もう働きたくない…日本で「おひとりさまFIRE」が止まらないシンプルな理由

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今後、日本で単身世帯、いわゆる“おひとりさま”は大きく増える。1980年に約700万世帯だった単身世帯は、2000年には約1300万世帯となり、2020年には約2100万世帯と40年前の3倍にまで増加。今後も単身世帯の増加は続くと予測されており、2035年のピークには約2450万世帯になる見込みだ(国立社会保障・人口問題研究所の予測値)。

前編記事〈人生、上がりたい…!ジワジワ増加中の“おひとりさまFIRE”を夢見る人が気づいていない「意外な落とし穴」〉では、こうしたおひとりさまと昨今ブームのFIRE願望が結びついた場合の深刻なリスクを解説している。

本記事では、おひとりさまFIREの増加で激変する業界、そして相次ぐFIREによる人手不足で窮地に立たされる日本企業の特徴を見ていこう。

一人当たり消費額は単身世帯のほうが大きい

単身世帯化の影響は、労働供給のみならず個人消費にも表れることが予想される。

まず、単身世帯の消費行動を確認してみよう。「全国家計構造調査」という統計で、単身世帯と二人以上の世帯の消費・所得が詳細に調査されている。5年に1度の調査であるため、現時点で利用可能な最新のデータは2019年と少し古いが、家計収支に関する最も信頼性の高いデータであるため、これを見ていくこととしたい。なお、所得の詳細がわかるのは勤労者世帯のみであるため、ここでは勤労者世帯のデータを見ていく。

まず、1か月あたりの消費額は二人以上の世帯のほうが多い(二人以上:29.0万円、単身:17.1万円)。ただし、これは主に可処分所得の差(二人以上:43.9万円、単身:25.2万円)を反映したものであり、可処分所得に対する消費の比率は単身世帯のほうがやや高い(二人以上:66%、単身:68%)。

二人以上の世帯のほうが可処分所得が多いのは、世帯主以外の世帯員(例えば世帯主の配偶者)の収入があるためである。ただし、世帯主以外の収入は世帯主の収入と比べれば少ないため、世帯有業人員一人当たりの所得・消費額は単身世帯のほうが大きい(二人以上:15.8万円、単身:17.1万円。なお、二人以上の世帯の平均有業人員数は1.8人)。

つまり、「世帯合計の消費額は二人以上の世帯のほうが大きいが、一人当たりの消費額は単身世帯のほうが大きい」わけである。

「伸びる業界」と「落ちる業界」

二人以上の世帯においては、収入の少ない世帯人員(典型的には子)を養うために世帯主が消費を抑制している面があるとみられるが、単身世帯においては「自分の収入を100%自分のために使える」ため、相対的に財布の紐が緩い面があるのだろう。

次に、単身世帯の消費内容を確認してみよう。

年齢や所得の差を無視して、大まかに「平均的な単身世帯」と「平均的な二人以上の世帯」の消費内容を比較すると、「教育」や「外食」で差が大きい。

最も差が大きいのは「教育」(学校授業料、学習塾代など)である。二人以上の世帯は消費全体の数%を教育に費やしているのに対し、単身世帯の教育支出は消費全体の0.1%未満とほぼ皆無である。もともと少子化で教育産業は伸びづらい状況が続いてきたが、単身世帯化(による少子化の加速)が進むにつれてそうした傾向に拍車がかかるだろう。

逆に「外食」は単身世帯で支出割合が高い。料理を一人分作るのも三人分作るのも手間はそれほど変わらないことから、単身世帯にとって自炊の「タイパ」(タイムパフォーマンス)は通常あまり高くない。また、スーパーで売っている食材の大部分がファミリー向けの分量であることも、単身世帯を自炊から遠ざける要因になっているとみられる。

結果として、手間のかからない外食が選好されやすくなるのだろう。したがって、単身世帯が増えていくにつれて、外食(特に、「おひとりさま」フレンドリーな外食)の需要は大きく高まることが想定される。逆に、スーパーなどでのファミリー向け食材の需要は伸びにくくなるだろう。

以上のように、単身世帯は様々な点で二人以上の世帯と異なる消費行動をとるため、単身世帯の増加に伴って個人消費関連市場にも様々な変化が出てくることが予想される。

日本企業はFIREを抑制できる?

そうした中で、現在はニッチ市場と捉えられている「おひとりさま市場」を取り込めるかどうかが、消費関連企業の浮沈を分ける時代になっていくだろう。10年前と比べれば「おひとりさま」向けの商品・サービスは増えた印象で、「ひとり焼肉」の専門店が登場したことなどはその象徴的な動きかもしれないが、まだまだ潜在的なニーズを掘り起こし切れていないのではないか。

筆者も「おひとりさま」の一人として、日常生活において「こういう商品・サービスがあればいいんだけどな」と思うことが多々ある。こうした潜在的なニーズを誰よりも早く掘り起こすことができれば、消費市場に風穴を開けることができるかもしれない。この点、「おひとりさま市場」の拡大という構造変化は、消費関連企業にとってビジネスチャンスとなる可能性がある。

本稿では単身世帯が増えている理由(非婚化が進んでいる理由)については考察しなかったが、単身世帯化が経済に与える影響が大きいとすれば、当然こちらも重要な論点である。非婚化についてはこれまで一定の議論が積み重ねられてきたし、それに基づき政府が様々な対策を講じてきた。

その点で政府が必ずしも無為無策であったわけではないが、残念ながら婚姻数の減少は止まっておらず、目に見える結果が出ていないのも事実である。結果が出ていない以上は、次なる対策を考え、実行することが政府には求められる。原因の特定という側面でも、特定された原因に対する対策立案という側面でも、より踏み込んだ議論・分析が必要となるだろう。

また、人手不足の深刻化を防ぐという観点では、政府や企業にはFIREを抑制するための取り組みが今後求められるかもしれない。単身世帯化(非婚化)への対策とは異なり、この点に関する処方箋は非常に単純である。

JTCはこのままだとマズい…

1つは、とにかく賃金を上げることである。言ってしまえば当たり前のことだが、賃金が上がればその分だけ労働の魅力が高まるし、逆に「働かないこと」の不経済は大きくなる。前編で書いた通りFIREはインフレに弱い生き方であるため、賃金・物価が持続的に上昇する環境では、そうでない環境と比べてFIREは抑制されやすくなると考えられる。

もう1つは、賃金以外の面での労働環境の改善である。ここ2〜3年、「FIRE」と同様に「JTC」(Japanese Traditional Company)という言葉も流行語となっている。

JTC、すなわち伝統的な日本企業におけるサラリーマン文化は、特に若い世代にとっては、不可解・不愉快なものが多いと言われる。筆者自身(30代後半)も、若い頃(20代前半〜半ば)を振り返ると、会社では不可解・不愉快なことが実に多かった印象である。

もちろん当時と今とではコンプラやハラスメントに対する意識が大きく変化しているし、そうしたもとで日本企業の企業文化も当時よりは改善していると思うが、それでもなお、外資系企業などではみられない「謎文化」が日本企業に多く残されているのも事実であろう。

全ての企業が賃金を十分に上げられるわけではないと思うが、企業文化・労働環境を改善することは全ての企業にとって可能なはずである。「働きたい」と思う人を増やすためには、「働きたくない」と思わせる要因を少しずつでも減らしていくことが、結局は近道になるのではないだろうか。

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