能登半島地震で被害にあった輪島市

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 能登半島地震からはや4カ月がたつが、復興はいまだ緒に就いたばかりだ。何しろ、負の象徴ともいえる「五島屋ビル」も撤去されずに巨体を横たえたまま。その理由とは……。

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【写真を見る】不自然な倒れ方をした五島屋ビル 現在も撤去されていない

 復興どころか復旧もまだ――。今の輪島市にはそう言わざるをえない光景が広がっている。潰れた家屋の多くはそのままの姿で、大火災に見舞われた朝市には焼け跡が広がるだけ。道路には凸凹が変わらず残り、1500戸弱が断水状態。

 市は、倒壊家屋の公費による撤去作業を進めている。総務課によれば、

「全壊と半壊の家屋に関しては、申請があれば、業者を市が手配し、全額市の負担で撤去しています」

能登半島地震で被害にあった輪島市

撤去が進まない理由

 しかし、例えば、メディアに散々取り上げられてきたあの「五島屋ビル」は4カ月間、倒壊したままの状態である。

 輪島塗の老舗企業が入った築50年、7階建てのこのビルは震度6強の揺れに耐えきれずに根元から倒れ、隣にあった居酒屋を潰してしまった。店主の妻と19歳の娘の二人が亡くなるという惨事が起きたのだ。

「公道にはみ出していますし、被災の負のシンボルになってしまっていますから、市はあのビルを早めに撤去した方がいいと考えているのですが……」

 とは、さる輪島市関係者。

「そのめどが立っていません。当事者の方々の理解が得られていないからです」

 どういうことか。

「所有者の五島屋の社長さんが撤去の申請を出していなかったんです。あれほど大規模に倒れたので、現在、国交省が原因などを究明するための調査に入っているところ。社長さんもなぜ自分のビルが倒れることになってしまったのか、納得しておらず、調査が終わるまではとの思いがあるようなのです」

 それはビルに潰されてしまった居酒屋「わじまんま」の店主氏も同様だ。

「『わじまんま』さんは、あの敷地の所有者ではありませんが、借主ですので申請に関わる権利を持ちます。まだあそこには遺品が残っていることに加え、倒壊の原因を巡って、五島屋さんとの間でやり取りをしているそうで、撤去についての許可をもらえていない状況です」(同)

 もっとも、最近になって、五島屋は申請を出したというが、こうした背景もあり、現状、市は静観せざるを得ないというわけなのだ。

「工場で寝泊まりしながら…」

 合理性を考えれば、いち早く撤去するのが得策。だが、当事者たちはそれぞれ、理屈では割り切れない思いを抱えている。

 その点を伺うべく、五島屋の社長に取材を申し込んだところ、応じてはもらえなかった。

「確かに納得していない部分はあると思いますよ」

 と胸中を代弁するのは、社長の近しい友人である。

「能登では2007年にも地震があったでしょ。社長は以来、ビルの耐震性を気にして、地下を埋め、基礎を強化する工事を行った。人が死んでしまっていますから、なぜ倒れたのかきちんと調べないといけないという気持ちが強いんです。彼は工場で寝泊まりしながら会社の再建を図っていますよ」

「妻と娘が死んだのはビルのせいだと考えてしまう」

 一方、

「確かに市から連絡はありましたが、ちょっと待ってくださいと伝えています」

 と明言するのは、「わじまんま」の店主・楠健二さん。楠さんは現在、神奈川県の川崎市に住みながら、能登へしばしば戻り、遺品を探し続けている。

「あの中にはのれんなど思い出の品があり、整理にもう少し時間がかかる。でも今、市側が解体するとそれらがゴミとして捨てられてしまうんです」

 また、五島屋についての複雑な感情も吐露する。

「あんな倒れ方はやっぱりおかしいと思いますよ。上が壊れていないのに下が折れている。いくら古いビルだからって、素人が見ても、疑問に思いますよね。肝心の基礎がおかしいのでは。それを明らかにしたいという思いはあります」

 社長とは一度、言葉を交わしたという。

「2月くらいだったかな。私が店の跡地で片付けをしていたら“すみませんでした”と声をかけられ、思わず“何ですか今さら”と言ってしまいました。そう思いたくはなかったけど、やっぱり妻と娘が死んだのはビルのせいだ――と考えてしまう自分がいるんです」

「そりゃ立ち直れないですよ」

 正直な思いを打ち明ける楠氏。もちろん彼の中で震災はまだ終わっていない。

「店と家と、何より家族を失った。俺は目の前にまだ生きている二人がいてそれを助けてあげられなかった。そりゃ立ち直れないですよ。一生引きずって生きていくと思います。女房と築き上げた店を終わらせたくないから、いつかはあの地で店を再開したいと思っているけど、地元には客が戻っていない。まだまだその日は遠いですね……」

 多くの人々の日常をかくも一瞬で奪い去っていった震災。倒壊した五島屋ビルが姿を消すのはいつの日か。

「週刊新潮」2024年5月2・9日号 掲載