「山の仲間」と「10本の熱い指」、そして「滝壺からの帰還」…これが岩石学者のマグマをめぐる冒険だ!〜後編〜

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J.R.R.トールキンによるファンタジー小説『指輪物語』は、ホビット族のフロドの冒険を描いています。その前日譚にあたる『ホビットの冒険』は、同じ種族のビルボの冒険物語です。どちらも目を離せない波瀾万丈のストーリーで、映画化もされ大ヒットしました。主人公のフロドやビルボは、英雄でも不老不死のエルフでも魔法使いでもありません。悪の軍勢との戦いで一番心細い存在のホビットが、運命的な冒険に出かけることになるのです。

私は人間の岩石学者で、残念ながら、戦いにおいてはホビット族と同じく心細い存在だと思います。にもかかわらず、比較するのは誠におこがましいのですが、私のライフワークにも冒険的な側面があります。私はそれを「マグマをめぐる冒険」と呼んでいます。この記事では、その(ちょっとした)冒険のような岩石学の営みを紹介します。

※本記事は、『大陸の誕生 地球進化の謎を解くマグマ研究最前線』(ブルーバックス)の著者、田村芳彦氏による書き下ろし記事です。

火山活動によらない火山の高まり

白山は間違いなく火山ですが、標高2,000 mまでほとんど溶岩はありません。登山道で目にする地層は手取層群と呼ばれる、恐竜の化石を産出するジュラ紀の地層です。そしてこの手取層群は、白山火山の活動とは無関係の基盤岩です。白山は、高い基盤の上にすこし溶岩が噴出してできた火山です。

それでは、白山はもともと高い場所に噴出した「小さな火山」なのでしょうか。この見方も間違いであることがわかってきています。

高い基盤の上にできた火山は白山だけではありません。東北地方の鳥海火山、蔵王火山、月山も、基盤の高まりの上に、溶岩が噴出して形成された火山です。これらの火山の高まりは、かなりの部分が基盤の高まりとして説明できます。なぜ火山の下の基盤は高いのでしょうか。なぜマグマは基盤の高まりの上に噴出したのでしょうか。

サンドイッチ構造

理由は簡単です。マグマが高まりの上に噴出したのではなく、マグマが地下に貫入して基盤を持ち上げているのです。

たとえば白山の下では、マグマが基盤を標高2,000mまで持ち上げています。そして、一部のマグマが基盤の割れ目を通って上昇し、地表に噴出しました。ですから、マグマが上下から基盤を挟み込んだ、サンドイッチのような構造をしていると考えるべきです。

基盤を上から挟むのは地表に噴出したマグマ(溶岩)です。基盤を下から持ち上げているのは、地下で固まったマグマ(深成岩といいます)です。通常、この深成岩を見ることはできませんが、地表に現れることもあります。火山活動が終わり、地表が削剥される一方になると、広大な花崗岩体として深成岩体が地表に露出するのです。

その一例は、北米のシエラネバダ山脈です。この山は、露出した火山体内部を示す花崗岩体です。その景観には圧倒されますが、かつてはこの上に火山が連なっていました。

日本の東北地方を見ても、ほとんどというか、すべての火山で基盤がかなりの高さになっています。火山の標高の半分以上が、現在の火山活動とは関係のない基盤です。

わかりやすいように、かつて那須火山帯と鳥海火山帯と呼ばれていた2つの火山帯に沿って、本州の中部から北海道にかけて、900 kmにおよぶ2本の長い地形断面を示します。赤い部分が溶岩や火砕岩、黒い部分が基盤です。この図を見ても、いわゆる成層火山は、下から上まで溶岩が成層しているのではないこと、すべての火山はサンドイッチ構造をしていることに納得していただけるかと思います。

この図で示した二つの地形断面のうち、一つは浅間火山から北東に向けて、火山フロント沿いの断面で、那須火山帯とよばれていたものです。もう一つは妙高火山から北東に向けてのもう一つの火山帯、鳥海火山帯に沿った断面です。

マグマが基盤を高くしているのですから、火山の高まりの理由が、マグマにあることには変わりありません。

火山をつくる「熱い指」

以上をふまえて、もう一度、那須火山帯と鳥海火山帯の地形の高まりを見てください。不思議なことに気づきませんか。地形の高まり、つまり火山が集中しているところはグループ化しているのです。つまり、火山帯に沿って、火山があるところとないところが交互に出現しているということです。

このような観察をもとに、「ホットフィンガー仮説」というものが提示されました[※1参考文献]。これは、火山活動の源となるマントルにおけるマグマの発生・上昇パターンを説明するものです。地球表面を構成する地殻という岩石層の下には、マントル(これも岩石層)があります。マグマ活動がはじまるのはマントルです。マントルには高温な領域とそうでない領域が交互に分布しています。マグマはマントルの高温な領域で発生して上昇し、地表に火山をつくるのです。このようなマントルの高温領域は東西に伸びた指状の分布をしているので、「ホットフィンガー」と命名されました。

10本のホットフィンガーは10個の火山グループを形成し、固まった10個の地形の高まりとなっているのがわかります。また、那須火山帯と鳥海火山帯のそれぞれの高まりが東西に連続して、東北日本を横断しているのがわかります。実際、日本地図を見たときに、東北日本をいくつもの山脈が横切っているように見えます。これはまさにホットフィンガーがつくった地形なのです。

山から海へ

私は、2000年代に研究フィールドを山から海に変えました。海洋研究開発機構(JAMSTEC)に入所して、おもに海底火山を調査することにしたのです。

この記事で披露したようなエピソードを話すと、危険な目に遭って山に懲りたから研究を変えたのですか、と訊かれることがよくあります。私が研究フィールドを変更したのは、「危険な山の調査に懲りた」からではありません。たしかに危ない経験もしましたが、いまも山は大好きです。とくに白山の調査には、多くの冒険や楽しい思い出があります。そのとき一緒に調査をしていた、地元の地質コンサルタントの方々(とくに勘田益男さん、小川義厚さん)との思い出は、一生の宝物となっています。

私が研究の場を海に変えた本当の理由は、海底火山こそが「大陸の誕生」の謎を解く鍵を握る存在であると考えたからです。この謎解きについては、拙著『大陸の誕生』(講談社ブルーバックス)に詳しく書きました。また、新たな研究フィールドである海には、山とは別の冒険が待ち構えていました。これは別の機会にお話ししたいと思います。

[※1]Tamura, Y., et al. (2002). Hot fingers in the mantle wedge: new insights into magma genesis in subduction zones. Earth and Planetary Science Letters, 197(1-2), 105-116.

【前編を読む】

『大陸の誕生 地球進化の謎を解くマグマ研究最前線』

「山の仲間」と「10本の熱い指」、そして「滝壺からの帰還」…これが岩石学者のマグマをめぐる冒険だ!〜前編〜