「現代新書JEUNESSE」が伝えたかったこと…林辺光慶・元講談社学芸局長に聞く

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現代新書創刊60周年記念インタビューシリーズ「私と現代新書」では、これまで著者の方々に、自著と、ご自身にとって特別な現代新書についてお話を聞いてきました。

前回お話を伺った政治学者の中島岳志さんが特別な現代新書として選んだ『〈わたし〉とは何だろう 絵で描く自分発見』(岩田慶治著)のカバーには、じつは、通常の現代新書にはない小さなマークがあります。

手描きのタッチの渦巻きと”EUNESSE”という文字。よく見ると、渦巻きは“J”で、つなげて読むと”JEUNESSE”(若さを意味するフランス語)です。本を開くと、カバーのそでには「JEUNESSE−ジュネス−とは、年若いこと。」と始まるステートメントが書かれています。

このマークとステートメントは、1996年から98年にかけて刊行された若い読者向けのシリーズ「現代新書JEUNESSE」のものです。装幀のリニューアルにより現在のカバーにはありませんが、読者の方々の記憶には今も在り続けているのではないでしょうか。

「現代新書JEUNESSE」とは何だったのか。「私と現代新書」4回目では、「現代新書JEUNESSE」を一人でつくっていた、林辺光慶・元講談社学芸局長に話を聞きました。

「問題意識を探る物事の見方」を持つことができる本

林辺光慶(以下、林辺):「現代新書JEUNESSE」について聞きたい、ということだったので、資料室から持ってきました。これで全部だと思います。たぶん11冊。

――ありがとうございます。目録ではわからなかったのでラインアップは大変貴重です。

【 「現代新書JEUNESSE」全11冊 】

永井均『〈子ども〉のための哲学』(通巻番号。以下、同)1301

根井雅弘『ケインズを学ぶ 経済学とは何か』1302 ※品切れ重版未定

渡辺恒夫『輪廻転生を考える 死生学のかなたへ』1303 ※品切れ重版未定

鷲田清一『じぶん・この不思議な存在』1315

岩田慶治『〈わたし〉とは何だろう 絵で描く自分発見』1323 ※品切れ重版未定

篠原資明『心にひびく短詩の世界』1331 ※品切れ重版未定

佐々木正人『知性はどこに生まれるか ダーウィンとアフォーダンス』1335 ※現在、『アフォーダンス入門 知性はどこに生まれるか』(講談社学術文庫)として販売中

伏見憲明『〈性〉のミステリー 越境する心とからだ』1349 ※品切れ重版未定

荒木経惟『天才になる!』1371 ※品切れ重版未定

山田登世子『ファッションの技法』1374 ※品切れ重版未定

詫摩武俊『悩む性格・困らせる性格』1398 ※品切れ重版未定

――現代新書JEUNESSE(以下、ジュネス)は、林辺さんが現代新書編集部にいた頃、お一人でつくっていたそうですが、どのようなペースで刊行していたのですか。

林辺:最初はいっきに3冊出したけれど、その後は不定期でした。通常の現代新書を担当しながら一人でやっていたし、定期的に出すのはなかなか難しかったから。

ジュネスの最初の本はこれです。『〈子ども〉のための哲学』(永井均著)。当時、講談社に「本」というPR誌があって、そこで連載されていたものです。ジュネスの1冊目にしたいと考え、連載をお願いしたんです。

――ロングセラーのこの本もジュネスなのですね。現在のカバーにはマークもステートメントもないので気づきませんでした。

林辺:装幀のリニューアルで全部変わりましたからね。

――どのような経緯でジュネスを一人で作ることになったのですか。

林辺:若い人向けのシリーズをやりたいと編集部で言ってみたら、すんなりとではなかったけれど、じゃあやってみろと言われたので、じゃ一人でやらせてもらいます、というかんじで……。その頃、私、ちょっとグレてたし(笑)。

若い人がこんな問題意識を持ったらおもしろいんじゃないか、ということを、著者にぶつけてみたかった。問題意識を探る物事の見方って、じつは、日本の教育体制の中ではあまり重視されていない印象があります。「仮説実験授業」という面白い教授法があるらしいのを最近知りましたが。とにかく、単に知識を増やすだけじゃなくて、そういう物事の見方を持てるような本をつくりたかった。

もっと言うと、著者に、これについて研究してきたのでこれだったら書けます、というのではなくて、むしろその根っこにあるものを書いてほしい、と思っていました。研究者って、本来、自分の問題意識を展開させていくために、たくさん文献を読んでいるわけでしょう。

――どんな人に執筆を依頼したのですか。

林辺:すごくいい発想をしてる人だなぁ、問題に対する視点がすごく新鮮だな、と、私の目に映っていた人たちです。そういう人に書いてもらえば、単に知識の紹介にとどまらない何かを展開できるだろうと思いましたし、日本の文化状況においてそういう本があらねばならぬ、と、まぁ、たいそうなことを思ったわけです。

ジュネスを作った理由はもう一つあって。

――何でしょう。

林辺:飽きていた(笑)。私は編集部に長くいたものだから、当時、このへんの企画を出せば会議は通る、というふうに、習慣的に企画を出すようになっていました。

それと……上司の編集方針にちょっと疑いを持ったので(笑)、何かちょっと反抗しているところを見せたかった。そういうわけで、一人でつくることにしました。

1,2年かけてそれなりの準備をし、書いてほしいと思う方たちに声をかけていきました。若い人、具体的には高校生に向けて、その人たちの感性や問題意識を呼び起こす本をつくりたいという意図をぶつけていった。それに応えてくれた人たちが、この11冊の著者の方々です。

書いていただく過程では、若い人に向けて書いてくださいね、読者は若い人ですからね、と、何度も言いました。

――そういう依頼に対して著者はどんな反応でしたか。いつも専門的な文章を書いている研究者の方々は困惑したのでは。

林辺:たしかにジュネスの著者は基本的に大学の先生なのですが、みんな、なんかこう……ちょっとうれしそうなんですよね。

――フレッシュな仕事へのうれしさ、でしょうか。

林辺:うん、うん。そうだったと思います。

――ジュネスの2冊目、『ケインズを学ぶ 経済学とは何か』の序文で、著者の根井雅弘さんがこう書かれています。

「言うまでもないことですが、日本人の一般教養の基礎は高校生の時に培われます(中略)とすれば、大学生の一般教養の水準を本気で向上させるつもりであれば、学者も彼らのような若い人たちを相手に自分の学問を語らなければならないということなのです。」

「私にとって、ジュニア用の新書を書くというのは初めてのことなので、最初のうちは、執筆はしばしば難航しました。しかし、なんとか若い人たちをケインズの世界へと招待し、そのうちの一部でも経済学の面白さがわかってもらえたら、という希望を託して、真剣に仕事に取り組みました。そして、ようやく原稿を完成したときには、いつになく、充実した気分に浸ることができました。これは、専門の仕事を成し遂げたときに感じるものとは少し違った、不思議な感情だったように思います。」

編集者は「あ、やりたい」って思う

林辺:こういう若い人向けのシリーズって、編集者は「あ、やりたい」って思うんですよ。

――その心理についてお聞きしたいです。

林辺:たとえば、岩波書店の「岩波ジュニア新書」(1979年創刊)、筑摩書房の「ちくまプリマーブックス」(1987年創刊)、「ちくまプリマー新書」(2005年創刊)、いずれも10代の人たちに向けてつくられた知的入門書のシリーズですよね。いつの時代も、それぞれの出版社に、私と同じような思いを持つ人たちがいて、感応し合っていたと思うんです。

出版社の人たちはみんな、本が衰退の方向に向かっているという認識があります。この世界はどうなっちゃうんだろうという不安を、たぶん、みんな持っている。だから、若い読者を掘り起こしたい、そのための本をつくりたい、と。

そういう意欲は、著者の側にもあるはずなんですよね。そういう著者と出会いたいと思っていました。

通常の現代新書とはちょっと違う装幀

林辺:ジュネスの装幀は、当時、現代新書の装幀を手掛けていた杉浦康平さんに相談しました。

毎月の現代新書の新刊が書店に並んだとき、ちょっと違うテイストのものがありますよ、とわかるように、通常の装幀と少し違うものにしたかった。だから、紙の色は同じだけど、タイトルの入れ方を変えるとか、内容紹介を限りなく短くするとか……そういうことを、杉浦先生と話し合って、ひとつひとつ決めていきました。

林辺:私が特に、とても気に入っているのは、タイトルの入れ方です。尊敬する杉浦さんが本気になってくれて、本当に感謝しています。

――左端に縦に入っているのは統一されつつ、色とフォントはそれぞれ異なるのですね。その本の内容を反映したさりげない違いが、1冊1冊への愛着を生むように思います。買って自分のものにしたくなる。

林辺:モノとして、形而下的にね(笑)。

中の文字の大きさは、通常の現代新書よりちょっと大きくしました。14Qかな。通常の現代新書は13Qです。字が大きいとなんとなくとっつきやすいかな、と勝手に思い込んだので。

(聞き手:伏貫淳子)

【つづきの「若い人に向けて新書をつくるということ…かつて「現代新書JEUNESSE」をつくった林辺光慶・元講談社学芸局長に聞く」では、「現代新書JEUNESSE」のカバーのそでに書かれたステートメントの意味が明かされます】

若い人に向けて新書をつくるということ…かつて「現代新書JEUNESSE」をつくった林辺光慶・元講談社学芸局長に聞く