現在のマーケティングの世界を支配しているのは間違いなくデジタルだが、驚くべきことに顧客の共感を呼ぶためにアナログのチャネルを活用するブランドは増え続けている。

「デジタル空間は混雑している」

「アナログマーケティングは消費者の心に響く。消費者の心に触れる。そして、消費者は感情的なつながりを感じることができる」と、DKNY(ディーケーエヌワイ)などのブランドを保有し、スターター(Starter)などのブランドのライセンスも保有しているジースリーアパレルグループ(G-III Apparel Group)のプレジデントを務めるカール・バンクス氏は語る。バンクス氏は1985年からジースリーアパレルグループに関わっており、スターターが頂点に達した1990年代に、3億6000万ドル(約554億円)近い収益を上げていた頃から、1999年に破産を申請した低迷期までを見てきた。バンクス氏は、スターターの再建に取り組んでいる現在、90年代の最盛期におけるブランドエッセンスを呼び戻し、新たな消費者を獲得するために努力している。肝心なのは従来型のマーケティングだと、同氏は述べる。90年代の消費者は、ほとんどすべてのヒップホップやスポーツのイベントでスターターを見かけていた。また、俳優のブルック・シールズやウィル・スミス、ミュージシャンのミッシー・エリオットといった有名人に、自社のベストセラー商品であるサテンバブルコートを着せ、このジャケットのカルト的な地位を固めた。

90年代当時の「スターター」の広告。人気女優のブルック・シールズを起用した

「デジタル空間は混雑していて、注目が持続しない。15秒から25秒しかないのに、どうやって関心を引き付けることができるのだろうか」とバンクス氏は語る。スターターがこの課題に対応している方法のひとつは、自社のストリートチームを再構築し、たとえば建設現場のような従来は使用されなかった場所でのワイルドなポスティングを再度優先することだ。また、大規模なカルチャーイベントにも同社が顔を出すことが増えてきた。今年はすでにNFL(ナショナルフットボールリーグ)と提携して、ロサンゼルスで行われたラッパーのタイラー・ザ・クリエイターのキャンプフロッググナウ(Camp Flog Gnaw)音楽祭と、ラスベガスで行われたスーパーボール(Super Bowl)で現実世界のイベントをホストした。スターターはどちらのイベントでもポップアップブースを運営し、スターターのジャケットを販売するとともに、ジャケットを獲得できる抽選を行った。バンクス氏は、7月にラスベガスで行われるエヌビーエーコン(NBA Con)で、名前はまだ発表されていないが、さまざまな分野で活躍するアーティストとコラボレーションすると明かした。彼らは会場でグラフィティアートや刺繍、ピンでスターターのジャケットをカスタマイズする。また、今年後半には限定版のカタログも導入する。以前の米グロッシーのレポートによると、2023年にスターターの売上は前年比で20%増加した。

ギャップはスケートボードブランドと協業

一方で、ほかのブランドもイメージや文化的な瞬間によってノスタルジーを利用しようとしている。たとえば、ギャップ(Gap)は3月にロンドンを拠点とするスケートボードとアパレルのレーベルであるパレス(Palace)と提携し、パレスギャップ(Palace Gap)コレクションを発売した。このコレクションのキャンペーンは90年代のスケートボードのカルチャーを直接反映したものだ。90秒の動画スポット広告ではその時代の有名人であるスパイスガールズ(Spice Girls)のメラニー・チズム(通称メル・C)のほか、伝説的スケートボーダーであるエリッサ・スティーマー氏やカール・ワトソン氏、トミー・ゲレロ氏などが登場している。

ギャップとパレスのコラボレーション「パレスギャップ」のプロモーション動画

パレスギャップのコラボレーションは、90年代とノスタルジーにインスパイアされたギャップの一連のマーケティングの最新作だ。2023年8月に同社に入社し、新たにCEOとして任命されたリチャード・ディックソン氏のもと、同社はイメージを刷新するミッションを進めてきた。ギャップは3月初頭に、南アフリカのポップスターであるタイラを使ったキャンペーン「リネンムーブス(Linen Moves)」の最初のアセットをTikTokで公開し、バイラル化した。この動画は、ジャングル(Jungle)のシングルでバイラルヒットした「バックオン74(Back on 74)」が使用され、ノスタルジックでありながらタイムリーなもので、これは適切に行えばブランドが消費者を獲得するのに優れた戦略となる。この投稿は4月11日の時点で2500万回再生され、37万4200の「いいね」が付いている。全体として、ギャップはTikTokでの人気を高めた生々しさと信憑性を反映した「低解像度の」画像と動画を重視しているようだ。バンク氏によると、消費者との本物の感情的なつながりが、最終的にクリックを売上へと変えるのだという。3月7日に報告された2023年第4四半期の決算では、純売上が10億1000万ドル(約1560億円)と、前年より5%減少していた。同社はコメントの要請に応じていない。

ミレニアル世代やザルファ世代をひきつけるノスタルジー

美容品もノスタルジックな路線を歩んでいる。創設から28年の「クリーンな」スキンケアブランドであるオセア(OSEA)は、うるう年にしか割引を行わず、その稀なブランド特売をプロモーションするため、90年代に触発されたキャンペーンを開始し、これまででもっとも成功したキャンペーンになったと、共同創設者のメリッサ・パーマー氏は述べている。オセアは商品の価格をブランドが創始された1996年当時の価格に戻すとともに、イベントをプロモーションするため400人のインフルエンサーとコンタクトを取った。さらにウェブサイトのホームページを90年代をテーマとしたものにデザインしなおし、ステッカー集、90年代のBGM、そして新しいカラーパレットを使用した。また、はじめてのアパレル商品として、90年代に触発されたスウェットシャツをリリースした。

90年代風デザインを採用した「オセア」のウェブサイト

結果は創設者の期待を上回るものだった。「わが社の1日の売上として、これまでで最高と2番目を記録した」とパーマー氏は述べ、インフルエンサーからのオーガニックおよびソーシャルの投稿により、270万人にリーチし、ソーシャルでは25万インプレッションを獲得したと付け加えた。「今後も、自社の歴史に焦点を当てるためにノスタルジーを使用していく。当社の顧客とインフルエンサーは、たいてい当社が創設以来28年であるということを知って驚く」と、同氏は述べている。ノスタルジーのマーケティングの力は証明され続けている。ミレニアル世代やザルファ(Z+アルファ)世代は過去のアイテムを欲しがっており、それによって多くの歴史あるブランドはノスタルジーのイメージによって商品の発売や再発売、キャンペーン、マーケティングのアクティベーションを結びつける新しい機会を得ている。「今日のカルチャーでは、誰もがでたらめにすぐ気づく。ブランドが本当に90年代とノスタルジーに触れるには、それを自社の、極めて信憑性のある中核のストーリーと結びつける必要があるだろう」とパーマー氏は話した。[原文:Throwback pricing and low-res imagery: Established brands look to the past for marketing success] TATIANA PILE(翻訳:ジェスコーポレーション、編集:戸田美子)