「男を見る目なかった…」同窓会で、さえなかった男のハイスペ化を見た29歳女は…
誰にだって、失敗はある。
そして誰にだって、やり直す権利がある。
過去に自分が下した、愚かな恋の選択だとしても。
高校時代、学校の“お姫様”としてチヤホヤされてきた杏奈は、当時1番人気の男子を恋人にした。
29歳という大人になった今、当時見向きもしなかった男子たちが『ハイスペ男』に成長しているのを目の当たりにし…。
「男性選びをやりなおしたい」
そんなお姫様の挑戦は、果たして完遂されるのか──。
Vol.1 11年後の現在地
「杏奈さん、お久しぶり。一目でわかったよ」
「全然変わってないね。相変わらずお美しい」
「まさか、一生のうちで杏奈さんと話すことがあるなんて思ってもみなかった」
倉持杏奈は謙遜しながらも、天使のような笑顔で男性たちの賛辞を浴びていた。
「ありがとう。みんなも素敵になっちゃって…」
東京・有楽町の帝国ホテル。ここでは今、高校時代の恩師の退職記念パーティーが開かれている。
杏奈はまさに広間の中心に咲く、一輪の花。
群がるミツバチは、いずれも自信溢れるオーラをまとった素敵な男性ばかりだ。
杏奈の母校である劉生高校は、静岡県東部地区で東大合格を毎年十数人出している私立進学校だ。歴史ある男子校だったが、14年前、杏奈が高校入学の年に共学となった。
女子一期生は同学年に5人しかいなかった。そのせいか、見た目が美しく、地元優良企業社長の次女という杏奈は当時、お姫様のようにちやほやされていた。告白してきた男子は数えきれない。
「これ、名刺。もしよかったら今度飲もうよ」
「ありがとう。ぜひ誘って。私、彼氏と別れたばかりだから…」
「え、杏奈さん、今フリーなの?ということはチャンス?」
29歳となった今も変わらぬ、同級生たちの色めき立った反応。
杏奈はその、変わることのない自身の地位に酔いしれる。
変化したのは…男子生徒たちの現在地だけだ。
都内に居を移した恩師の希望で、東京で開催されたこのパーティー。地方進学校出身で首都圏に根を張り、そのうえ、同窓会的な集まりに胸を張って参加できるものは、ほとんどが成功者だ。
医師、弁護士、経営者、マスコミ関係、外銀勤務、コンサル…。いずれも、華々しい肩書や大手上場企業勤務の者ばかり。
「え、それって、佐東直人と?なーんてね」
杏奈が告白した「彼氏と最近別れた」という話題に対し、例に漏れず成功者となった輪の中のひとりが、高校時代の彼女の恋人の名前を挙げた。
「うん。そうだよ。よく覚えているね」
彼としては、同窓会という場にふさわしい、ノスタルジックな冗談のつもりだったようだ。
しかし、杏奈からの思いがけない返事を耳にした男たちは、一様に目を丸くする。
卒業から10年以上。まさか、つい最近まで交際していたとは、思ってもみなかったのだろう。
「……マジ?杏奈さん、直人とずーっと付き合ってたってこと?」
佐東直人──元彼の直人(ナオト)は、東京から芸能事務所のスカウトがやってくるほど容姿が良く、学内のミスターコンでは3年連続1位にもなった男だった。
高校3年の冬、どんな男にもなびかなかった杏奈に告白し、その牙城を崩した。男子たちの間では、今でも伝説になっているのだという。
― 本当に、当時はステキだったのよ。クラスは違ったけど、実はひそかに気になっていた人だった。だから…。
杏奈は、彼と交際し始めたときの回想に、後悔が並行する。
実は直人は、ふたを開けてみれば、とてつもないクズ男だったのだ。
◆
高校卒業後。杏奈と直人は共に上京し、杏奈はお茶の水女子大学に、直人は早稲田大学に入学した。互いにキャンパスライフを楽しみながら、学生時代はデートを重ねる程度の幸せな交際が続いていた。
その後、杏奈は外資系医薬品メーカーに、直人は広告代理店に就職が決まった。…そこまではよかった。
多忙によるすれ違いを避けるため、同棲し始めたのが間違いだった。いや、正解だった、と言えるのかもしれない。
とにかく、生活を共にしていくうちに、直人のボロがどんどん出始めたのだ。
まず、借金があることが判明した。
趣味がギャンブルであることは以前から理解していたが、朝からパチンコ店に並んだり、有馬記念やダービーに十万単位を突っ込むレベルだとは想像もしていなかった。
就職した代理店は1年で退職。その後はベンチャー系企業を転々とし、ここ数年はアルバイトを繰り返していた。
必死に頑張ってその状態ならまだ応援できるが、直人はそんな生活に一切の危機感を持つことをしなかった。
手元にお金ができたらギャンブルや旅行などの遊興に使う。最近はスパイス系カレーにハマり、聞いたことのない名前のスパイスや何十万もする調理用具を買いそろえる。
しまいには、
「しばらく、インドに行ってくる」
と、旅立ちの前日、相談もせずに告げられたのだ。
「いつ帰ってくるか?さぁね、風に聞いてほしいな」
杏奈の堪忍袋の緒が切れたのは言うまでもない。
けれど、直人の最もタチが悪いポイントは、ダメ男であったことではない。
ギャンブル狂いでも、定職につかなくても、直人は杏奈に対しては優しい男だったのだ。
消費者金融に借金してプレゼントをしてくれるような人だった。
毎日杏奈を『可愛い』と褒めたたえ、彼といると荷物を持つことはなかったくらいのお姫様扱いをしてくれた。
それが、ダラダラと交際を10年近く続けてしまっていた理由である。
◆
「女性がパートナーを養ってもいい時代よ。私が引っ張っていこうと思ってきたけど、疲れちゃって」
「……なるほど、そういうことがあったのね」
そう相づちを打つのは、数少ない同級生女子の麻沙美だ。
10年ぶりに再会するなり直人のことを尋ねられた杏奈は、広間の隅の椅子に陣取り、麻沙美に向かって事の経緯を語る。
「自分の選択は間違えてない。そう思い込みたかったの。結果、貴重な時間を無駄にしちゃった」
「よく決断したね。でも杏奈は有名人だし、これからは引く手あまたのはず」
「有名人、ってそんな…」
杏奈は現在、勤務している医薬品メーカーでは広報を務めている。
会社の広告塔としてSNSやメディアに登場する機会も多々あり、巷では“美人広報”として名が知られているのだ。
「でも無理やりにでも誘ってよかった。多少の気晴らしにはなったでしょ?」
麻沙美の言葉に、杏奈の心はほのかに和らいだ。
実は、直人との別れという失恋の傷もあり、今回のこのパーティーにはもともと来るつもりはなかったのだ。
しかし、麻沙美からの「久々に会いたい」という強引な連絡で、重い腰を上げた経緯がある。
そもそも麻沙美とは、年賀状をやり取りする程度の仲だ。他の同級生と同様に、卒業以来疎遠な関係になっていた。
見た目は地味で、真面目で積極的な麻沙美。華やかなルックスの割に、のんびり屋で一歩引いた性格の杏奈。
そんな違いがあるふたりの間には、相いれない部分がある…。杏奈はずっと、そんなふうに感じていたのだ。
杏奈にとって数少ない女子の同級生同士ということもあり、高校時代は半ば惰性で一緒にいたようにも思っていた。
けれど、月日を経てこうして再会した今。杏奈は不思議と、麻沙美に対して女子同士にしか見えない絆の存在を確認できたような気もする。
「ありがとう…ちょっと落ち着いたよ」
杏奈がそう微笑んだとき、麻沙美の名を呼ぶ男性の声がした。
「あ、夫がきた」
「夫?」
「杏奈も知っている人よ。仕事のミーティングが長引いちゃったみたいで」
麻沙美は受付に彼を迎えに行き、腕を組んで再び杏奈のもとへ戻ってくる。
「お久しぶり、杏奈さん…って、俺のことは覚えてないか」
「タンクだよ、タンク」
「ええっ!!まさか…?」
杏奈は思わず声を上げた。目の前にいる『タンク』こと、古野拓哉。
彼は高校時代はそのあだ名の通り、短躯でぽっちゃり体型の、陰キャな眼鏡男だったはず。
だけど今、麻沙美の横に立っている男は、筋肉質でありながらもスラリとした体形のビジネスマンだ。
「地元の成人式で再会して、付き合いだしたの。別れて戻ってを2回くらい繰り返したのかな?で、去年ゴールイン」
「色々あったけど、駐在もあったし、多忙だったからさ」
タンクはいま、商社に勤めているのだという。住まいは中央区の高層マンション。先日は休暇を取りヨーロッパ周遊旅行にふたりで行ってきたのだとか。
「もぉ、それだけじゃないでしょ〜?」
くだけた言葉でじゃれ合い、見るからに幸せそうなふたり。
焦燥感とも嫉妬とも違う、モヤモヤした情けなさに杏奈は包まれた。
「…すごい、タンク。シュッとした上に、大出世したんだね」
思わず杏奈が正直につぶやくと、麻沙美は謙遜するように笑った。
「え、でもここにいるみんな、全員そんな感じでしょう。直人君がちょっと特別だっただけよ」
確かに、杏奈が同級生男子から連絡先として渡された名刺には、そうそうたる企業名や肩書が書かれていた。
まさに、『逃した魚は大きい』──そんなことわざが身に染みるようだ。
こんなに素敵な人たちを、過去の自分は平気で見過ごしていた。見た目しか見ずに人を選んでしまった、当時の自分の浅はかさをを突きつけられる。
「杏奈さん、ちょっとお話できるかな?」
恩師の元に夫婦で挨拶に行った麻沙美に置き去りにされ、ひとりでいる杏奈の元に、先ほどとは別の男子たちが寄ってきた。
彼らもまた、ブランドもののスーツに身を固め、重量感あるウォッチを身に着けた見るからにエリートだ。
「…もちろん!」
杏奈の胸の内に、得体の知れない火がつく。
― 恋人選び…リベンジしても、いいよね?
元・学園のアイドル。そして現在はメディアにも顔を出す美人広報。
このままでは終われない。
そう思った杏奈は、輪の中心へと一歩踏み出す。
過去の自分が無下に打ち捨てた、輝かしい男性たちを…もう一度、捕まえるために。
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顔だけで選んでしまった…過去の浅はかな男選びを悔いた杏奈は行動を起こす。