第一志望を「補欠合格」と嘘?不本意だった中学受験を「やって良かった」と言えた理由

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「勉強嫌いの息子の中学受験は、完全に親のエゴでした。でも最後に『中学受験をしてよかった』という息子の言葉を聞いてホッとしています」

こう語るのは、森将人さん。慶應義塾大学を卒業した元大手証券ディーラーだ。

中学受験は「挑む」大きなきっかけだ。しかし挑む者には当然失敗もついてくる。その「あと」どうするのかは周囲の大人もサポートが必要になる。

では森さんはどのように「親のエゴ」と感じたのか。そして子どもとどのようにコミュニケーションを取り、「やってよかった」という言葉が出てきたのか。

息子の孝多くん(仮名)との受験の道のりを率直に綴る連載「勉強嫌いの中学受験」最終回は2月3日で入試を終えた後の日を伝えている。

「慶応をもう一度受けられないの?」と第一志望への想いを語った孝多くんだったが、残念ながら2月1日につづき、3日に受けた慶応中等部も不合格だった。しかし祖母からの電話を森さんが受けると「補欠合格できるといいわね」という。もしかしたら不合格を補欠合格と嘘をついているのだろうか……。

本人に聞いてみる

孝多は児童館から帰ると、夕ご飯を食べてゲームをはじめた。もう勉強する必要はない。しばらくは最後の小学生生活を満喫だ。友だちと対戦しているのだろうか。電話で話しながら、タブレットを操作している。

ぼくが祖母からの話を切り出したのは、孝多がゲームを置いて立ち上がったときだった。

「孝多、お祖母ちゃんに慶応の補欠だっていったか?」

孝多はぼくの質問に答えずに、目を逸らした。

「そんなこと、いうわけないじゃない」

「そうだよな。パパも聞き間違いじゃないかと思うんだ。でも、もし孝多が受けたいと思うなら、高校からでも大学からでも受験できるんだぞ」

「わかってるよ」

孝多は慶応普通部が不合格だとわかったとき、6年後にまた受験したいといった。そのときの話を、本気で考えているわけではなかった。ぼくがいいたいのは、もしほかの学校に満足できないのであれば、大学付属の中学校に行く必要などないということだった。

地元の公立中学に進む道もある

地元の公立中学校に通って高校受験の準備をすることもできるし、中高一貫の都市大等々力に行って、大学受験を狙うこともできる。行きたくない学校で不満を募らせるよりは、よほど充実した生活を送ることができる。そんなぼくの言葉を、孝多はうつむいて聞いていた。

「お祖母ちゃんの聞き間違いだよ。オレ、そんなこと思ってないし」

「じゃあ、進学でいいのか?」

「いいよ。行きたかった学校だから」

おそらく孝多のなかで、簡単には受け入れられない思いがあるのは事実だろう。今までの努力が、報われなかったと思いたくない。少しでも自分が頑張った痕跡を残しておきたいという気持ちであれば、それは誰よりもぼくがわかっていると伝えておきたかった。

「でもさ、もしもう一度受験したくなったら、そのときはしてもいい?」

「もちろんいいよ」

「また応援してくれる?」

「むずかしくてわからないかもしれないけど、パパにできることは何でもするよ。自分で決めればいいんだ」

人生の選択肢は自分で選び取っていかなければならない。中学受験の経験は、その第一歩になるかもしれなかった。

受験中に壊されたテレビ、膨大なテキスト

数日後のことだった。孝多は夕方から、サッカークラブの練習だ。雪の影響で練習は休みが続き、試験後に参加するのはこの日がはじめてだった。久しぶりに練習着を着ようにも、小さくて入らない。受験で太ったこともあり、シャツもパンツもパンパンだ。

一番大きなサイズでもきついので、クッションを入れて生地を伸ばしてみることにした。少しは効果があるかもしれない。話し声に気づいて、青葉がリビングに入ってきた。体調も戻って、週明けからは学校だ。青葉も面白がって、協力してくれることになった。

受験も終わったので、孝多が壊したテレビもそろそろ修理に出さなければならない。サイズを一回り大きくしたいと思っていたので、買い替えたほうがいいかもしれない。これを機に、リビングを大掃除しようか。そう思うと、テーブルの横に積まれたテキストの山が目障りで仕方ない。

「塾のテキストも片付けるか」

ぼくがゴミ袋を出してくると、孝多は次から次へと参考書や問題集や袋に入れていった。中身を確認する必要がないので、手間がかからない。あっという間に本棚が片付けられ、3つの袋がいっぱいになった。

「こんなにたくさん勉強したの?」

受験の数週間前に孝多が大暴れしたとき、テキストの多くは片づけてしまったので、これでも量はほんの一部でしかない。一緒に苦闘した日々の複雑な感情を思い出してしまいそうで、ぼくはページを開ける気にならなかった。驚いたのは青葉だ。

「こんなにたくさん勉強したの?」

「そうだぞ。青葉は中学受験、どうすればいいだろうな」

この3年間を、妹の青葉のときもう一度繰り返すのだろうか。遊びたいときに友だちと遊べず、むずかしい問題を泣きながら解き、朝から晩まで塾の講習を受けて、それでも志望する学校に行けるかどうかわからない。

中学受験で試されるもの

中学受験で試されるのは、子どもの気持ちだけではない。自分の歩いている道が、正しいのかどうかなんてわからない。前に進もうとする子どもたちが間違っていないと、背中を押す親の覚悟が問われていた。

家族であれば、傍観者でいられない。これが親も役者になるという、塾の校長先生がいった言葉の意味なのかもしれなかった。家族が一緒になって、前に進もうと悪戦苦闘してきたこの3年間が、自分にとっても貴重な親としてのレッスンだった

青葉はゴミ袋のうえに乗ると、「こんなにやるの無理だよ」と笑った。積み上げられたテキストが、ぐらぐらしてバランスを取るのがむずかしい。まだ3年生の青葉にとっては、他人ごとでしかないのだろう。

「俺も受験してよかったし」

「やればできるよ。俺も受験してよかったし」

ゴミ袋に入ったテキストを玄関に持っていこうとしたぼくは、孝多の言葉に立ち止まった。

「えっ?」

ぼくはその言葉がもう一度聞きたくて、聞こえないふりをしたが、孝多は照れ臭そうにテレビのパンフレットを見ている。

「もう一度いってよ」

「何でもないって」

孝多は笑ってごまかすと、「本当に大変だぞ」といって、青葉のようにゴミ袋のうえに立った。

孝多と話して、これからの方針は決まっていた。中高の6年間を誰よりも楽しみ、大学受験がしたくなれば家族に相談する。今から悩んでも仕方ないし、やる気になれば何でもチャレンジできることが、中学受験を通じてわかったからだ。

二人が楽しそうに揺れている姿を写真に撮っておきたくて、ぼくはスマホを取り出した。孝多の目は積み重なったテキストの分だけ、ぼくより少し高いところにあった。

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