定年後、こんな貯金じゃ生きていけない…絶望的な老後を過ごすかどうかの「決定的な分かれ道」

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元伊藤忠商事会長、そして民間人初の中国大使を務めた丹羽宇一郎さん。仕事に生涯を捧げてきた名経営者も85歳を迎え、人生の佳境に差し掛かった。『老いた今だから』では、歳を重ねた今だからこそ見えてきた日々の楽しみ方が書かれている。

※本記事は丹羽宇一郎『老いた今だから』から抜粋・編集したものです。

伊藤忠社長時代の思い出

定年退職を機に、家を立派にリフォームしたり建て直したりする人もいますが、私は課長になったときに建てた築四五年ほどの家に今も住んでいます。近所に住んでいるかつての部下が、「俺の家のほうが立派じゃないか」と驚いたそうですが、家は雨露がしのげて居心地がよければそれでいいと思っているので、ぜんぜん気になりません。そもそも、「俺は九〇歳になっても使える立派な家を建てよう」とか、「社長になるかもしれないから豪華な家にしよう」なんて、普通の人間だから考えもしませんでした。

社長時代にアメリカへ出張した際、友達の企業の社長から「我が社が持っているホテルの部屋をお使いください」と言われ、最上階にあるいちばんいい部屋に一晩泊まったことがあります。ところが、広すぎてどうも落ち着かない。たぶん、本来はお付き何人かといっしょにいる部屋なのでしょう。電話は大部屋に二つか三つあり、どこで鳴っているのかわからない。「これからは、手を伸ばしたら電話がとれるような小さい部屋にしてください」とお願いして、日本に帰りました。

帰国した夜は、ホテルの予約を部下に頼んでいなかったため、会社近くのビジネスホテルに泊まりました。トイレとユニットバスとベッドだけのシングルルームです。

翌朝、出社して「俺はああいう部屋でいいんだ」と部下に言うと、「社長がそんな小さな部屋じゃ体裁が悪いから困りますよ」と言われました。

「そんなことはない。ベッドからすぐ電話はとれるし、手を伸ばせばティッシュペーパーの箱もある。あんなに便利な部屋はないじゃないか」と言い返すと、相手は開いた口が塞がらない、という顔になりました。

壁に穴が開いている部屋や、掃除が行き届いていなくて汚い部屋は、いくら安くても勘弁してほしいですが、きちっと掃除がしてあり、使いたいものがすぐそばにあるなら、それがいちばんいいと今でも思っています。

お金さえ払えば快適に過ごせるというものでもないでしょう。そういう気持ちで生活すれば、歳をとってから「懐が寂しくて旅行も楽しめない」といったことにはならないのではないかと思います。

本当に価値のあるお金の使い道

定年を迎えたとき、「これから老境に入っていくのに、自分の蓄えでやっていけるのだろうか」と心配になる人は多いと思います。

でも、いくら通帳とにらめっこしても、預貯金の額が増えるわけではありません。「金は天下の回りもの」で、くよくよしても始まらない。それに、コロナ禍の例を見ればわかるように、世の中というのはいつ、どうひっくり返るかわかりません。どうなるかわからない先のことを考えて心配するのは時間の無駄ですし、精神衛生上もよくないと思います。

それより、今の自分はどんな仕事がしたいのか、どんな仕事ならできるのかを考えましょう。定年後も働く場はいくらでもあります。

新しい仕事を始めて定収入が入ってくるようになれば、「まあ、最低限これぐらいあればやっていけるんじゃないかな」という目処も立ってくるはずです。

蓄えはそれなりにあるが、子供や孫にできるだけ多く残したいので、自分のためにお金を使いたくても我慢している、という人もいるようです。

しかし、どれだけたくさんお金を残したとしても、問題というのは起こるときには起こります。親が亡くなった直後は「たくさん残してくれて、本当にありがたいね」と言い合っていた子供たちが、今では相続で揉めて犬猿の仲になっている、というのはよく聞く話です。詐欺まがいの金融商品に手を出して遺産を使い果たしてしまうようなことだって、ないとは言い切れません。

一方、残したお金の額が少なければ子や孫は不満に思うでしょうが、文句を言うのはそのときだけで、一年も経たないうちに忘れてしまうものです。

自分が死んだあとのことは誰にもわからないのですから、残せる財産が多かろうと少なかろうと、気にすることはありません。自分のために使うべきお金は使い、残りは法律に基づいた遺言書で家族に分配すればよいのではないでしょうか。

さらに連載記事〈ほとんどの人が老後を「大失敗」するのにはハッキリした原因があった…実は誤解されている「お金よりも大事なもの」〉では、老後の生活を成功させるための秘訣を紹介しています。

ほとんどの人が老後を「大失敗」するのにはハッキリした原因があった…実は誤解されている「お金よりも大事なもの」