AfD台頭は破局の予兆か…「内向き」ドイツのEU離脱=ゲレグジットが引き起こす欧州と戦後世界の枠組みの崩壊

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ゲレグジット(Gerexit)がやってくる

この頃、ドイツの元気がない。ドイツにGDPで抜かれたとか言って沈んでいるのは日本くらいなもの(昨年末以来、円は上がっているので、またドイツを抜き返しているのだが)。

エネルギー価格上昇が起こしたインフレ(23年は9%弱に達した。現在は2%弱)の中、賃金は上がらない。中央の社会民主党・緑の党・自由民主党連立政権をショルツ首相がまとめきれず、政策はちぐはぐ。外交では、米国などの圧力に押されて対ロシア制裁を強化しては石油・ガス価格の上昇を招き、自分で自分の首を絞めている。

しかし国内に不満が溜まる時、ドイツは世界の枠組みをひっくり返す。それだけの重みを世界で持っている。今回はゲレグジット、つまりドイツがEUへの関与を止めることで、これを瓦解させる予兆を感ずる。

ドイツのための選択肢AfD躍進の意味

今、ドイツは二つの大きな問題に直面している。一つは、エネルギー価格の高騰や中国経済の台頭などでこれまでの経済モデルが成り立たなくなっているということ。もう一つは、米国との同盟(NATO)に軸足を置きつつも、ロシアとの緊密な関係を維持して東方の安定を確保、経済的利益も得るというちゃっかり路線が、ウクライナ戦争で破綻したことだ。

高まった国内の不満を、左右両翼の新党がすくい上げ、移民反対、EU反対の旗印を使い始めている。9月1日のチューリンゲン州議会選では、そのような新党の代表格「ドイツのための選択肢AfD」が第一党の地位を獲得。同日のザクセン州議会選、22日のブランデンブルク州議会選でも、第2党に躍進している。来年前後にもあると目される全国総選挙で、AfDや同じく新党(左派)の「ザーラ・ワーゲンクネヒト同盟(BSW)」は台風の目となるだろう。これら新党が連立政権に入ろうが入るまいが、議会での審議は大いにかき回される。

製造業斜陽と難民圧力

まず経済。ドイツは日本にも似て、金融、ITのプラットフォームより、製造業に経済の軸足を置く。それが近年では、メルケル時代の原発撤廃の決定やロシアの天然ガス輸入激減などで、電力価格に上向きの圧力が強まって産業の対外競争力を圧迫したり、これまでのドイツ製造業の成長を支えてきた中国市場で、地場企業との競争に敗れてきたなどで、2023年にはGDPが0.3%のマイナス成長に陥っている。

この中で難民申請者の数は2023年、約50%も増加して、現在約350万もの難民・元難民がドイツで暮らしている。これは人口の25分の1にも相当し、人々は自分達の生活困難は外国人移民・難民のせいだと思い始めた。加えて8月24日には刃物の町ゾーリンゲンで、シリア難民と思われる少年がドイツ人を無差別に殺傷し、3名の死者を出す事件が起きたことも、外国人移民・難民に対する反感を一気に高めた。

これまでは、外国人移民・難民でも一旦EUの一国に入域してしまえば、全加盟国に自由に移動できたが、ドイツは当面6カ月、隣接国からの入国者への審査を復活させている。

左右両翼での内向き新党の台頭

そして今、ドイツでは既存政党が勢いを失い、新しい政党が台頭している。既存政党では政治家の年齢だけではなく、ものの見方、考え方が硬直している気味があり、この状況は1980年代、若者世代を中心に「緑の党」が台頭してきた頃に酷似している。

旧東独では、1990年西独に「編入」された後も経済格差が続き、旧西独から上から目線で扱われていると感ずる旧東独市民の不満を、AfDや左翼系新党「ザーラ・ワーゲンクネヒト同盟(BSW)」(旧共産党系から飛び出たもの)がすくい上げ、中央の政権党である社会民主党、自由民主党、緑の党を押し込んできた。

そしてAfDには、EUがドイツの主権を侵すことに反発する向きが多く、左翼系ともども外国人移民・難民の増加には後ろ向きである。

そしてゲレグジットへと至る道

来年にもあるだろう総選挙で、こうした内向き、反EUの政党が議席の多数を占めると何が起きるか? 今のところは、AfDでもEUへの反発は決定的なものではないが、選挙後の政治の展開次第では、彼らがEU反対を党是として、EUへの拠出金に手をかけることも考えられる。

EUへのドイツの拠出金は年間約300億ユーロ。ドイツの政府予算全体の僅か5%弱でしかない。しかしEUの予算規模は約1500億ユーロと小さなもの。加盟国のGDPを合わせたものの1%に満たない。ドイツの拠出金は加盟国の中で最大で、EUの死命を制する。

ドイツの経済は、大きなEU市場を確保したことで伸びてきた。しかし、AfDは「なんで我々の税金で外国の農民を助けなければいけないのか(EUからの農業助成金は東欧諸国などにとっては大きな魅力)。なんでウクライナに軍事支援をしなければいけないのか」と叫んで世論をかき立て、支持を獲得する誘惑に駆られるだろう。

ドイツは既に、来年度予算案からウクライナ支援予算を約束の半額に減らしている。これは緊縮財政を唱えるクリスティアン・リントナー財務相(連立相手の自由民主党党首)が強引にやったことのようなのだが、同じことが将来EUへの拠出金予算に起きて不思議はない。ドイツが拠出を躊躇う姿勢を見せれば、フランス、イタリア等、他の大口拠出国も予算を停めることだろう。拠出金がなくなれば、EUの政府、つまり欧州委員会は存続を大きく阻害される(関税収入、消費税等の歳入が残る)。

EUなしでも欧州の一体性は維持されるが

1991年秋、筆者はモスクワの大使館に勤務していた。その8月のクーデター粉砕で勢いをつけたエリツィン・ロシア共和国大統領は、ゴルバチョフ・ソ連大統領の追い落としをめざし、連邦構成共和国、そして主要州に呼びかけた。「君たちは『主権』を欲しいだけ取れ。税収は自分たちで使って、モスクワに送金する必要はない」と。これで、筆者はソ連の諸省庁との仕事ができなくなった。給料も出なくなった局長たちが、相次いで辞職していったからだ。

EU加盟国が拠出金を渋る時、同じことが欧州委員会生え抜きの役人たちにも起こりかねない。欧州委員会の予算で動いている無数の団体・組織も瓦解する。

しかしそれで欧州が、ソ連崩壊直後のロシアのような大混乱を呈するかと言うと、そうでもあるまい。カネのかからない機構(最たるものは欧州中央銀行ECB)、そして取り決め(最たるものは域内の無関税を定めた関税同盟)、貨物や人間の移動の自由を定めた無数の条約、道路・トンネル等インフラや工業製品の共通規格が残るからだ。

今の超国家的性格を内包するEUは、1992年のマーストリヒト条約でできたものだが、それ以前も経済では欧州経済共同体が存在し、調整権限を強めていたのである。我々はその頃のことを思い出せばいいので、欧州委員会がたとえなくなっても、欧州がジャングルになるわけではない。

それでも欧州委員会が瓦解すると、日本その他は、貿易・投資関係等で欧州各国との交渉を迫られる。日本政府は、担当の人員を増やさないととてもやっていけない。

究極の瓦解、ドイツが親ロ路線に転ずる日

ゲレグジット以上に大きなマグニチュードを持つだろうと思われるのは、ドイツが再び親ロ路線に転ずる時だ。これまでの一連のプロセスを見ていると、ショルツ首相の人の好さそうな顔とともに、「ドイツはこれまでもEUの仲間からカネを絞られ、米国からは小突かれてきたが、今回は国の経済モデルが成り立たないような譲歩を押し付けられた。やり過ぎではないか?」という思いが募る。

かつて東方外交を主導した社会民主党の党首、ショルツ首相は、ウクライナ戦争で対ロ制裁をずるずると拡大。2023年10月にはロシアとの協力関係の象徴とも言える、バルト海底の天然ガス・パイプラインを何者かに爆破され(当初はCIAの仕業だとする報道が行きかったが、今年からはウクライナ当局の仕業だとするリークがでまわっている)、対ロ経済関係維持への望みを絶たれている。

このように、ドイツが周囲から小突かれ、経済モデルを否定された例は、第1次世界大戦直後にある。この時ドイツは、GDP3年弱分という法外な賠償金を課され、通貨価値は1兆分の1に下落した。だが、そのインフレもたけなわの1922年4月、ドイツは突然、西側の爪はじきになっていた共産主義ソ連と「ラパッロ条約」を結んで国交を正常化。四面楚歌の敗戦国の地位から這い出たのだ。ドイツは、敗戦で解体された軍の将校を大挙してソ連に送り込んで軍事協力を実現。軍の骨組みを維持した。

現代のラパッロ条約があるとするなら、それは、ロシアのウクライナ領占領を認めて、現在の戦線で停戦協定を結ばせる、そしてドイツは対ロシア制裁の解除を約し、ロシアはドイツに石油・天然ガスの輸出を再開する、といったものになるだろう。ロシアは、ドイツの貿易・投資の相手として返り咲く。

米欧同盟も瓦解すれば世界は無秩序に

EU統合が後退し、ドイツとロシアが接近すると何が起きるか。米国がキレて、在独米軍(現在の約3万5000人は、NATO諸国の中で最大)を撤退させたりすると、戦後の世界の大きな柱であった米欧同盟=NATOが瓦解する。

ドルや強大な軍を持つ米国は、一国だけでも覇を唱えることができるように思えるが、実際には欧州の支持がなければ、世界での米国の指導力はぐっと落ちる。国連でも欧州は、安保理常任理事国5カ国のうち2カ国(英国、フランス)を占めているのだ。

しかし、米欧関係は容易には切れない。東欧・バルト諸国は迫るロシアの脅威に対して米国との二国間軍事協力を進めているし、英国はもちろんドイツ、フランスといった大所も、ロシアに対するバランス・抑止要因として米軍の存続を求めるだろうからだ。また金融、投資、貿易面で、米欧は一体の関係にある。

そして多くの摩擦要因は、ウクライナで停戦が実現し(容易ではないが)、西側とロシアの関係がもっと冷静なものになれば、収まるのだ。折を見て、1973年冷戦たけなわの欧州で開かれ、緊張緩和を定着させた全欧安全保障協力会議(CSCE)(1973年)のようなことをもう一度やって、米欧ロシア関係を安定させたらいいと思うし、それはできない話ではない。

ドイツが「自前の核」に近づいている〜とうとう始まった西側の「米国に頼らない」核抑止力の構築! で、日本はどうする?