日産自動車は公正取引委員会から下請法違反を認定され、再発防止などを求める勧告を受けた(撮影:梅谷秀司)

2024年春闘の集中回答日となった3月13日、日産自動車は月1万8000円の労働組合の賃上げ要求に対して満額で回答した。一部の報道機関を対象にしたオンライン会見を開き、内田誠社長が「第1に従業員が必死に貢献してくれた。第2に物価上昇を勘案した。第3に自動車業界を代表する企業としての責務などを総合的に判断した」などと満額回答に至った背景を説明した。

その後、「下請法違反で、当社は公正取引委員会(公取)から勧告を受けました。社会に対して、関連の業界の方に対して、従業員に対して、すべての皆様に対して大変なご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げたいと思います。申し訳ありませんでした」と頭を下げた。

いつから行われていたかわからない

前週の3月7日、公取が日産に対して下請け業者への納入代金を一方的に減額したとして下請法(下請代金支払遅延等防止法)違反を認定し、再発防止などを求める勧告を行った。

日産はアルミホイールを製造するなど36の下請事業者に対して、発注時に決めた金額から「割戻金」の名目で減額していた。こうした行為は下請事業者との合意があっても違法となる。

公取の片桐一幸取引部長は「適正な価格転嫁が強く求められる中、下請法違反がサプライチェーンの頂点に立つ企業で行われていたことは非常に遺憾だ」と強く非難した。

違反総額は30億2367万円で、2004年以降に公取が勧告した中で最高額となる。ただし、認定されたのは2021年1月から2023年4月までのものでしかない。公取の菅野善文上席下請取引検査官は「かなり以前から行われてきた。具体的に(いつからかは)日産もよくわからない、ということだった」と指摘する。


公取が公表した資料。「下請事業者との合意があっても、親事業者が、下請事業者の責めに帰すべき理由なく下請代金の額を減ずることは、下請法違反となる」(写真:編集部撮影)

日産は1月末に減額した金額を返金、割戻金の運用も廃止している。公取の勧告を受けた同日には「法令遵守体制の強化を行うとともに再発防止策の徹底に取り組み、今後の取引適正化を図ります。広く関係各署に多大なご迷惑をおかけしましたこと改めて深くお詫び申し上げます」といった文書を開示。

前述のように「一部メディアに限った」会見で内田社長が謝罪もした。もただ、「開かれた」記者会見の場で説明や謝罪はしておらず、さかのぼって調査するかも明確にしていない。

ある日産系部品メーカー関係者は、「部品の仕様変更による臨時の値下げ要請もある。日産からは『もっと安くなるはずだ』と言われて押し切られるときもある」と憤る。別の日産系部品メーカー幹部は、「内田社長は調達畑の出身。責任を問われないのか」と疑問を投げかける。

社会からは厳しい声が飛ぶ。島根県の丸山達也知事は3月13日の記者会見で、「日産は過去3年間にわたる減額分を返したというが、利息を払わないとダメ」「下請けは利息を払えなどと言ってこないと高をくくっている」「3年より前は確認したのか」「経済取引上の強盗だ」などと批判した。

業界に蔓延している

立場の強い発注元が発注先に厳しい価格要求をするのは、どの業界にもあることだ。とりわけ自動車業界はこうした慣習が浸透していることで知られている。日産だけが問題かというとそうではない。

2004年以降、公取が勧告した自動車業界の減額事件は今回の日産を加えると14件。これとは別に2021年には、マツダが部品メーカーから不当な手数料を徴収していたとして下請法違反で勧告を受けている。また、公取は下請け業者のコスト上昇分を適切に価格交渉しなかったなどとして、2022年にデンソーや豊田自動織機、この3月15社にはダイハツ工業や三菱ふそうトラック・バスの社名を公表している。

もっとも、事件化するのは氷山の一角に過ぎない。

「不都合なことを言ったら取引に影響が及ぶのが怖い。なかなか声をあげられない」(公取の菅野氏)のが現実だ。


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自動車メーカー(完成車メーカー)が部品メーカーに対して「原価低減」などの名称で、年に2回など定期的に価格引き下げを求めることが長く行われてきた。建前としては、両者で「実のある」原価低減活動を行い、その成果を分け合うことになっており、違法行為と認定されることはほとんどない。

だが、「実際は机上の空論でしかない。しわ寄せは部品メーカーに押し付けられる」(大手系系列の部品メーカー関係者)といった不満も少なくない。単に取引価格だけではなく、在庫や金型の保有を押し付ける、即納を強いるなど、「違法とまでは言えなくても、『優越的地位の濫用』に近い行為は産業ピラミッドの上から下まで蔓延している」(自動車メーカー元役員)。

甘えの構造から脱却できるか

いびつな関係は、自動車メーカーから部品メーカーへだけではない。自動車メーカーから厳しい要求を突き付けられた部品メーカーが、さらに下請けにつけを回す。自動車メーカーが健全化に動いても、2次、3次、4次のメーカーまではなかなか恩恵が及ばない。

今回、公取は日産への勧告にとどまらず、業界団体である日本自動車工業会に対し、下請法違反行為の未然防止の取り組みを促すほか、原価低減要請のあり方などを検討し、業界全体の取引適正化を推進するよう要請した。

元日産COOで、現在は経済産業省系ファンド・INCJ会長を務める志賀俊之氏は「43年間日産にいた。下請法違反の件は明らかに違法で申し開きができない」と謝罪したうえで、「サプライヤーの努力に甘える自動車業界の構造が、日本のデフレの原因だ。サプライヤーを泣かせて原価低減をする業界慣行は変えていかなければいけない」と語る。

原価低減は日本の自動車産業のお家芸であり、競争力の源泉だった。そのすべてが違法行為とはいえないが、下請けに負担を強いてきたことは間違いない。賃上げを中小企業まで波及させるためにも、適正な原価低減に取り組んでいく必要がある。

(井上 沙耶 : 東洋経済 記者)