「山の仲間」と「10本の熱い指」、そして「滝壺からの帰還」…これが岩石学者のマグマをめぐる冒険だ!〜前編〜

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J.R.R.トールキンによるファンタジー小説『指輪物語』は、ホビット族のフロドの冒険を描いています。その前日譚にあたる『ホビットの冒険』は、同じ種族のビルボの冒険物語です。どちらも目を離せない波瀾万丈のストーリーで、映画化もされ大ヒットしました。主人公のフロドやビルボは、英雄でも不老不死のエルフでも魔法使いでもありません。悪の軍勢との戦いで一番心細い存在のホビットが、運命的な冒険に出かけることになるのです。

私は人間の岩石学者で、残念ながら、戦いにおいてはホビット族と同じく心細い存在だと思います。にもかかわらず、比較するのは誠におこがましいのですが、私のライフワークにも冒険的な側面があります。私はそれを「マグマをめぐる冒険」と呼んでいます。この記事では、その(ちょっとした)冒険のような岩石学の営みを紹介します。

※本記事は、『大陸の誕生 地球進化の謎を解くマグマ研究最前線』(ブルーバックス)の著者、田村芳彦氏による書き下ろし記事です。

海水浴場に出没

私が岩石学者としてターゲットにしてきたのは、マグマが冷え固まってつくる「火成岩」です。ひと口に火成岩といっても、じつに多様な岩石がふくまれます。もとになるマグマの違いや、冷え固まる場所や環境の違いによって、性質の異なる岩石ができるのです。

火成岩をターゲットとする研究では、過去にマグマが噴き出した場所へ行くことがあります。たとえば、私が博士課程の大学院生だったときにおこなった研究では、西伊豆をメインフィールドとしました。日本列島の歴史に興味がある方はご存知かもしれませんが、伊豆半島はもともと、フィリピン海プレートの上に形成された海底火山でした。プレートの運動にともなって、海底火山がつぎつぎに本州に衝突・合体していき、現在の伊豆半島の基盤をつくったのです。

私は、伊豆半島に露出した地層を調査することで、かつての海底火山の噴火の様子を明らかにしました。この研究が私の博士論文になりました。

みなさんご存じのとおり、伊豆半島にはたくさんの海水浴場があります。私が学生時代に調査した場所も、海水浴場の近くでした。水着姿の海水浴客を横目に、ハンマーを使って岩石試料の採取にいそしんだものです。これを冒険と呼ぶわけにはいきません。私が岩石学者としてマグマをめぐる冒険に出かけることになったのは、博士号を取得したあとのことです。

火山はマグマでできている?

マグマが噴き出した場所といえば、海底火山よりも陸上の火山のほうがわかりやすいですね。私自身、日本列島の陸地を形成する(大陸地殻の)岩石の起源に興味があったので、学位取得後は陸上の火山をフィールドにしました。

ここで、火山の成り立ちについて、簡単に説明しておきましょう。

事典などでよく見る火山の断面図は、真ん中に火道があり、山頂から麓まで、溶岩(地表に噴き出したマグマ)や火砕物(火砕流などの堆積物)が成層した地形の高まりとして描かれています。これを「成層火山」として紹介する教科書などもありますが、これは誤った古い考えです。こうした図を見慣れていると、火山は、溶岩が積み重なってできたのだなと思ってしまうかもしれません。しかし、火山の成り立ちはそれほど単純ではないのです。

いわゆる成層した断面をもつ火山は、一度の噴火で活動を終了した火山です。たとえば、幅数百メートル規模の小さな火山(単成火山)や、火山の山頂や山腹に噴出した溶岩がつくるスコリア丘などの側火山がふくまれます。日本で単成火山として有名なのは、伊豆の伊東市にある、お椀をふせたような形の大室山です。大室山周辺には同様の単成火山が多くあって、まとめて「東伊豆単成火山群」と呼ばれています。

いっぽう、成層火山と呼ばれる幅数十キロメートル規模の大きな火山体のほとんどは、意外かもしれませんが、成層構造をしていません。じっさいに火山に登ってみると、火山体がすべて溶岩でできているわけではないことに、すぐ気づくはずです。

白山の冒険

私は金沢大学に助手として勤めていたときに、しばしば白山(標高2,702 m)に登りました。白山は、富士山、立山とともに日本三大名山に数えられる美しい山です。日本海ができる前、1億数千万年前の大陸で形成された手取層群を基盤として、約40万年前から噴火活動を繰り返し、少しずつ盛り上がって現在の地形になったことが知られています。

白山は地表に噴出している溶岩が少ないため、溶岩流が露出している場所(露頭)は、登山道沿いではなく、山を削ってできた沢沿いにあります。そのため、地質調査では沢登りが中心になります。

沢登りはときに危険をともなうため、白山調査では、地元の地質コンサルタントの方々にとてもお世話になりました。沢登りやロープを使った崖登りなど、いろいろと教えていただきました。調査にもたびたび同行していただいたのです。

沢を登って調査していると、しばしば滝にぶつかります。先へ進むには、滝の両側の壁に沿って迂回し、さらに沢を登っていかなければなりません。あるとき、私は白山のある滝を迂回すべく歩いていたのですが、川岸で足をすべらせて、2メートルくらい下の滝壺に背中から落ちてしまいました。落ちている間、なぜかスローモーションのように感じたことをよく覚えています。幸いにも、滝壺には十分な水が貯まっていたので、岩にぶつかることもなく、滝壺にドボンと落ちました。

しかし、「助かった」と思ったのも束の間、今度は背負っていたリュックの重みで体が沈んでいくことに気がつきました。それもそのはずで、リュックの中には調査のため採取した溶岩がたくさん入っていました。溶岩試料がおもりになって、どんどん沈んでいきます。必死でバタバタして、なんとか水面に戻りました。

【後編を読む】

『大陸の誕生 地球進化の謎を解くマグマ研究最前線』

「山の仲間」と「10本の熱い指」、そして「滝壺からの帰還」…これが岩石学者のマグマをめぐる冒険だ!〜後編〜