(写真:Graphs/ PIXTA)

ビッグモーターの保険金不正請求問題で注目を集めた内部通報制度。帝国データバンクの調査によると内部通報が行える公益通報窓口を設置・検討している企業は回答1万1506社のうち24.1%にとどまっている。

昨年の6月に公益通報者保護法が改正され、従業員数301人以上の企業に対して内部通報制度の体制整備が義務付けられているが、一般企業の取り組みはこれからのようだ。

一方で、上場企業が主な対象の「東洋経済CSR調査」での内部通報窓口の設置状況は2023年調査で社内98.0%、社外90.2%だった。


『CSR企業総覧』(東洋経済新報社)。書影をクリックすると東洋経済STOREのサイトにジャンプします

10年前の2013年調査でも社内は96.6%設置と今とほぼ同水準。ただ、社外は69.9%と若干低かった。サステイナビリティーに積極的に取り組んでいる企業は、10年前でも通報窓口の設置が当たり前で、近年、さらに外部窓口も一般化しているようだ。しかし、窓口があっても実態が伴っていないケースも多く、窓口設置は第一歩にすぎない。

そこで、今回は内部通報の質を見るために12月4日に発売になった『CSR企業総覧(ESG編)』2024年版掲載1714社のうち相談等を含む2022年度の内部通報件数を回答している795社を対象に件数の上位100社をランキングした。

日産自動車が3年連続で1位

1位は3年連続で日産自動車となった。件数はグローバルベースで2078件と昨年1764件から300件以上増加している。「グローバル行動規範」で、役員および従業員が差別や嫌がらせを行うことや、その状態を容認することを認めない旨を規定。定期的なハラスメント研修などの対策プログラムを整備し、違反・違法行為はSpeakUp(スピークアップ)というシステムから通報できるようになっている。コンプライアンスイベント等における従業員のコミュニケーションや従事者教育にも力を入れる。

さらに同社はチーフサステナビリティオフィサーを置き、サステイナビリティー全般を管轄する。内部通報などガバナンスはもちろん会社全体の持続可能性を幅広く把握した企業活動を行っている。

「何かおかしいと感じたときに躊躇せずに声を上げられる文化の重要性について行動規範研修やエシックスのイベントなどさまざまな機会を通じて従業員に語りかけている。また、定期的に内部通報制度の信頼性や利用のしやすさについての周知も行っている。こうした活動の成果として、従業員からの率直な声が多く寄せられ、企業文化の継続的な変革につながっていると感じている」(同社広報部)と着実に成果が上がっていることがうかがえる。

2位は昨年と同じスギホールディングスで1585件。 匿名で外部の通報機関に通報し、解決まで連携、対応できる救済メカニズムを構築している。コンプライアンス110番では、外部人員が一次受付を実施。国連のビジネスと人権に関する指導原則に基づき、人権方針の策定とデューデリジェンスを実施するといった人権関連の取り組みは幅広い。

3位は日立製作所の1276件。ハラスメントを含むグローバル共通の通報・相談窓口を設置する。案件ごとに通報内容の確認を行い、不正が確認された場合は、対象者への指導や懲戒対応など適切な是正措置を実施している。役員・管理職向け研修・事例共有、職場単位での勉強会、eラーニングもある。

ファーストリテイリングは4位にランクイン

4位はファーストリテイリングで1180件。件数は海外を含む自社グループ全体の数字となっている。不利益取り扱いについて記載した内部通報窓口の案内を職場などに掲示。定期的に全従業員へ通達発信や研修などを実施し、その中で内部通報制度の案内も行っている。ハラスメントなどを相談できるホットラインを設け、寄せられた案件については、コンプライアンス担当者の助言と同時に実態調査を行い厳正に対処している。

5位はアイシンで1084件。国内外のグループ役員・従業員に限らず社外のステークホルダーからもコンプライアンスや不正行為に関する相談・通報を受け付ける窓口を設置している。受付後は、プライバシー保護、相談者への不利益取り扱い防止などに配慮しながらの対処を徹底する。幹部職登用時には360度評価等によるコンプライアンス資質のスクリーニングも実施している。

以下、6位セブン&アイ・ホールディングス1020件、7位パナソニック ホールディングス893件、8位オリンパス809件、9位第一生命ホールディングス766件、10位イオン754件と続く。

窓口は社外専門機関に一本化している42位IHI(286件)、79位ニッパツ(152件)以外はすべて社内に設置。さらに多くが社外にも設置している。

この件数の評価については一般に使われている基準はないが、2011年度からこのデータを集めてきた経験から、通報できる人数が100人いれば年間1件くらいあることを1つの目安と考えている。その際、通報できる対象がグループ企業も含むのであれば連結の数字で見るのが適切だ。

いくつかの企業をご紹介しよう。まず1位の日産自動車はグローバルベースの通報件数(2078件)で、連結従業員数13万1719人で考えると、1件当たり63.4人となる。「100人に1件」を上回る水準で通報数は一定レベル以上とみられる。

2位スギホールディングスは連結従業員数1万9419人。これを通報件数1585件で割ると同12.3人となり高レベルの通報が集まっていることがわかる。

一方、ビッグモーターの保険金水増し請求問題で揺れる損害保険ジャパンを傘下に持つSOMPOホールディングスは49位の261件(グループ件数)。件数は一見多いように見えるが、連結従業員数(3万1701人)と対比させると121.5と100を上回っている。同社はESG分野ではトップクラスとして知られるが、今回の問題では、対応は後手となっている。

不適切行為で社長解任があったENEOSホールディングスも通報は低レベルだ。同社はCSR調査には回答しているものの、内部通報件数は未回答で今回のランキング対象外となっている。ただ、Webページには2022年度のグループ全体での内部通報件数が227件と掲載されている。連結従業員数(4万4617人)で計算すると196.6だった。

企業のガバナンスを見る際の1つの判断基準に

このようにガバナンス関連で問題が起きる会社は100を超えるケースが多いことは経験則から言える。もちろん100を上回っても問題が起きない会社も数多く存在するが、1つの目安としては使えそうだ。

通報件数に対比させる人数選びでは、業種によってパートやアルバイトなど臨時従業員数を加えたほうが望ましいケースもある。さらに顧客や取引先などの通報が可能な場合は想定人数を加えるといった調整も必要になるだろう。一律の計算は難しいが、少なくとも単独従業員数、連結従業員数で計算しておくことで、企業のガバナンスを見る際の1つの判断基準にはなりそうだ。

成功の方程式はないが、上位企業の事例を見ると企業の不正事例だけでなく、ハラスメントなども合わせて幅広い相談・通報を受け付けている。こうした間口の広い窓口対応が内部通報制度の成功につながると考えられる。



(岸本 吉浩 : 東洋経済 記者)