今回、問題になっている小林製薬の紅麹コレステヘルプ(小林製薬の商品紹介ページより作成)

死亡例が出るなど深刻な被害

小林製薬の紅麹の成分が含まれている健康食品を摂取した人に、健康被害が起きた問題で波紋が広がっている。

3月28日時点で4人が死亡、106人が入院と、深刻な被害が報告され、全国で製品の自主回収が相次ぐなどの影響が広がるなか、事態収束のメドは見えず、原因も明らかになっていない。

麹を含む発酵食品に詳しい専門家2人に、今回の健康被害の要因として考えられる点や背景を聞いた。

「そもそも紅麹は、日本古来の麹とはまったくの別物です。いわゆる“麹の一種”と勘違いしないでほしい」

こう話すのは、麹の発酵食品を長く研究してきた東京農業大学教授の前橋健二さんだ。

「中国古来の紅麹菌と日本古来の麹菌は、微生物学的な分類が異なるだけでなく、使い方も違う。麹という言葉が独り歩きして、“紅麹=赤い麹”と思われる方もいると思いますが、それは間違いです」

この理由については後ほど詳述するが、まずは小林製薬が製造した機能性表示食品「紅麹コレステヘルプ」で生じた健康被害について振り返る。

最初の症例報告は1月15日

この問題が発覚したのは、3月22日。最初の症例が報告されたのは1月15日で、同社が事案を把握してから公表するまでにおよそ2カ月を要した。

3月26日には同社は、約3年間継続して紅麹の成分を含む健康食品を摂取していたとみられる1人が、腎疾患で2月に死亡していたと発表。さらに厚労省は同日、同社へのヒアリングの結果、別の1人の死亡事例があったことを明らかにした。

そして28日、さらに2人の死亡が明らかになり、亡くなった人は4人となった。

2人目の死因が腎疾患かどうかは確認するとしているが、1人目と同じ健康食品「紅麹コレステヘルプ」を摂っていたと見られている。3人目は「腎疾患を伴って亡くなった」と遺族から連絡があり、4人目も遺族からの連絡があったという。3人目、4人目も「紅麹コレステヘルプ」を利用していた。


プレスリリース「紅麹関連製品の使用中止のお願いと自主回収のお知らせ」(小林製薬のウェブサイトより)

同社によれば、「カビ由来の未知の成分」が健康被害の原因の可能性があるものの、いまだ特定できていないとのことで、消費者の間に不安が拡大している。

紅麹とは、米などの穀類に紅麹菌を繁殖させて作られるもので、1000年以上前から発酵食品や、食品の着色料として利用されてきた。

日本では沖縄の珍味、豆腐を紅麹と泡盛などで発酵させた食品「豆腐よう」などでも知られるほか、紅麹色素として、さまざまな食品に広く用いられている。

また、紅麹に含まれる「ロバスタチン」という成分には、コレステロールを低下させる作用があるとされ、紅麹由来の健康食品なども多く販売されている。今回、問題が指摘されている小林製薬の「紅麹コレステヘルプ」も、「悪玉コレステロールを下げる」とうたっている。

一方、紅麹菌の中には「シトリニン」というカビ毒を作るものもあり、腎臓の病気を引き起こすおそれがあることがわかっている。そのため、EC(欧州委員会規制)が、サプリメント中のシトリニンの基準値を定めている。

紅麹は日本古来の麹とどう違うのか

では、紅麹は日本古来の麹とどう違うのか。

前出の前橋さんによると、麹の製造に使われるカビを総称して「麹菌」というが、実際、麹菌は分類上いくつかの菌種に分かれているという。

日本でもっとも多く使用されている種類は、「アスペルギルス属」に分類される「アスペルギルス オリゼー」というもの。日本酒やしょうゆ、みそ、みりん、甘酒などに使われている菌で、これまで健康被害が報告された例はない。

対して、紅麹菌が属するのは「モナスカス属」に分類される菌種で、紅麹は中国や台湾の腐乳(ふにゅう)や、米を紅麹で発酵させてつくる紅老酒(こうろうしゅ)や紅露酒(こうろしゅ)などに使用されている。

紅麹を使った日本の代表的な食品は前出の豆腐ようぐらいで、日本ではそこまでメジャーに広がっている発酵食品はない。紅麹もまた、発酵食品としてはこれまで健康被害の報告例はなかった。

小林製薬は、紅麹を用いた健康食品は、そもそもシトリニンを合成する遺伝子がない紅麹菌を使用しているとする。また、今回の健康被害の報告を受け、成分を分析したところ、腎臓の病気を引き起こすおそれがあるカビ毒「シトリニン」は検出されなかったともしている。

一方で、シトリニンとは別の未知の成分の存在を示す分析結果が得られており、「“意図しない成分”が含まれている可能性が判明した」とする。この成分が何なのかは、現時点では明らかになっていない。

「そうだとすれば、人為的なミスで何か別のカビ毒が混入したのか、通常と違う製造工程を踏んだのか、あるいは突然変異的なもので未知の成分が生まれたのかという話になり、また、未知の成分が健康食品に検出されたのか、紅麹に検出されたのかによっても大きく変わってくる」

と前橋さん。「いずれにせよ、シトリニンではない新たなカビ毒が発生したとなると、解明にも時間がかかるだろう」と述べる。

「今回の問題は、紅麹そのものを原材料とした健康食品を、長期間にわたって継続して摂取していたのか、あるいは製造過程で意図しない有害物質が生成または混入したことなどが問題ではないかと考えています」

こう指摘するのは、東京家政大学大学院客員教授の宮尾茂雄さんだ。

消費者庁によると、今回の事件は、2015年の機能性表示食品の制度開始後、メーカーが健康被害を公表して自主回収する最初のケース。国は届け出があるすべての機能性食品6000件超を緊急点検するとしている。

問題の健康食品は、紅麹を“色素”としてではなく“食品原料”として使用している。色素に比べると紅麹の含有量が多く、それだけたくさんの量を1回で摂取することになる。

そもそも健康食品やサプリメントは、特定の有用成分を濃縮して作られたもので、健康増進を期待して継続的に摂取することが多いものだ。

「紅麹に限らず、健康食品やサプリメントのなかには、主成分だけでなく、副成分も含めた特定の成分を、継続的に長期間摂取することが体にどんな影響を及ぼすのか、まだまだ調べる必要があると思います。何か特定の成分を、濃縮した形で毎日摂取し続けるというのは、食品ではありえず、健康食品やサプリメントでは起こりうる可能性がある」

と宮尾さんは言う。

特に機能性の表示が認められている機能性表示食品は、“体に良い効果”がうたわれるため、継続的な摂取に疑問を持たない人が多く、「食品だから安心」と過剰摂取をしている人もいるかもしれない。

「メーカーとしてはさまざまな新商品を作っていますが、副作用的な面の検証がおろそかになっていないか、少なくとも機能性表示食品については、今一度、全体的にしっかり検証することが必要だと思います」(宮尾さん)

2014年にも健康被害が報告

内閣府の食品安全委員会によれば、「血中のコレステロール値を正常に保つ」として、ヨーロッパや日本などで販売されている「紅麹で発酵させた米に由来するサプリメント」の摂取が原因と疑われる健康被害は、2014年にヨーロッパで報告されている。

これを受け、前述したようにECでは一部の紅麹菌が生産するカビ毒、シトリニンのサプリメント中の基準値を設定。フランスでは摂取前に医師に相談するように注意喚起しており、スイスでは紅麹を成分とする製品は、食品としても薬品としても売買は違法とされている。

こうした背景がある成分を、機能性表示食品として使用する際のリスク検証が十分だったのか、改めて問われるだろう。

(松岡 かすみ : フリーランス記者)