「マウス研究」から見えてきた「肥満」と「次の世代の自閉スペクトラム症」の関係性…そのあまりにも意外すぎる「突破口」

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「お腹の調子が悪くて気分が落ち込む」という経験がある人は多いのではないだろうか。これは「脳腸相関」と呼ばれるメカニズムによるものだ。腸と脳は情報のやりとりをしてお互いの機能を調整するしくみがあり、いま世界中の研究者が注目する研究対象となっている。

腸内環境が乱れると不眠、うつ、発達障害、認知症、糖尿病、肥満、高血圧、免疫疾患や感染症の重症化……と、全身のあらゆる不調に関わることがわかってきているという。いったいなぜか? 脳腸相関の最新研究を解説した『「腸と脳」の科学』から、その一部を紹介していこう。

*本記事は、『「腸と脳」の科学』(講談社ブルーバックス)を抜粋、編集したものです。

「母親の肥満と自閉スペクトラム症と腸内細菌」の関係

マウスにおいては、肥満の母親マウスから生まれた赤ちゃんマウスは、周囲の状況に対して適切な行動(社会性行動)ができないことが知られていました。ニューロンにおいて、自閉スペクトラム症に関連する遺伝子群に変異は見られないにもかかわらず、母親マウスが肥満だったということだけで、社会性行動に障害が見られたのです。その原因については明らかになっていませんでしたが、ここでも腸内マイクロバイオータの影響が指摘されたのです。

肥満を誘発する高脂肪食は、食事に含まれている脂肪を分解するための胆汁酸の分泌を促します。その結果、胆汁酸に対して耐性のある腸内マイクロバイオータが腸内で増え、腸内マイクロバイオータの組成の乱れを引き起こします。すると、腸管のバリア機能が低下し、炎症を引き起こす物質(例えば、腸内で産生されるリポ多糖など)が腸管から血中へと移行し、全身に慢性的な炎症を引き起こすことで肥満が引き起こされるのではないかと考えられています。

この組成の乱れた腸内マイクロバイオータは、母親から赤ちゃんへと受け継がれることが知られています。具体的には、自然分娩(経膣分娩)の場合、赤ちゃんは母親の産道を通過しますが、産道や膣に付着している腸内マイクロバイオータ由来の細菌が赤ちゃんに取り込まれることで受け継がれると考えられています。

自閉スペクトラム症の原因は腸内細菌の欠如…?

そこで、肥満の母親マウスから生まれた自閉スペクトラム様症状を示す赤ちゃんマウスの腸に、正常なマウスの腸内マイクロバイオータを移植する実験が行われました。その結果、自閉スペクトラム様の症状が抑えられたのです。一方、無菌状態で育てられた肥満ではない母親から生まれた無菌状態の赤ちゃんマウス(全身にマイクロバイオータがいない状態)では、自閉スペクトラム様症状が見られ、この無菌赤ちゃんマウスの腸に正常なマウスの腸内マイクロバイオータを移植することで正常化できました。

これらの結果から、腸内マイクロバイオータに含まれる特定の細菌が欠如することで、自閉スペクトラム様症状が起こるのではないかと考えられました。

自閉スペクトラム様症状の改善に効果があるのではないかといわれているプロバイオティクス(ヒトの健康によい影響を与える微生物)がいくつかあります。その中でも、乳酸菌の一種であるロイテリ菌が、腸内マイクロバイオータから欠如もしくは減少していることが、自閉スペクトラム様症状を引き起こすのではないかとの仮定のもと、肥満の母親マウスから生まれた赤ちゃんマウスの腸内マイクロバイオータの解析が行われました。

その結果、仮説の通り、腸内のロイテリ菌の数が有意に減少していたのです。そこで、マウスの飲み水にロイテリ菌を添加し、継続的にマウスに飲ませると、驚くことに自閉スペクトラム症状が緩和したのです(※参考文献6-4)。現在、ヒトでもロイテリ菌の効果を検証する研究が進められています。

オキシトシンの分泌を促す腸内細菌

この話には続きがあります。ニューロンのシナプス内に存在して、シナプス間の情報伝達の機能をサポートする役目をするShank3Bというタンパク質があります。このタンパク質を作り出すための遺伝子(Shank3B遺伝子)が欠損することで、自閉スペクトラム様症状を示すことが知られていて、自閉スペクトラム症モデルマウスとして広く用いられています。このShank3B遺伝子を欠損させたマウスの腸内マイクロバイオータを解析したところ、やはりロイテリ菌の数が減少していました。

そこで、飲み水にロイテリ菌を添加し、Shank3B遺伝子欠損マウスに継続的に飲ませると、自閉スペクトラム様症状を改善できました。この効果は、腸内のロイテリ菌が、腸に張り巡らされている求心性迷走神経を興奮させ、視床下部からのペプチドホルモンであるオキシトシンの分泌を促すことによって起こることがわかったのです。Shank3B遺伝子欠損マウスの求心性迷走神経を事前に切断しておいた状態でロイテリ菌を添加した水を飲ませても、自閉スペクトラム様症状の改善は見られなかったことから確認されました。

さらに驚くべきことに、Shank3B遺伝子欠損マウス以外の他の3種類の自閉スペクトラム症のモデルマウスでも、ロイテリ菌を添加した水を継続的に飲ませることで、自閉スペクトラム様症状が抑えられたのです(※参考文献6-5)。

ジヒドロビオプテリンは特効薬になりうるか

また、ロイテリ菌の投与によって体内でビオプテリンとジヒドロビオプテリンと呼ばれる物質の合成が促進され、増加することがわかりました。とくにジヒドロビオプテリンは、ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリンを産生する際に必須な物質です。

そこで、自閉スペクトラム症モデルマウスにジヒドロビオプテリンを投与したところ、他個体への好奇心が回復し、自閉スペクトラム様の症状が抑えられました。一方で、体内に存在するジヒドロビオプテリン合成酵素を阻害してジヒドロビオプテリンの産生を抑制すると、ロイテリ菌の効果が失われました。つまり、ロイテリ菌は体内でのジヒドロビオプテリンの合成を促進し、自閉スペクトラム様の症状を抑制している可能性が示唆されたのです(※参考文献6-6)。

これらの研究成果は、マウスを用いた実験から得られたものです。この実験結果がヒトでも当てはまるのか、今後の研究の進展が待たれます。

※参考文献

6-4 Buffington SA et al., Cell 165, 1762-1775, 2016.

6-5 Sgritta M et al., Neuron 101, 246-259, 2019.

6-6 Buffington SA et al., Cell 184, 1740-1756, 2021.

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