「発達障害」と「腸内細菌」の驚くべき「関連性」…自閉スペクトラム症を「腸から改善」する可能性を示した「衝撃の実験結果」

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「お腹の調子が悪くて気分が落ち込む」という経験がある人は多いのではないだろうか。これは「脳腸相関」と呼ばれるメカニズムによるものだ。腸と脳は情報のやりとりをしてお互いの機能を調整するしくみがあり、いま世界中の研究者が注目する研究対象となっている。

腸内環境が乱れると不眠、うつ、発達障害、認知症、糖尿病、肥満、高血圧、免疫疾患や感染症の重症化……と、全身のあらゆる不調に関わることがわかってきているという。いったいなぜか? 脳腸相関の最新研究を解説した『「腸と脳」の科学』から、その一部を紹介していこう。

*本記事は、『「腸と脳」の科学』(講談社ブルーバックス)を抜粋、編集したものです。

発達障害に特徴的な消化器症状がある

近年、発達障害や、気分の落ち込み、さらには幻覚や妄想など心身にさまざまな影響が出る疾患(精神疾患)と腸内マイクロバイオータや腸内代謝物との関係も非常に注目を集めています。本章では、腸内マイクロバイオータと発達障害や精神疾患との関わりについて、最新の研究成果を交えて紐解いていきたいと思います。

自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー症候群などさまざまな名称で呼ばれていた発達障害のことを、2013年から、まとめて自閉スペクトラム症と呼ぶようになりました。これは、アメリカ精神医学会の診断基準(DSM−5)に基づいたものです。自閉スペクトラム症は、数多くの遺伝子が互いに複雑に影響し合うことで発症すると考えられています。

おもな症状としては、言葉の遅れや会話が成り立たないなどの社会的なコミュニケーションの困難さがさまざまな場面で見られます。他者と感情を共有することが苦手で、対人的な相互関係を築くことが難しかったりもします。また、興味や関心が一つの事柄に限定されやすく、こだわりが強く、感覚過敏であったり、逆に鈍かったりするなど感覚についても困難さが見られることがあります。

こうした特徴だけでなく、体に現れる症状もあります。自閉スペクトラム症児は、正常児と比較して胃腸炎や腹痛が多く見られ、腹部にガスが蓄積しやすく、下痢、便秘、排便痛といった消化器症状を示す傾向にあるとされています。また自閉スペクトラム様症状が重いほど、消化器症状も重くなることが経験的に知られています。そのため、自閉スペクトラム症は、遺伝子の変異だけでなく、腸内マイクロバイオータや腸内代謝物もその発症に関与しているのではないかと考えられていました。

腸内マイクロバイオータの変化で自閉症の症状が改善する?

そうした腸の関与を調べるため、少々手の込んだ実験が行われました。まず、ヒトの自閉スペクトラム症児から採取した糞便中に含まれる腸内マイクロバイオータを、無菌マウスに移植します。つまり、糞便移植です。その後、自閉スペクトラム症児の糞便を移植されたマウスどうしを掛け合わせ、生まれてきた赤ちゃんマウスの行動を調べるのです。

その結果、自閉スペクトラム症児の糞便を移植された親から生まれ育ったマウスは、同じ行動を何度も繰り返す反復行動が高まり(こだわりが強く)、自発的な運動量も減り、社会性が低下するという、自閉スペクトラム様症状を示したのです。

次に、このマウスの脳で使われている遺伝子を調べたところ、糞便移植をしていないマウスと比較して560種類以上もの遺伝子の使われ方が変化しているものの、遺伝子自体に変異はありませんでした。

このことから、遺伝子自体に変異が入るのではなく、遺伝子の使われ方が変化することで自閉スペクトラム症が発症することが示唆されました。新たに使われるようになった遺伝子の中には、RNAのスプライシングに関与するものが多く見られました。RNAスプライシングとは、一つの遺伝子から機能などが異なる複数のタンパク質を作り出すことを可能にするしくみです。

実際、自閉スペクトラム症では、脳機能に関与する重要な遺伝子にスプライシングが多く見られ、そのため、遺伝子から作り出されるタンパク質が健常な場合とは異なっています。これが自閉スペクトラム症に特徴的な行動と相関することが報告されています。

次に、このマウスの大腸と血中に含まれる代謝物を解析したところ、他のニューロンの活動を抑えるニューロン(抑制性ニューロン)やニューロンの活動を抑える神経伝達物質(抑制性神経伝達物質)が減少していることがわかりました。なお、抑制性ニューロンは、抑制性神経伝達物質であるγ−アミノ酪酸(GABA)を分泌し、グルタミン酸を分泌する興奮性ニューロンの活動を抑制します。

18人の自閉スペクトラム症を改善した実験

この抑制性ニューロンを活性化する物質である5−アミノ吉草酸(5-aminovaleric acid :5AV)とタウリンが大腸と血中で減少していました。5AVは、腸内マイクロバイオータがアミノ酸のL−リシンを代謝することで産生されます。一方タウリンは、イカやタコ、貝類、甲殻類及び魚類(心臓・脾臓・血合肉)に多く含まれているため、これらの食品を食べることで腸内での濃度が増加します。また、タウリンは、胆のうから分泌されるタウロコール酸などの胆汁酸が腸内マイクロバイオータによって分解されることでも産生されます。

そこで、5AVまたはタウリンを自閉スペクトラム症児の糞便を移植された親のマウスに与え、その親から生まれてきた赤ちゃんマウスにも餌に5AVまたはタウリンを混ぜて与えました。その結果、自閉スペクトラム症児の糞便を移植された親マウスもその親から生まれた赤ちゃんマウスも、どちらの場合も自閉スペクトラム様症状が改善したのです(※参考文献6-1)。

これらのマウスによる実験結果から、腸内マイクロバイオータが変化することで、脳内で使われる遺伝子が変化し、自閉スペクトラム様症状が起こる可能性が示されました。

また、ヒトでも次のような実験が行われました。自閉スペクトラム症児では、消化器症状がよく見られます。そこで、健常なヒトの糞便から胃腸炎を引き起こす可能性のあるクロストリジウム属の細菌を除去し、7〜16歳の18人のアメリカの自閉スペクトラム症児に移植しました。その結果、消化器症状が著しく改善しました。

さらに、糞便を移植した自閉スペクトラム症児の保護者に対して、自閉スペクトラム症の症状の程度を推定するための面接検査(自閉スペクトラム症診断面接と呼ばれる)を行ったところ、自閉スペクトラム様の症状が統計的に有意に低下していたのです(※参考文献6-2)。

この症状が改善した18人を糞便移植後2年間にわたって追跡調査したところ、消化器症状も自閉スペクトラム様の症状も改善が維持されていました(※参考文献6-3)。これらの結果から、腸内マイクロバイオータが何らかのしくみを介して、自閉スペクトラム様の症状を改善する可能性が示されました。

※参考文献

6-1 Sharon G et al., Cell 177, 1600-1618, 2019.

6-2 Kang DW et al., Microbiome 5, 10, 2017.

6-3 Kang DW et al., Scientific Reports 9, 5821, 2019.

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