若手人材確保のため泣く泣く賃上げ。本当はそんな余裕なし(47歳・経営者)

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 日本商工会議所が発表した資料が示す「中小企業6割賃上げ」。経営難、人手不足と厳しい局面を迎える中小企業が賃上げに踏み切らざるを得ない背景とは?現場の声を追う──。
◆中堅社員のリストラも防衛的賃上げのしわ寄せ

「インフレ率を超える賃上げの実現をお願いしたい」

 今年の年頭記者会見の岸田首相の呼びかけに呼応するように、賃上げを行う企業が増えてきている。

 日本商工会議所が発表した「中小企業の人手不足、賃金・最低賃金に関する調査」によると、’24年度に「賃上げを実施予定」の中小企業は61.3%。だが、その内実は苦しい。

 調査対象となった中小企業のうち「業績の改善はみられないが賃上げを実施予定(防衛的賃上げ)」が36.9%と「前向きな賃上げ」を上回る。そこには、経営的に苦しくても賃上げせざるを得ない、企業の厳しい状況が反映されている。

◆地方で「月給30万円」でも集まらない

「父から継いだ会社ですが、もうダメかもしれません」と嘆くのは、熊本県で運送業を営む岡部祐介さん(仮名・35歳)。運送業界は今年4月からトラックドライバーの労働時間規制が適応され、年間960時間を超える労働が禁止される。

 ドライバーの長時間労働で人手不足を補っていた運送業界の経営サイドにとっては、苦難の年だ。

「うちは、大型トラックで熊本から関西へ生鮮食品を輸送する業務がメイン。ですが、規制が適用されると、1日の拘束時間の上限が15時間となるので、荷主が指定するスケジュールでの運搬が難しくなる。

 そこで一台のトラックに2人のドライバーが同乗し、交代制で運送することにしたのですが、なにせ人手が足りない。地方では破格の月給30万円正社員枠で募集しても一向に集まりません。そもそも人手を増やしてもひと現場あたりの運賃は変わらないので、経営としては大打撃です」

◆新入社員を雇うためベテラン社員を解雇

 人手不足による防衛的賃上げは運送業界に限った話ではない。WEB制作会社を経営する磯田隆也さん(仮名・47歳)も、4月から昨年よりも月給を2万円賃上げし、求人広告を出す予定だ。

「ネット広告を制作する従業員30人規模の会社ですが、うちみたいな中小企業は大手からの仕事を断れないので、常に人手不足。それで月給18万円で求人を出そうとしたら、転職サイトの担当者に『その給料では法令違反になるので掲載できません』と言われ、泣く泣く月給20万円で掲載しました」

 しかし、賃上げ分を補塡するために「思いきったリストラを実施できた」という良い側面も。

「正直、年収360万円の働かない中年を雇い続けるより、年収240万円の新入社員を迎えたほうが利益率はいい。最近、女性社員がベテランの男性社員にセクハラをされたと訴えてきたので、これ幸いと速攻で解雇しました。これであと2人分、人員を確保したいですね」

 賃上げする中小企業が増えたといっても、そこにはこんなカラクリがある。日本商工会議所の発表によると、賃上げの対象のうちパートタイム労働者が83.3%と最多で、正社員の賃上げは25.4%にとどまる。

◆「社員よりバイトのほうが稼げる」

 飲食チェーン店長の坂田智彦さん(仮名・42歳)も「バイトのほうが自分よりも高収入」とため息をつく。

「アフターコロナで客足が戻り、ありがたいことに会社の業績は右肩上がり。しかし、私の給料はかろうじてボーナスが数万円増えた程度でほぼ据え置きです。

 コロナの時短営業が完全終了したことで、勤務時間は増えていき、現在は一日17時間・月26日ほど店に立っていますが、時給換算すると1200円に満たない。一方でアルバイトは深夜時給1600円。とはいえ、今いるアルバイトにやめられたら困るので、とにかく彼らのご機嫌取りに徹しています」