Wレジェンドが120分間喋り尽くした―吉川美代子×古舘伊知郎 「ホンネのテレビ&アナウンサー論」

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「吉川さんのように時代に流されず、ハッキリとものを言うってすごいことですよ。僕にはできない(笑)」

「古舘さんは全方向に対してアンテナを張って生きる天才です」

フリーアナウンサーの古舘伊知郎(69・元テレビ朝日)と吉川美代子(69・元TBS)は、顔を合わせるなりお互いを称(たた)え合うのだった。同い年の二人は’77年にキー局のアナウンサーとなり、圧倒的な存在感を発揮して、数多くの名番組を盛り上げてきた。Wレジェンドがメディアの移り変わり、そしてアナウンサーの昔と今についてしゃべり尽くす――。

吉川 「生中継でアナウンサーの実力がわかる」
古舘 「『トーキングブルース』の途中で死にたい」

吉川 最初の出会いはたしか’81年の国技館ですよね。TBSの『報道特集』がプロレスブームを取り上げ、リポーターとして取材に伺った時、実況担当の古舘さんに、生放送前にご挨拶しました。

古舘 そうです。リングサイドで「同期ですよね?」なんてお話ししました。取材しに来てくれて嬉しかったのを覚えています。懐かしいですね。

吉川 それからずっと古舘さんファンとして陰ながら応援してきました。『報道ステーション』では久米宏さん(79)の後任キャスターとして、相当なプレッシャーで大変だろうな、と思っていましたよ。

古舘 スポーツ実況をしていた僕が報道畑に行くことで心配され、大先輩である久米さんの後任になったことでも心配され……こんなにも気にかけてくれる吉川さんのことを、僕はお母さんのような存在だと思っています(笑)。

吉川 古舘さんは『報道ステーション』を’04〜’16年という長期間担当され、その一言や一挙手一投足にいちいち文句をつける視聴者がいたはず。だから古舘さん、かなりストレスが溜まっていたでしょうね。

古舘 僕はもともと、プロレスやF1の実況をしていたので、「スポーツ実況アナのくせに報道をやりやがって」という視線を視聴者からも、周囲の人々からも送られていたんです。結構傷ついたけれど、今思うといい経験になりました。「報道番組のキャスターは誹謗中傷されて当たり前のポジションなんだ」と思えるようになってからは、いい意味で気が抜けました。久米さんはあえて反発を買うくらいの演出をしていましたよね。

吉川 そうですね。私はTBSラジオで久米さんがMCの『土曜ワイドラジオTOKYO』という番組のリポーターでしたが、彼は「批判する人こそ、我々の番組を真剣に聴いてチェックしている、つまり熱心なリスナーなんだ」と話していました。また、アンチが多いということは、実はその何倍ものファンがいるとも。なるほどと思いましたね。

古舘 久米さんはそういった立ち回りがとても上手かったですよね。僕もそれなりに苦労はしてきましたけど、吉川さんだって同じじゃないですか?

吉川 私が若手の頃は、放送局は完全な男性社会。報道キャスターに抜擢された時も「女に何ができるんだ」と試すような視線を常に感じましたし、報道記者の経験なしにはニュースを読ませないという厳しさがありました。国会記者クラブに入って、いきなり身一つで取材に放り出されて冷や汗もの。記者室に戻る途中に国会議事堂の中で迷子になりオロオロしていたら、後に総理大臣となる橋本龍太郎代議士が通りかかって、丁寧に記者室の場所を教えてくれたこともありました。龍太郎ファンになりました(笑)。

古舘 沖合に投げられて自力で泳ぎを覚えろ、というふうに厳しく鍛えられてきたのでしょうね。

足で稼いで、技術で伝える

吉川 今のアナウンサーって「人気者になりたい」「可愛く見られたい」っていうのが第一で、伝え手としての仕事が二の次になっているような気がします。私は休みの日も、選挙が近づいたら自腹で選挙区に行って取材していました。

古舘 足で稼ぐのは本当に大切。’08年のリーマンショック時、都内の町工場にプライベートで訪問したんです。自分で運転して、一軒一軒「お話聞かせていただけませんか」と言って回った。不景気で首をくくった方の友人、なんとか巻き返すために土日も操業している経営者、「お前になんか話さない」と怒りを滲(にじ)ませる人、「お前は知ってるから話してやる」と窮状を語ってくれた職人さん。色々な人々の話を飛び込みで聞きながら、自分の非力さに驚いた。
そんな帰りの夕暮れ時、大田区六郷の川沿いで、羽田空港に離着陸している飛行機を見ながら涙が出ました。マイクを持っていない自分はこうも弱いのか--。50を過ぎてそんな青いことを実感する自分に呆れましたよ。吉川さんは、30年も前にそんな経験をされていたんですね。

吉川 足で稼いだ情報を、しっかりと伝える技術も必要不可欠です。仕事がない時にはアナウンス室の奥にある3畳くらいの研修室で朗読の練習や勉強をしていました。先輩がニュースを読んでいたら「勉強させてください」と言ってスタジオに行くのが当たり前。

古舘 今の情報番組って、大きなボードを読んで、めくりを剥がして、また音読を繰り返すだけだから、自分の言葉でリポートすることがない。そうなると、自分で考えて発言することも減ってしまう。今の若いアナウンサーにとってはそれが当たり前で、ボードや原稿を読むことがアナウンスで司会進行だと思ってしまっている。その境地に入ったらもう抜け出せないですよね。だから可哀想だと思います。現場中継に出ることもないし。

吉川 生中継ができるかどうかで実力がわかりますよね。伝えるという技術的な部分と本や新聞を読んで日頃から勉強しているかという基礎知識の部分の両方が必要ですから。できる人は少ないです。

古舘 そういった意味で、「本当の男性アナウンサー」の時代は安住紳一郎(50)で終わったと思います。安住は本当にすごいですよ。斜めから人をいなしたり、からかったり、真面目にしゃべったり。心を込めたり、あえて込めなかったり、あれだけ自由自在にできるのはすごい。ラジオもできれば中継も絶品。しかも局を辞めてフリーになるのが普通の時代に、辞めずに残って。安住はいま役員待遇ですし、アナウンサー界で初の社長のポジションを狙ってますよね(笑)。

吉川 最近の傾向だと、フリーになることが実力と人気を両方手にした証拠であるかのようなイメージがありますよね。

古舘 それで言えば、今の子の″勘違いする能力″は心から評価したい。田中みな実さん(37)や元テレビ東京の森香澄さん(28)なんてグラビアの写真集を出したり、女優業をやったりと様々な方面で活躍している。僕らの時代にはあの思い切りは持てなかったな。女性アナウンサーのほうが、いい意味での勘違いができている気がします。男性アナはそこまでできていないし、面白みもない。

吉川 田中みな実は局アナ時代、「ディレクターが望む女子アナ像」を演じていたように思います。出演するバラエティ番組に少し過剰な演出があって、アナウンス部では「局アナにそんなことさせるな」という声があった。でも、彼女は「私は演出が期待することをやってみせる」という考え。アナウンサーとしての実力もあるので、女優でなく、MCとしての活躍もできたと思いますよ。

古舘 それで今、女優として活動しているんだからすごいですね。最近で評価できる女子アナっていますか?

テレビもアナウンサーも変わる

吉川 TBSだと日比麻音子(30)、皆川玲奈(32)、山本恵里伽(30)は安心して見ていられますね。彼女たちは、読み上げるのではなく伝えるという姿勢が見られます。他にも頑張っているアナウンサーが沢山いますが、最近は地上波をあまり観なくて。ごめんなさい(笑)。
本当にテレビも世の中も変わりましたよね。地上波のニュース番組よりも、アベマなどネットで配信しているニュース番組のほうが、地上波だとなかなかやらない問題を取り上げていて面白い。私たちも今はアベマで学生と企業を結ぶ『キャリアドラフト』という異色の新卒就活番組で共演しているわけですし。

古舘 僕も吉川さんも地上波出身なのでテレビ愛は強いんですが、残念ながら執着はなくなってきています。

吉川 昔のような覇権を取り戻すのはもう無理ですよね。

古舘 いつまで地上波のニュース番組があるかなんてわからない。おのずと局アナの形も変わってきます。

吉川 私は今も新人アナウンサーの研修を手伝ったりしているんですが、せっかく育てても、結局はフリーのアナウンサーやタレントさんをMCで使う。私の現役時代からTBSではその傾向がありました。なんのための厳しい採用試験だったのか。実力はあるのに、あまり番組に出ていない局アナがたくさんいるじゃないですか。テレビ局も自局のアナウンサーを育てる気持ちが薄れてきているんですよ。局アナという存在がいつまで必要とされるのか。

古舘 腕を磨き、努力しているアナウンサーは自然と道が開けてきますね。自分で決断して、努力していくのが今に合っているし、多様性ですよ。局のアナウンスルームに閉じ込もっていては、時代と逆行してしまいます。

吉川 局の一員として伝えるというより、自分個人の意見を発信したいという人は、今や地上波だろうがネットだろうがなんでもいいですもんね。

古舘 普段は真面目な吉川さんでも、出演中の『全力!脱力タイムズ』(フジテレビ系)では振り切って笑いを取りにいっているのが不思議ですよね(笑)。

吉川 あれは有田哲平さん(53)とスタッフさんを信頼しているからこそできるワザですよ(笑)。今後は大好きなジャズなど、趣味に生きたいですね。

古舘 趣味があるのはいい。僕は趣味がなくて、しゃべり一筋だから大変ですよ。もうこの歳になると死へのカウントダウンが始まっていて、当然意識する。この前なんて、日比谷へ映画を観に行ったら、身分証を見せるまでもなくチケットカウンターのお姉さんに「シニア料金ですね!」なんて言われてお得に楽しめました(笑)。こんな調子で老いを感じつつ、『トーキングブルース』の途中でマイクをつないだまま死にたい。

吉川 お互い今年古希を迎えますが、死ぬまでしゃべるという心意気がお見事!アナウンサーの鑑(かがみ)です(笑)。

◆古舘伊知郎(69)’54年生まれ、東京都出身。立教大学卒業後、’77年にテレビ朝日に入社し、『ワールドプロレスリング』や『夜のヒットスタジオ』などを担当。’04〜’16年は『報道ステーション』でキャスターを務めた。現在はテレビ出演のほかネット番組、自身のYouTubeチャンネルなどでも活躍中

◆吉川美代子(69)’54年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学卒業後、’77年にTBSに入社しアナウンサー兼解説委員やTBSアナウンススクール校長などを歴任。後進の指導を務めた。’14年に定年退職後は情報番組のコメンテーターや講師業のほか、『全力!脱力タイムズ』(フジテレビ系)などにも出演している

『FRIDAY』2024年4月19日号より