(写真:kou/PIXTA)

日本企業に勤めていても、海外の顧客や取引先とやり取りすることは少なくない。だが、目的が同じだったとしても、異なる文化や背景を持つ人たちが集まった場合、双方が驚く事態に発展することも……。本稿では、ドイツやフランス企業などの日本法人で26年間働いた経験を持つ筆者が、日本人と外国人が会議や交渉を行う際の「すれ違い」を解説する。

「脅し」も交えた交渉をするアメリカ企業

アメリカ企業のビジネスのやり方は日本企業のそれとは少し違っている。アメリカではビジネス上のネゴは「駆け引き」で、例えば材料費の高騰による価格交渉の場で以下のようなやり取りが普通に行われる。

サプライヤー:「部品の値上げを認めてくれないのなら製品の出荷を即停止する」
顧客:「部品の価格を低減維持できないなら次期モデルのサプライヤー候補から外す」

例えて言えば、お互いに「銃をちらつかせながら」交渉を行い、交渉の巧拙がビジネスの成否を分けるため手段を選ばない。アメリカ企業はこうした「脅し」も交えた交渉を日本の顧客に対しても行う。私がアメリカ企業の日本法人に勤務していた時も何度も経験した。

その都度、顧客との間に入って、日本式の交渉スタイル、すなわち、部品メーカーの置かれた状況を具体的な資料を示しながら顧客の納得が得られるよう説明し、理解を得て価格交渉を進めた。

日本企業の多くは長期的視点に立って、顧客もサプライヤーも相互に信頼関係を築きビジネスを行っている。例えば、サプライヤーが経営的に困った時は、顧客が積極的に支援することもいとわない。個別の交渉でもこうした信頼関係をベースに双方が納得できる結論へと導いていく。

アメリカ本社からは「なぜ、そんなに時間がかかるんだ。交渉能力が弱い」とプレッシャーをかけられ、日本の顧客からは「アメリカ本社がアメリカ式の交渉をすることは理解できるが、日本法人がしっかりと本社をうまくリードしてくれ」と言われ板挟みになる。

契約に基づく範囲で自社の利益を最大化することが当然のことだとされているからだ。ビジネスとはそういうものであり、日常生活においても契約に基づく行為が一般的だ。

アメリカ企業が契約重視のワケ

アメリカ企業の契約重視の考え方の背景には、多民族国家ゆえの「相手は自分とは異なる考えや常識を持っているはずだ」という前提がある。日本では「自分たちは単一民族国家だ」との思い込みもあり、ビジネスにおいても「細かいことは言わなくても話し合えばわかり合えるはずだ」という思い込みがある。そこには、契約書に書かれていない「相互信頼」の基盤がある。

だが、日本企業が国際社会で成功するためには、相手が自分とは違う考えや常識を持っていることを前提とした意識を持つことが不可欠だ。契約書の背景となる相手企業の考えや立場を理解し、それをベースに自分達の意志と相手の意志を文書として「見える化」しておくことが必要となる。

ビジネスの入り口で契約書をきちんと整備することでお互いの思惑のずれをあらかじめ顕在化させビジネスが始まった後で「Unpleasant surprise(予期しない思い違い)」を避けようとするのは合理的な考えだ。これは、文化が違う前提を踏まえれば当然の行為だ。

また、先の事例で「脅しあう交渉」について触れたが、現在日本の中小企業が置かれている材料費、エネルギーコスト、従業員の給与上昇などの価格転嫁の交渉を見たとき、日本の交渉の「非対称性」、つまり大企業が有利な交渉状況の改善の余地がある。

「脅しあう」ことを推奨しているのではない。「部品メーカーが経営危機に陥れば部品供給に支障がでて、結果として自社製品の生産に懸念を生じる」という「論理的帰結」を念頭に置いた価格のあり方と交渉の公平性を日本の大企業も目指してほしい。

2011年の東日本大震災のときのことだ。多くの日本企業も被災し、自動車関連の企業も大きな被害を受けた。私が勤めていたアメリカ企業もそうした被災した企業の部品を使っていたことから部品の調達が滞り生産ができない製品があった。

本社から日本の震災に対する気遣いのメッセージと、日本法人の状況や従業員の安否を気遣うメールと共に次のような指示が来た。

「フォース・マジュール(不可抗力による契約責任の免除)を顧客に伝えて、自社に契約上の不利益が生じないようにせよ」というものだ。

東日本大震災の際に来た驚きの「要求」

この指示に私は、最初は憤りを覚えた。外資に勤めているとはいえ、私は日本人であり、日本を愛する気持ちは強い。いや外資にいるからこそ、日本人のアイデンティティをより強く意識し日本のために仕事をしているという気概を持っている。

この件で本社とやり取りを進める中で、契約上の権利を行使しようとすることは理解できたし、アメリカ本社に悪意はなく、供給責任を果たそうとする真摯な意思も確認できた。本社はけっしてドライなのではなく、ビジネス上の決まり文句を伝えているだけのことだった。

そこで私は、この宣言を顧客にするのではなく、自社の置かれた状況を正確に伝え、供給責任が果たせないことに理解を得た。

震災で日本の自動車産業は大きな影響を受けたが、そうした中でも、自動車工業会や、自動車部品工業会などが中心となって自動車各社が被災地復興のためにできることを自主的、あるいは力を合わせて行っていた。

私はこの枠組みに日本法人として参画し、日本の部品メーカーと連携しながら、被災した部品メーカーの復旧にも参加し、限られた部品をそれまでの購入量に応じて分け合うスキームに参加した。

そして、日本以外のサプライヤーからの同等の部品供給の道も提案していった。

外資系企業における日本法人の知られざる役割

外資系の日本法人の役目は、単に海外本社の指示を顧客に伝えるとか、逆に日本の顧客の意向を海外本社に伝えるメッセンジャーになることではない。日本法人はビジネスの当事者として覚悟と信念を持って、双方にとって正しい結論を導いていく責任がある。

欧米では自動車メーカーが部品メーカーの評価に、QCD(Quality, Cost, Delivery)の3つの指標で評価することが多い。日本ではこれに加えて開発力/技術力を示す「Development」と経営陣の経営哲学と顧客に対するコミットメントを示す「Management」を追加したQCDDMの軸で評価される。

この「Management」の評価を高めるためには、日本法人は日本の顧客の期待に合わせて海外本社をしっかりとリードする必要がある。海外本社の意図を日本企業に伝わる形で伝えるなどの舵取りが求められる、

東日本大震災の対応で日本法人がリードしたことで、結果的に日本の顧客との信頼関係も維持でき、震災による生産停止などの経済的な影響はでたものの、日本の顧客とのビジネスは継続し信頼関係も強化できた。

「契約書を超えて」長期的なビジネスの成功を共に目指す、という精神は危機管理には特に有効だ。自動車メーカーを頂点に置いたピラミッド構造と、顧客、サプライヤーとの相互信頼関係は日本企業が世界でも戦える基盤になっている。

こうした精神を「契約」という形で「見える化」して世界に広めていくことができればと考えている。サプライヤーと顧客企業の共存共栄を進化させていきたいものだ。

(四元 伸三 : きづきアーキテクト 匠/シニアカウンセラー)