「ここまで落ちるとは思いませんでした」...糖尿病を患い仕事もできなくなった”元・伝説のストリッパー”が語った凄惨な「近況」
1960年代ストリップの世界で頂点に君臨した女性がいた。やさしさと厳しさを兼ねそろえ、どこか不幸さを感じさせながらも昭和の男社会を狂気的に魅了した伝説のストリッパー、“一条さゆり”。しかし栄華を極めたあと、生活保護を受けるに至る。川口生まれの平凡な少女が送った波乱万丈な人生。その背後にはどんな時代の流れがあったのか。
「一条さゆり」という昭和が生んだ伝説の踊り子の生き様を記録した『踊る菩薩』(小倉孝保著)から、彼女の生涯と昭和の日本社会の“変化”を紐解いていく。
『踊る菩薩』連載第113回
『部屋の扉を開けたまま“死んだように”眠っていて...伝説のストリッパーの取材に恐る恐る訪れた遊軍記者を待っていた「まさかの事態」』より続く
「元伝説」の生活
私は靴を脱ぎ、部屋に身体を入れた。紐を渡して洗濯物がかかっていた。ハンカチや靴下が目の前にあった。その干し物を潜るように座る。3畳ほどの狭い部屋で、北側に比較的大きな窓が1つある。玄関横にガス設備と小さな水場。部屋の真ん中にこたつがあるため、私が持ってきた鞄の置き場にも困るほど狭い。
腰を下ろしてきんつばを渡す。一条は包装紙を見た。
「出入橋のきんつばやね。うれしいわ。炊き出ししている人たちと一緒に食べますね」
一条は小さな水場に立って、お茶を入れてくれた。ジャスミン茶だった。
私が部屋を見渡しているのに気付き、彼女が言った。
「そのテレビは福祉の人に買ってもらったんよ。毎晩、見ています。昼間は横になっている時間が長くなってるんです」
「体調が悪いんですか」
「最近は仕事もできないようになってね。朝は早くに起きて、電車で病院に行ってます。2時間半から3時間くらいかかるかな。地下鉄の電車の明かりが怖いんですわ。近づいてくるの見たら、目が回りそうでね。
こうなったのは火事(やけど)の後なんよ。だから、電車に乗っても、横のおじちゃんに掴まらしてもらうことがあります。早う元気になって働きに行けたらと思う。掃除してるおばちゃんを見てると、できんことないと思えるんやけど。若いころからじっとしているのが嫌いなんですわ」
「なんで、今さら」
一条は頭に浮かんだ事柄を脈絡もなく話していく。
「この辺の人は、気のいいというか悪いというか。あたしもここが長くなりました。お寿司屋やったり、鉄板焼きの店開いたり。お寿司屋さんは松通りというとこでやったんです。だから、西成には顔見知りが多いんです。でも、あんまり人に頼ったらあかんでしょう」
話しはじめて10分ほどしたとき、彼女が思い出したように言った。
「なんで今さら、あたしの話、聞きたいんですか」
私自身、その点について十分整理していなかった。新聞記事にするかどうかも決めていない。興味深い話が聞けたなら、そのときに、どうやって原稿にするかを考えようと思っていた。
ミニコミ誌を読んで興味を持ったと説明し、時間が許すなら、しばらくインタビューを続けたいと伝えた。
「病院に行くほかはやることもないから、時間はありますけど」
私は釜ケ崎での生活を中心に話を聞いた。
「今さら、ほかに行くところもないです。病院も近いし、ものも安いですから」
筆者の「過ち」
一条は私にお茶を注ぎ足してくれた。手が小さく震えている。
「こうやって震えがきてね。物を落とすクセがあるんです。そうならんように、気を付けているんです。さあ、飲んでください。これは中国のお茶です。身体にいいからって、お客さんが送ってきてくれるんです。昔店をやっていたときのお客さん。『やけどして大変やろ。お茶がええから』って。それをこうやって飲んでいるんです」
一条も自分の器に茶を注いだ。
「ここで稲垣さんに助けてもらって、精神的にも楽になりました。病院ではもう面倒みきれんって言われたんです。糖尿で目も悪い。ここ(解放会館)の人はみんなで20人くらいいるんかな。みんな静かですよ」
私は一条の話を聞きながら、手土産にきんつばを選んだのは間違いだったと気付いた。糖尿で目が悪くなっているのだから、きんつばは無理だろう。喜んで受け取ったのは私への気遣いに違いない。
「ここへ来てから、散歩するようにしてます。歩いていると、仕事にあぶれた人を相手に、炊き出しやっている人がいるんです。それを見ているとね、立派やなと思います。元気やったら、あたしも手伝うんですけど。稲垣さんが気を遣ってくれて。『何もせんでええよ』って。何にもせんのも身体によくないんやけど」
一条の部屋にトイレはない。玄関を出て左手がトイレである。
誰かが共同トイレに入り、水を流す音が聞こえた。臭気がかすかに部屋に入ってきた。それが気になったのだろう。一条はため息をついた。
「ここまで落ちるとは思いませんでした」
『部屋の窓から顔を出し大声で叫ぶ…記者を驚愕させた、“伝説のストリッパー”が取った衝撃の「行動」』へ続く