「エイハラ(エイジハラスメント)」は、超高齢化社会になるにつれ、今後さらに注目されるハラスメントと呼べるだろう(写真:CHIRO/PIXTA)

「優しく接していたら、成長できないと不安を持たれる」
「成長を願って厳しくしたら、パワハラと言われる」

ゆるくてもダメ、ブラックはもちろんダメな時代には、どのようなマネジメントが必要なのか。このたび、経営コンサルタントとして200社以上の経営者・マネジャーを支援した実績を持つ横山信弘氏が、部下を成長させつつ、良好な関係を保つ「ちょうどよいマネジメント」を解説した『若者に辞められると困るので、強く言えません:マネジャーの心の負担を減らす11のルール』を出版した。

本記事では、ある中堅商社の社長(40歳)のとった行動が「エイハラ(エイジハラスメント)」ではないかと取締役(58歳)から言われた事例について、その原因と背景を書籍の内容に沿って解説する。

区別と差別とひいきの違いとは?


年齢や世代によって差別的な言動をすることを「エイハラ(エイジハラスメント)」と呼ぶ。超高齢化社会になるにつれ、今後さらに注目されるハラスメントと呼べるだろう。

ところで、何でもかんでも「差別だ」「ハラスメントだ」と言ってはよくない。そこで、まずは、

・区別
・差別
・ひいき

の違いについて軽く触れておこう。

私がスペインへ行ったとき、入国審査で外国人とスペイン人とで分けられた。これは区別である。いっぽう、とあるスペインの食堂で注文をしようとしたところ定員さんに無視された。後から入ってきたアメリカ人やオランダ人には応対しても、私はずっとスルーされ続けた。これは差別だったように思う。

次に常連のスペイン人がやってきて、その人には窓際のいい席に誘導した。これは「ひいき」といっていい。

このように、ある属性で分けることを区別。分けたうえで、いっぽうを不当に扱うことを差別と呼ぶ。ひいきは特定の誰かに肩入れすること、特別扱いすることだ。

したがってエイハラは、若いから、高齢だからとレッテルを貼り、それを理由にして非難したり、本人が希望する仕事をさせなかったりすることだ。区別やひいきではないことは、必ず押さえておこう。

ベテラン社員たちが非難したプロジェクトとは?

「君はまだ若いんだから、この件に関しては黙っていなさい」

「50歳過ぎのあなたには、こういうITツールは使えないでしょう」

このような発言はダメに決まっている。不適切かどうかは、説明する必要はない。いっぽう、中堅商社の社長(40歳)の件はどうだったか。

この社長は38歳で社長に就任してから、積極的に若手を重用してきた。その姿勢が、

「エイハラではないか」

と言われるゆえんとなっている。とくに、ベテラン社員たちを怒らせたのが社長が中心となって進めた「やる気向上プロジェクト」だ。

このプロジェクトには社長の他、20代前半の社員10人でメンバーを構成した。そしてこのプロジェクトで決まった施策を、どんどんと形に変えていったのだ。仲のいいスタートアップの経営者が成功させた取り組みを真似した。

ところが、このプロジェクトは大失敗に終わった。社長も失敗を認めている。その理由は、

(1)思考力不足
(2)経験不足
(3)知識不足

この3つであったと私は分析している。

古株の経営陣もベテラン社員たちも、最初は賛成していた。しかし、そこで決まった施策そのものに問題があった。

・カフェ風オフィスの内装工事
・仮眠室の設置
・パーソナルトレーニングジムとの契約

などは、ベテラン社員たちも、

「それで、やる気がアップするなら……」

と容認していた。しかし、

・週休3日制

の導入には、強く反対した。それでも、

「ここで反対したら、組織のイノベーションは起こらない」

と社長に押し切られ、プロジェクトで決まったことはすべて実行に移された。ところがこれらの施策が歓迎されたのは最初の数カ月だけで、その後は最悪の結末が待っていた。やる気がアップするどころか若い社員は不満ばかり口にするようになった。しばらくしてプロジェクトメンバーも、ほとんどが会社を辞めてしまった。

このような結果となり、社長は責任をとるどころか逆ギレした。

「スタートアップの会社は同じようなことをしても成功した」

「違うのは、50代前後の社員が多いことだ」

「若い社員だけの組織だったら、絶対にうまくいっていた」

このような発言をしたため、50代の取締役をはじめベテラン社員たちが「聞き捨てならない」と訴えたのだ。

前提と根拠を間違える致命的なミス

いったい何が問題だったのか?

正しい「思考力」がなかったことが、まず大きな原因だろう。前提と根拠を間違えたのだ。

たとえば、ファンサービスをしっかりやることで、プロ野球選手はファンに愛されるだろう。しかしプロ野球選手として活躍していることが前提だ。つまり活躍せずにファンサービスばかりやっても、野球選手として愛されることはないのだ。

したがって、カフェ風のオフィスにしたり、仮眠室を設けたり、週休3日制にすることでやる気がアップするのは正しいかもしれない。根拠と主張は合っているだろうが、仕事で活躍できることが前提だ。

この前提条件がおかしければ、「こうすればやる気がアップする」と言われても、論理的に正しくはない。

まだまだ実力がない若手社員にリラックスできる空間や、休みを多く与えることで何が起こったか? 一つにはやりがいのある仕事が回ってこなくなったことが挙げられる。

あたりまえだろう。「やりがい」は、解決困難な仕事をやり切ってはじめて味わうものだ。実力もなく、休みを多くとろうとする社員には単純作業しか任せられない。

しかもAIやRPAのほうが、安定した精度で仕事をしてくれるのなら、若手に仕事を頼もうとするベテラン社員はいない。そんな余裕はないのだ。その結果、若い社員たちは成長の実感を味わえないと感じて、会社を辞めていった。

前提と根拠を間違えたから、このような施策が通ってしまったのだ。

知識と経験が足りない人ほど自信過剰になる現象とは?

また、前提と根拠さえ合っていればいいかというと、そうでもない。問題の解決策として、事前知識をどれぐらい持っていたのか。正しく確認してメンバー選びをすべきだっただろう。

そもそも社員がやる気を出すにはどうしたらいいのか? モチベーションとは何か? エンゲージメントとは何か? 社員満足度とは何が異なるのか?

最低限の知識を踏まえたうえで検討しないと、単なる思いつきや聞きかじったアイデアしか出てこない。

そのため、新刊『若者に辞められると困るので、強く言えません』にも書いた、ダニング・クルーガー効果を頭に入れておこう。

ダニング・クルーガー効果とは、能力や経験の低い人ほど自信過剰になる認知バイアスのことだ。「優越の錯覚」とも呼ぶ。

20年近くコンサルタントの仕事をしていて、私は常にこの心理現象を目の当たりにする。アマチュアであればあるほど学習や鍛錬を怠り、プロであればあるほど謙虚に自分磨きを続けるものだ。

だからまだ未熟なのにもかかわらず、

「わかってる?」

と言われても、

「わかってます!」

と答えてしまうものだ。そして、このように自信過剰バイアスにかかっている人ほど、うまくいかなかった場合、他責にしがちだ。

自分の知識や経験が足りないことが問題ではなく、環境のせいにしたり、たまたまうまくいかなかっただけだと思い込む。

もちろん、挑戦することはいい。いろいろな知識や経験がなくても、このようなプロジェクトメンバーに参画することは、むしろいいことだ。

ただ実力不足の人は、自分自身で「実力不足」を検証することができない。「自覚しろ」と言われても、自覚するための知識や経験がない。

だから、キチンとした知識や経験のある人がメンバーにいなければならないのだ。決して社歴が長いほうがいいわけではない。

社歴が長く、ベテラン社員であったとしても、そのテーマの素人ばかりで構成されたプロジェクトであれば、同じような結果になる。

本当に「経験豊か」なメンバーを集める

ここで、経験と体験の違いについて簡単に触れたい。

体験とは、実際に行動したこと。経験とは、体験したうえで知識や技術を身につけること。私は「体験は点」「経験は線」と受け止めている。

初体験とか実体験と言うが、初経験とか実経験とは、あまり言わない。いっぽう、経験値、経験則、経験年数と言うが、体験値、体験則、体験年数とも言わない。

「経験学習」と言うように、実際に行動したあと自分で振り返ったり、フィードバックを受けてはじめて体験が経験に変わるのだ。

私の知人で、26歳でも立派な経営者がいる。19歳のときに起業し、苦労して50人の会社に育て上げた。経営に関して十分な経験がある方だ。

いっぽうで、私と同世代の50代でも、とても「経験豊か」とは言えないビジネスパーソンもいる。得意な作業には熱心だが、経営や組織に関して真剣に向き合ったことがない。だから部長とか課長という肩書を持っていても「経験」が足りない。「体験」だけで終わらせてきたという人たちだ。

単に社歴が長い人ではなく、しっかりと経験を積んだ人がいればプロジェクトは失敗することはなかっただろう。

エイハラと多様性について

ダイバーシティ(多様性)には2通りの分け方がある。

年齢、性別、人種など、外から見てわかりやすい「表層的ダイバーシティ」と、価値観やパーソナリティなど外からは分けるのが難しい「深層的なダイバーシティ」の2種類だ。

「エイハラ」は年齢で分断してしまうことで生じるハラスメントだ。年齢だけではない。性別や人種、肩書はもちろんのこと、考え方や価値観が異なっても、公平に機会を与えるべきだ。

ただ、適任かどうかは公正に評価すべきである。

「機会は公平に、評価は公正に」

である。経験豊かなメンバーを集めたら、30代前後の男性社員ばかりになったとしても仕方がない。斬新なアイデアを出せるメンバーを集めたら、50代前後の高卒社員ばかりになった、としても仕方がない。

若い人を集めたから問題かというと、そうでもないし、その逆も然りだ。メンバーに偏りがあっても、公正であればいいのである。この企業も、前提と根拠を明確にしたうえで、「年齢」だけでなく「知識」や「経験」などを基準にした公正なメンバー選びを心がけたら、このような結果にならなかっただろう。

(横山 信弘 : 経営コラムニスト)