セブン-イレブン

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セブンイレブンに外資の手が……

 国内に本格的なコンビニエンスストアのチェーンが誕生してから今年で50年。そのサービスは、半世紀で世界に冠たる地位を確立した。そんな折、最大手のセブン-イレブンにカナダの同業者から買収提案が――。われわれの慣れ親しんできた風景は、一変してしまうのか。【前後編の前編】

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【写真を見る】セブン-イレブンを飲み込もうとするACTが展開するコンビニチェーン「クシュタール」

 1974年5月、東京・豊洲に「セブン-イレブン」(以下セブン)1号店がオープンした。前年に米国のセブンとイトーヨーカドーがライセンス契約を結んでおり、以来、フランチャイズ方式で増え続けたコンビニは、着実に日本人の暮らしに根付いていった。

セブン-イレブン

 その「日本式コンビニ」の先駆けともいえるセブンに、外資の手が伸びていると報じられたのは今夏のことだった。

「カナダを拠点に北米や欧州でコンビニを展開する『アリマンタシォン・クシュタール』(以下ACT)から買収を提案されたと日経が報じたのを受け、親会社であるセブン&アイ・ホールディングス(以下HD)が8月19日に発表しました。『法的拘束力のない初期的な提案』の時期は7月中下旬とみられ、HD側は独立社外取締役のみで構成される特別委員会を設置し、内容を精査。9月6日には、その答申を受けて先方に送付した提案拒否の書簡を公表しました」(全国紙経済部記者)

「両者の考え方の乖離は著しい」

 提案は発行済みの全株式を1株14.86ドルで取得するとの内容だったが、これにHDは「当社の価値を“著しく”過小評価している」と反論、拒否の根拠としている。

「7月中下旬のレートで換算すると1株2200〜2400円ほど。約3割のプレミアム(上乗せ分)がつき、買収総額は6兆円ほどでしたが、買収提案が明らかになった8月19日にはHDの株価が約2割上昇し、時価総額は前週末から1兆円ほど膨らみ、およそ5兆6000億円となりました。現在は円高が進み、HDの株価も2200円を超えるなど、当初の提示額とあまり差がない状況です」(同)

 一方でACTの株式時価総額はおよそ8兆円。狙った獲物をたやすく見逃すはずはなく、HDの“拒絶”を受けて8日には声明を発表した。そこでは、

〈(HDが)友好的な協議を拒んだことは遺憾〉

 としながら、

〈買収を現金で実施する十分な力がある〉

〈この件を支援する金融機関や投資家らとは良好な関係にある〉

 などと脅しめいた文言を並べ立てているのだが、

「HD側は6日に公表した書簡の中で、ACT側が提案の条件を大幅に引き上げても買収には“懸念”が残るとし、とりわけ日本の消費者の生活にHDが不可欠な役割を果たしているという点について、『さらなる協議が必要』と明言しています。コンビニのあり方についての両者の考え方の乖離は著しく、交渉は長期化するとみられます」(同)

創業家とかねて交流が

 ACTがHDに買収を持ちかけたのは、実は今回が初めてではない。HD内部の事情を知る経営アナリストが言う。

「ACTの共同創業者で現会長のアラン・ブシャール氏は、HDの創業家・伊藤家とかねて交流があるとされ、2005年には水面下で買収の話が出たものの、本気で取り合われず却下されたといいます。また20年にACTから正式に申し入れがあった際は、コロナ禍で立ち消えになった。今回は円安が進んだタイミングを狙われたとみられますが、HDが提案への対応を公表したのは、経産省が昨年8月、『企業買収における行動指針』を定めたことが大きい。指針では“真摯な提案には真摯に検討する”よう示されており、これを受けてHDは特別委員会を立ち上げたのです」

 カナダのトロント証券取引所に上場するACTは80年、ケベック州に第1号店を開店。自らのブランド店舗「クシュタール」を展開しつつ、03年には米国「サークルK」の運営会社を買収。21年にはフランスのスーパー大手「カルフール」に約160億ユーロで買収を提案したが、食料安全保障の観点から仏政府が反対し、頓挫している。

「HDの経営的なプラスは、きわめて乏しい」

 アジアや北米など世界に約8万5000店舗を持つセブンに対し、ACTは1万7000店舗ほど。メインは、ガソリンスタンド併設型店舗だという。

「ACTの24年4月期の売上高は692億ドル。うちガソリン事業の売り上げがおよそ4分の3を占めており、残りがコンビニなどの物販で成り立っています」

 とは、流通情報誌「激流」の加藤大樹編集長である。

「その一方、利益は物販だけで半分に上ります。温暖化対策で化石燃料の使用が減り、EVが主力となりつつある中、ガソリン事業が限界に近づいているとみて物販、特に“食”に強いセブンを取り込みたいという狙いがあるのではないでしょうか」(同)

 とはいえ、

「この買収案からはHD側のメリットが見えてきません。現にHDは、公表した書簡でも“米国の独禁法に抵触しないために(ACTが)資産をどう減らすのか”などの疑問点がクリアされていないという趣旨のことを述べていますが、株式の買い取り額が上がって喜ぶのは株主ばかりで、HDの経営的なプラスは、きわめて乏しいと思われます」(同)

「コンビニは“地域の生命線”」

 さらに、こう続けるのだ。

「重要なのは、セブンなどのコンビニは小売りの最大手として流通を支え、そして食を通して消費者の暮らしを支える商店というだけでなく、すでに国内のインフラの一部となっている点です。ATMなどの銀行機能を備え、自治体の発行する書類を受け取ることもでき、夜間も営業していることから地域の防犯の役割も担っている。少子高齢化が進むさなか、特に過疎地などでは、コンビニは“地域の生命線”になっていると言っても過言ではありません」(同)

 そうした「生活の拠点」が、ひたすら合理性を重視する外資の手に渡ってしまうとすれば、由々しき事態というほかない。

「ACTは、直営店の比率が日本のコンビニよりも多いといいます。果たして、フランチャイズがメインであるセブンのような、地域に根差した経営が期待できるでしょうか。また今後国内では人口減が顕著になっていきますが、そうした市場を支えるために何をしていくのかといった積極的なビジョンを持ち合わせているとも思えません」(同)

「“風土”が違い過ぎる」

 実際にHDのさる関係者も、こう明かすのだ。

「経営陣の本音は、ともかく提案を拒絶したい。そのために、どうはねのけようかと頭を悩ませているところです。消費者の利便性を最優先に考えるセブンと、ガソリンスタンドをメインにし、コンビニを買収してシェアを寡占状態にしたいACTとでは“風土”が違い過ぎます。セブンは70年代、それまで自宅で作って食べるものだったおにぎりを“買って食べるもの”に変えました。食べ物は地場で作って届けるのがモットーで、製造拠点がないエリアには安易に進出せず“利便性プラスおいしい”にこだわってきたのです」

 こうしたセブンの姿勢については先のアナリストも、

「国内店1店舗あたりの1日の販売額は、22年度でファミリーマート、ローソンがそれぞれ約53万円と約52万円。対してセブンは67万円と抜き出ており、その3分の2以上が食品。海外展開にあたりセブンは、できる限り国内と同じく、きめ細かいオペレーションを行うことを基本戦略にしている。実際に北米コンビニ事業では、フレッシュフードを含むオリジナル商品の強化を進めています」

 というのだ。

過疎地の店舗は行き詰まってしまう恐れも

 前出のHD関係者が続ける。

「公共料金の収納代行サービスも、セブンが先駆者でした。ATM設置も金融行政の規制の壁を乗り越えて実現させ、現在はマイナンバーカードで住民票も取得できます。また来年春から、ファミリーマートやローソンでは書籍や雑誌を販売する店舗が大幅に減少しますが、セブンは変わりません。これは特に、書店の数が大きく減った地方において、大切な“供給地”となっているのではという自負があります」

 そんな状況下で外資が取って代われば、「経済合理性」の名のもと、収益の芳しくない過疎地の店舗はロイヤリティーの値上げなどを強いられ、行き詰まってしまう恐れもあるというのだ。

「セブンには日本のコンビニ文化を築いてきたとの思いがあるのに、先方の提案はもっぱら“儲け至上主義”に終始していました。その不安は、今後の交渉でも払拭されないと思います」(同)

 後編【セブン-イレブンへの外資の買収提案に、1号店オープンを成し遂げた“コンビニの父”が語ったこととは】では、セブンイレブンが買収された場合に起こる変化などについて詳しく報じている。

「週刊新潮」2024年9月19日号 掲載