NTT法の廃止をめぐり、NTTと通信大手3社がSNSのX(旧ツイッター)でそれぞれの主張を投稿し、応酬を繰り広げている。PR戦略コンサルタントの下矢一良さんは「ライバル企業の『直接対決』は前代未聞で、SNS時代ならではの現象だ。勝敗は業界外の賛同をどれだけ集められるかによるだろう」という――。
写真左:三木谷浩史氏(写真=桃園市政府新聞處/Attribution only license/Wikimedia Commons)/写真右:NTT本社が入居するビル(東京都千代田区)写真=時事通信フォト

■巨大企業VSカリスマ経営者の「直接対決」

X(旧ツイッター)で、カリスマ起業家と日本最大級の巨大企業との全面対決が勃発している。対決の主は楽天グループの三木谷浩史社長、ソフトバンクやKDDIの社長、対するのはNTT広報室だ。

自民党の「NTT法の在り方に関するプロジェクトチーム」がNTT法の廃止を提言すると報じられたことがきっかけだった。NTT法とは、国の財産を用いて築かれたNTTが公共性・公平性の観点から「純然たる民間企業」のように活動することを制約している法律だ。

楽天の三木谷社長はXで「国民の血税で作った唯一無二の光ファイバー網を完全自由な民間企業に任せるなど正気の沙汰とは思えない。携帯含め、高騰していた通信費がせっかく下がったのに逆方向に行く最悪の愚策だと思います」と投稿。ソフトバンクの宮川潤一社長、KDDIの高橋誠社長もXで賛同の意を表明した。

これに対し、NTT広報室のXアカウントが、三木谷社長の投稿を引用する形で「税金で整備した光ファイバー網を持つNTTの完全民営化は愚策」説の勘違い。保有資産は最終的には株主に帰属するのでこの主張はナンセンスな話です」などと、強い言葉で反論したのだ。

国の施策に関して、ライバル企業で見解が異なるのは珍しいことではない。だが「直接対決」は前代未聞で、まさに「SNS時代ならでは」と言える。

かつてはテレビ東京で多くの企業を取材し、現在は広報支援する企業の代表である私の経験を基に、通常は語られることのない企業の広報戦の舞台裏、そして現代のSNS時代の広報戦の勝敗を分ける鍵を、紐解いてみたい。

■ソフトバンク・孫正義社長が売ったケンカ

NTTと通信会社の「全面対決」は今回が初めてではない。2000年代、通信事業に参入したばかりのソフトバンク・孫正義社長が、NTTに大々的に喧嘩を売ったのだ。当時、テレビ東京経済部で通信業界担当キャップをしていた私は、メディアを舞台に繰り広げられた戦いの「当事者」でもあった。

日本電信電話公社(電電公社)が国民の財産を用いて築き上げた莫大な資産を受け継いで、NTTは生まれた。それゆえNTTは光ファイバー、通信局舎や電柱など、国民の財産で築かれた通信基盤を、競合事業者にも「公平・公正に」貸し出すことを法律で義務付けられている。

この「NTTが公平・公正に」貸し出さなくてはならないという仕組みを利用して、2000年代に通信業界に殴り込みをかけたのが、ソフトバンクだった。

NTTが「次世代通信網の本命」と位置付けていた光ファイバーは確かに高速ではあったのだが、まだ一般家庭には高価な代物だった。そこでソフトバンクは通信品質では光ファイバーに劣るものの、既存の電話回線を利用することで、遥かに安価に提供できるADSLを大々的に売り出したのだ。

■どちらの言い分も間違いではなかったが…

その販売拡大のやり方はお役所的なNTTには決して真似できないものだった。「ADSL端末を街頭で、無料でばら撒く」という常識破りの方法だったからだ。

「強引とも言える方法でとにかく無料でシェアを広げ、あとから徐々に回収する」というソフトバンクの「お家芸」は、最近ではソフトバンクが展開するQRコード決済「PayPay」にも通じるものだ。

NTTとソフトバンクの綱引きは熾烈(しれつ)を極めることになる。ソフトバンクは街頭で顧客獲得しても、NTTから施設の貸し出しを受けなければ、サービス提供ができない。一方、NTTは自分たちを倒しにくる新興勢力に、「武器」を提供しなくてはならない。当然ながら、円満に進むはずがないのだ。

ソフトバンクは「NTTが意図的に貸出の手続きを遅らせて、妨害している」と批判する。NTTは「ソフトバンクからの届出書類が杜撰すぎて、事務手続きを円滑に進められないためだ」と応戦する。

今から思えばどちらの言い分も、少なからず真実であっただろう。だが、広報戦では孫社長のほうが遥かに上手だった。

2000年代、通信事業に参入したばかりのソフトバンク・孫正義社長が、NTTに大々的にケンカを売った(写真=のびはや/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)

■「日本のネットユーザーのため、NTTを打ち負かす」

「日本のインターネットは先進国で世界一遅く、世界一高い。日本のネット業界のため、日本のネットユーザーのため、日本で最大の企業、あのNTTを打ち負かす」

これは当時、私が孫社長にインタビューしたときの発言だ。ここまで企業のトップが対外的に敵意を剥き出しにするのは、極めて珍しい。そしてこの発言には、孫社長の広報の巧みさが凝縮されている。

ひとつは戦いの目的に大義を掲げていることだ。「NTTを打ち負かす」目的は私利私欲のためではなく、「日本のネットユーザーのため」だと言う。「通信業界のシェア争い」ではなく、「日本のネット業界の未来を賭けた戦い」に転化しているのだ。孫社長の発言が真実であれば、「通信業界に関係ない第三者」がどちらに与するべきかは明らかだ。

もうひとつ巧みな点はNTTを「日本で最大の企業」とわざわざ位置付けている点だ。当時はソフトバンクも年商4000億円の大企業なのだが、売上高10兆円を超える「巨象」のNTTグループの前では「子犬」に過ぎない。

■自らを「巨象に挑む挑戦者」として位置付けた

映画、小説、マンガなどに出てくるヒーローは、ほとんどの場合「弱者」である。この設定は「人は弱者が強者を倒そうと挑む姿」に喝采を送るという性質に基づいている。

あえて敵を「大きな存在」として印象付けることで、自らを「巨象に挑む挑戦者」として位置付けているのだ。私は孫社長のこの発言を、テレビ東京の『WBS』で放送した。

写真=iStock.com/TommL
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/TommL

当時、ソフトバンクの広報室から私は何度か電話を受けたことがある。「孫社長がインタビューを受けたいと言っているが、いかがでしょうか」。孫社長のような有名な経営者が広報経由でインタビュー取材を売り込んでくることなど、まずない。テレビ東京以外にも「売り込み」をしていたことは想像に難くない。まさに広報室総出で広報戦を仕掛けていたのだった。

こうしたソフトバンクの攻勢に対し、NTTの広報対応は実に「紳士的」だった。私はテレビ東京の通信業界担当キャップという立場だったが、NTTから「取材の売り込み」などの何らかの働きかけを受けたことは一切ない。前述の孫社長のあからさまな「NTT敵視発言」を放送した際も、NTTからは何の反応もなかった。

■NTTの「紳士的」な広報対応

ちなみに、当時の番組スポンサーには「NTTコミュニケーションズ」が含まれていた。だが、テレビ東京の報道局内はもちろんのこと、営業局や広告会社からも何か指摘されることは一切なかった。

もちろん私の耳に入ってこないだけで、NTTの担当営業は「嫌味のひとつ」も言われたかもしれないが。いずれにしてもなにか騒ぎになることもなく、その後も長く「NTTコミュニケーションズ」はスポンサーであり続けた。「スポンサーであっても、報道番組に干渉しない」姿勢は「さすが日本を代表する伝統的な大企業グループ」と言える。

余談になるが「『WBS』はスポンサーの競合企業は取り上げないので注意するように」などと、今でもかなり売れている「広報の専門書」に記してあるのを目にしたことがある。

「もっともらしい解説」なのだが、当時も今も「トヨタが電気自動車に関する戦略を発表しても、スポンサーのスバルの競合にあたるから取り上げない」などやっていたら、経済報道番組として成立しない。経営者や広報担当はこうした「専門家」による「もっともらしい解説」には、注意してほしい。

■SNSの普及で広報戦のあり方は激変した

さて、今回の楽天の三木谷浩史社長と、NTTの全面対決に話を戻したい。孫正義社長がNTTに喧嘩を売った時代と現在とでは、若干事情が異なる。当時、SNSはほとんど普及していなかった点だ。戦いの場は自ずとテレビや新聞、経済誌などのメディアが中心となる。

写真=iStock.com/Kenneth Cheung
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kenneth Cheung

既存の報道メディアでは「企業間の利害が分かれる問題で、どちらか一方の主張をそのまま垂れ流す」ということはまずありえない。扱い方の濃淡はあれど、「両論併記」を維持するものだ。前述の孫社長の「NTTは日本のネットユーザーの敵」発言の際も、NTTの見解はソフトバンクに比べ小さいながらも扱った。かつてのNTTのように「紳士的な」対応をしていても、ある程度は自社の主張が取り扱われるのだ。

だが、今回の主戦場はXである。既存メディアのように「両論併記」という配慮は存在せず、敗者には何も与えられない世界でもある。それだけに戦いに際しては、既存メディア「だけ」が主戦場だった時代よりも、入念な広報戦略が必要になってくる。勝つためには何が必要なのだろうか。

■NTTの主張は確かに事実だが…

NTTの反論投稿では「KDDが電電公社から分離した際、電電公社の資産を引き継いでいます」「ソフトバンクも元々の母体である日本テレコムが国鉄から分割された際、国鉄の通信資産を受け継いでいます」として、NTTだけが国有財産を受け継いでいるわけではないと主張しているほか、「光ファイバーはほぼ全て公社ではなく民営化後に敷設しています」と反論している。

NTTの主張は確かに事実だが、広報戦を勝ち抜くには弱い。というのは「通信業界以外の者には、どうでも良い話」だからだ。前述の孫社長の戦い方が巧みだったのは「通信料金が高いのは、NTTのせい」と通信業界「以外」の人々を味方にしようとする仕掛けがあったことだ。

NTTが広報戦を勝ち抜くには「NTT法によって、いかに日本の通信業界の技術発展や国際競争力の向上が阻害されてきたか」など、「業界外」を巻き込む議論に昇華することが不可欠だ。

■「業界外」を巻き込む力が求められる

一方の三木谷社長は、「一般を巻き込む」という点では「さすが」だ。Xの投稿でNTT法の廃止を「携帯含め、高騰していた通信費がせっかく下がったのに逆方向に行く最悪の愚策」と痛烈に批判している。「業界外」を巻き込む観点をしっかりと盛り込んでいる。

だが三木谷社長の広報戦での勝利が約束されているかというと、そうとも言い切れない。というのも、三木谷社長への好感度がかなり低いからだ。

この夏、『最後の海賊 楽天・三木谷浩史はなぜ嫌われるのか』という書籍が出版された。決して三木谷社長に否定的な内容ではないのだが、「なぜ嫌われるのか」というタイトルが成り立つほど、好感度が低いことの証しだ。

SNS時代の広報戦では「業界外の人々を巻き込む言語化力」が極めて強く求められる。記者のように「自分なりに理解できるまで、粘り強く情報収集してくれない」からだ。勝負は一瞬、そして一言で決するとも言える。

もし私が広報PRのコンサルタントとしてNTT側に立つのであれば、改めて「一般の人々を巻き込む理論武装と平易な言語化」に取り組んだうえで、「巨万の富」を築いたカリスマ社長に対抗するために「アカウントの中の人」の「等身大の誠実さ」、あるいは「現場の人々の通信インフラを維持するための愚直な取り組み」を打ち出すかもしれない。逆に楽天陣営に立つなら、三木谷社長の「志の高さ」を伝えるための起業家像の再構築を試みるだろう。

いずれにしても勝負は「論理的に正しいかどうか」ではなく、通信業界「外」の人々の共感と支持を得られるか、だ。業界「外」の共感と支持を得るには、事業者の私利私欲ではなく、この国の通信業界を良くしたいという「高い志」をリアリティのあるものとして、伝えられるかどうか。NTT法をめぐる勝敗の帰趨は、その一点に集約されるのではないか。

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下矢 一良(しもや・いちろう)
PR戦略コンサルタント、合同会社ストーリーマネジメント代表
早稲田大学大学院理工学研究科(物理学専攻)修了後、テレビ東京に入社。『ワールドビジネスサテライト』『ガイアの夜明け』をディレクターとして制作。その後、ソフトバンクに転職し、孫正義社長直轄の動画配信事業を担当。現在は独立し、中小企業やベンチャー企業を中心に広報PRを支援している。著書『小さな会社のPR戦略』(同文舘出版)、『巻込み力』(Gakken)。
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(PR戦略コンサルタント、合同会社ストーリーマネジメント代表 下矢 一良)