベロッパー界隈では「お化け物件」なるものが登場。これはカンタンにいえば、用地を仕込んで賃貸マンションを建設し、売却すると、BtoBないしはBtoCにおいてものすごく高く売れ、本業であるマイホームとしてのマンションデベロップ事業の数倍の売上げ・利益を計上できる、といったものです。

大企業などが株式市場に加え、社債やコマーシャルペーパー(CP)で資金調達できるようになって久しく、金融機関としては貸出先を求め不動産融資に積極的だったのです。

金利上昇はもちろんのこと、融資姿勢が一定程度以上に引き締められれば不動産価格に下落圧力が働くのは自明です。背伸びに背伸びを重ねてきたところではじけたのがあのリーマン・ショックでした。それまでは株式市場も不動産市場も表向きには絶好調でしたが、私には一種のユーフォリア(過度な幸福感、陶酔感)に、多数のプレイヤーが浸っているように映りました。

■お通夜の不動産市場で起こった不動産投資ブーム

2000年11月、ロバート・キヨサキ著『金持ち父さん 貧乏父さん』(筑摩書房)が日本で刊行されました。

ロバート・キヨサキの主張を一言でいえば「キャッシュフローを生む資産に投資せよ」といったもので、その代表格として不動産投資が挙げられており、同書は日本のみならず世界中でベストセラーになりつつありました。

「投資用不動産は一部富裕層や地主のものではなく、コモディティ化(一般化)する。日本に不動産投資ブームが来る」

そう確信した筆者は、今では数多く開催されている、サラリーマン向けの「不動産投資勉強会」を国内で初めてスタートさせました。しかしこの当時は大手証券会社の山一證券が倒産した「山一ショック」をはじめとする各種経済ショックからなかなか立ち直れず、2000年には米国発のITバブルがはじけたあおりも受けて、日本経済はもちろん、株式市場も不動産市場もお通夜のような状況だったのです。

■なぜ、専門家は肝心な時に間違えるのか

そして実際、個人の不動産投資ブームがやってきます。この時から従来型の伝統的な「土地持ちの地主層」とは別に、いわゆる「サラリーマン投資家」が登場。金融機関で調達した低金利の融資を利用して、より高利回りの収益が期待できる不動産を運用し、利益を得るといった手法が流行します。資産規模に応じて、会社員としての給与とは別の副収入を得ることができるわけです。

不動産市場が沈む中、資産10億円以上の「メガ大家」、さらには資産100億円以上の「ギガ大家」が多数生まれたのです。

ご覧いただいたように、「世論」というか「世の中の風潮」というのは、往々にして間違えるものです。それはなぜか。その正体が「マス」だからです。「大多数の意見」というのはしばしば大外しするのです。

それでは「大多数の意見」とは、具体的にどのように創られるのでしょうか。ひとつには「専門家のワナ」があります。「専門家」というものは往々にして「肝心な時に間違える」ものです。

例えば専門家が株価の予想をする場合には、これまでの市場の流れを踏まえるのはもちろん、それと同等かそれ以上に「他の専門家はどう考えているか」が大事であったりします。

写真=iStock.com/chachamal
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/chachamal

■「日経平均4万円超え」を予想した専門家はいたか

万が一でも自分が見落としや勘違いをし、的外れなことを言って他の専門家に笑われたくないからです。上手に空気を読んだうえで、専門家としておかしくない、穏当な発言をしたいのです。それが各業界・界隈で生きていく知恵とも言えるでしょう。

あるいは所属している組織の意向もあります。実際、2024年早々に日経平均株価が4万円を超えると予想した専門家は何人、何パーセントいたでしょうか? 少なくとも私が知る限りほぼ皆無だったと思います。

年末年始に発行された経済系の週刊誌に掲載された「2024年株価大予測!」のような特集を読み返してみてください。株式市場の専門家のコンセンサスはだいたい3万円前半〜中盤でした。ところがその直後に日経平均は4万円を突破しています。

そうした記事を参考にして、多くの読者は投資の可否や銘柄選択をするわけです。もちろんそのような行動様式は、市場が安定して定常状態にある時、つまり

「一定のレンジで上下動している」
「安定して上昇基調にある」
「長らく下降局面にある」

などの際には、文字通り「穏当な意見」であり、おおむね正解と言えます。1990年バブル崩壊以降は長いデフレが続きましたので、その前提で考えておけば大きく外れはしませんでした。

■定型フォーマットに乗った思考では大外しをする

しかし近年で言うと

「2000年ITバブル崩壊後の資産価格上昇」
「2008年リーマン・ショック前のプチバブルとその崩壊」
「2012年の民主党から自民党への政権交代によるアベノミクスと、翌年の黒田バズーカによる株高、不動産高」
「2020年以降のコロナ禍とその後のゴールドや仮想通貨、絵画や高級車・高級ワインなども含む資産全面高」

など大きな潮目の変化は、ほとんどの専門家が予想すらできなかったはずです。

昨今のように、不可逆性を帯びた大変化、歴史的な大転換の時代にあっては、従来型の定型フォーマットに乗った思考・意見は全く役に立たないどころか、大外しをするといった弊害をもたらします。それで「想定外だ」といったワードが連発されるわけです。

本来、想定外というものはあってはならないことで、たとえ天災地変であっても、具体的な日付や場所は想定できないながらも、その可能性は日ごろから念頭に置いておくべきであるはずです。

加えて各業界・各分野の専門家の多くは「タコ壺化」しています。例えば株式市場について考える前提として、今や株や金融の知識だけでは到底太刀打ちできるものではありません。

写真=iStock.com/Grafissimo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Grafissimo

■「感情が先で、理屈は後」のマスコミ

不動産市場について予測する時、不動産や建築・都市計画、経済・金融程度の範囲をカバーするだけでは、もう全く立ちゆかなくなっているのです。もちろんどの業界にも、数は少ないものの慧眼をお持ちの、本当の意味でのプロがいらっしゃることを、私は知っています。

いずれにしても、2020年以降のコロナ禍のように「想定外」の事態が次々と起きるであろう未来においては、いわゆるカッコ付きの専門家は、今後も予想を外し、間違い続けるでしょう。

すでに私たちは「1人1台スマホ持ち」の情報化社会・情報過多社会にいますが、そうした情報はそもそも、どのように創られ、配信されているのでしょうか。

まず前提として、テレビは視聴率、雑誌は販売部数、ネット記事ならページビューが求められます。とりわけインターネット、スマホの登場でテレビ・ラジオ・新聞などのいわゆるオールドメディアは旗色が悪くなっていますが、ネットの世界においてもその情報量は指数関数的に増大し続けています。

そうした中、多くの人に興味を持ってもらうためには、どうしても刺激的なタイトルや中身を追求することになります。具体的には「不安や恐怖をあおる」のがありがちな手法です。人は理屈ではなく感情で動き、後からその行動を理屈で説明する生き物だからです。

「感情が先、理屈が後」です。心理学的に、人の感情を揺さぶるのが手っ取り早いのです。

■「マス」と言われるものの正体

例えばテレビや新聞・雑誌などで株や不動産の特集を組む時に、株価が上昇基調にあれば「今買わないと損する○○銘柄」とか「バブル到来! このチャンスの波に乗り遅れるな!」みたいなタイトルになり、不動産市場が好調ならやはり「狙い目のエリア○選」といった具合です。

長嶋修『グレートリセット後の世界をどう生きるか 激変する金融、不動産市場』(小学館新書)

またアンチの気持ちを引き付けるべく「バブル崩壊の足音が聞こえる」みたいなタイトルと本文で、株や不動産市場好調の恩恵を全く受けていない層の溜飲を下げる効果を狙ったりもします。タワーマンションがしばしば叩かれるのも、それを買えない層のコンプレックスを解消する効果をもたらす格好の材料提供となっているわけです。

一方、株価下降基調においては「バブル崩壊」「底なし沼の市場」といった、これからお先真っ暗のようなタイトルになりがちです。情報を受け取る側は、上へ下へと感情を大きく揺さぶられて大変です。

こうしたメカニズムでメディアから流される記事やオピニオンを参考にして投資の意思決定を行うのですから、思惑通りになるわけがないのですが、これこそが「マス」と言われるものの実態・正体です。

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長嶋 修(ながしま・おさむ)
不動産コンサルタント
さくら事務所会長。1967年生まれ。業界初の個人向け不動産コンサルティング会社「さくら事務所」を設立し、現在に至る。著書・メディア出演多数。YouTubeでも情報発信中。
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(不動産コンサルタント 長嶋 修)