モノが溢れているこの時代に、あえて“モノ”をプレゼントしなくてもいいんじゃない?と言う人もいるかもしれないけど…。

自分のために、あれこれ考えてくれた時間も含めて、やっぱり嬉しい。

プレゼントには、人と人の距離を縮める不思議な効果がある。

あなたは、大切な人に何をプレゼントしますか?

▶前回:結婚報告をSNSに載せたら、女友達にブロックされて…。久々に再会した彼女に言われた辛すぎる一言




萌花(32歳)「覚えてる?あの頃の私たち」


「今週末、実家に行こうと思うんだけど」

夫の信彦に言われ、萌花は食事の手を止めた。

いつもそうだ。萌花が乗り気にならない話は、たいがい2人で食事をしている時に切り出される。

時間をかけて夫の好きなタンシチューを仕込み、夕飯に出したことを、萌香は少し後悔した。

「先月顔出したばかりじゃない」

遠回しに断ってみる。

「まあ、いいじゃない。母さんも萌花の顔を見たがってる」

実家の両親とすでに約束しているのだろう。こういうとき、萌花の意思が尊重されることはない。

萌花は信彦と2人暮らし。

28歳で結婚し、結婚生活はもうすぐ4年目に入ろうとしている。2歳上の信彦は、ここ十数年で急成長を遂げたIT企業に勤め、一般のサラリーマンに比べかなりの高収入だ。

子どもはいない。

欲しいとは思っているが、授からないまま今に至る。

横浜の山手にある信彦の実家には、月に一度は顔を出している。その度に、「孫の顔が見たい」と言われるのが、最近の萌花には少々辛いのだ。

「だって、孫の顔が見たいって、お義母さんそればっかなんだもん…」

見せられるものなら見せたいと思う。それは信彦だって同じはずだ。

「気にしなければいい。悪気があるわけじゃないから」

信彦は言うけれど、義母に言われるのはいつも萌花の方だ。

世間一般的に、信彦はいい夫だと思う。

しかし、子どもを授かることが目標になりつつある今。結婚前のような楽しさは、2人の生活から少しずつ目減りしていくばかりだ。

信彦のために生活を完璧に整えたい。早く子どもも欲しい。

そう思って結婚退職し、専業主婦になったのに…。




「そういえば、今日ポストにコレ入ってたよ」

食事を終えた信彦が、萌花宛の封書を差し出した。

差出人の場所には、萌花がかつて通っていた学校の卒業年度と、当時の同級生の名前がある。

封を開けると、薄いピンクの用紙に同窓会のお知らせが印字されてあった。

「再来週、ランチで同窓会みたい」

「へぇ、行けばいいじゃん」

日付は、2週間後の土曜日だ。

萌花は、東京女子大出身だが、中学高校は東洋英和女学院で過ごしている。今回は、高2から卒業までを共にしたクラスの同窓会だ。

― 行きたいけど…。由梨、来てるかなぁ。

真っ先に頭に浮かんだのは、中学生からずっと一緒だったかつての親友・由梨の顔だ。

最後に会ったのはいつだろう?

萌香は、ぼんやりと考えた。

― 最後に会ったのは…信彦さんと付き合い始めたころだから…。

そう。由梨と最後に会ったのは、26歳の時だ。

「信彦さんと、お付き合いしてるの」

そう報告したあの日。由梨の驚いた顔を萌花は今でも忘れていない。

不意に、ダイニングテーブルの隅で萌花のiPhoneが小さく震えた。

手を伸ばし、画面を見ると、新着メッセージを知らせるLINEの通知。

『萌花、久しぶり。同窓会来る?』

たった今、最後に会った記憶を辿っていた友人、由梨からだった。



11月下旬。

外苑前のレストランに着くと、扉には「本日貸切営業」のプレートがかかっている。店内では見覚えのある面々が、すでにワイングラスを片手におしゃべりに興じていた。

「ごめん、遅くなって!みんな元気そう!」

この日集まったのは、20数名。久しぶりの再会に、無意識的にキャーキャーと甲高い声を発しながら、再会を喜んだ。




卒業から十数年経ち、境遇は様々だ。起業した人、CAとなって世界中を飛び回っている人、はたまた子育てに忙しい人。妊娠中の友人もいる。

「萌花!」

聞き覚えのある声に呼び止められ、萌花は後ろを振り向いた。

「由梨…」

6年ぶりに会った由梨は、ミニマムなパンツスーツに身を包み、大人としての自信と輝きに満ちていた。

「なんか、仕事ができる女って感じ…」

萌花の口から思わず本音が漏れた。

由梨は東洋英和卒業後は慶應大に進み、証券会社に就職。その後、現外資系証券会社に転職したそうだ。

「服で仕事するわけじゃないから」と由梨は謙遜する。

「萌花こそ…信彦と幸せ?」

由梨が遠慮がちに尋ねる。

「うん、まあね」

萌花は曖昧な返事をしながら、口ごもった。

「やだ、はっきり幸せって言ってよ。さすがに6年経ってるから、何とも思ってないし」

あっけらかんとした由梨の様子に、萌花の気持ちが少し緩んだ。

この6年間、2人はどちらからともなく、疎遠になっていた。それには理由がある。

実は、萌香の夫・信彦は、かつては由梨と付き合っていたのだ。

「付き合っている人を紹介したい」

由梨からそう言われて恋人を紹介されたのが、萌花と信彦との出会いだった。24歳の頃だ。

もちろん、出会った当初は友人の彼氏だったし、由梨を介さず会うつもりなど毛頭なかった。しかしある時、街で偶然信彦に呼び止められたことをきっかけに、連絡先を交換。それから、次第に距離が縮まっていった。

頻繁にやり取りするのは控えるべきだ、とわかっていた。だが、隣の芝生が青く見えてしまったのだろう。

「由梨とうまくいってない」という相談を聞く名目で、信彦と会い続けた。

信彦が由梨と別れるまで、あくまでプラトニックな関係だったし、恋愛関係の男女が交わすような甘い言葉の往来は一切なかった。

浮気でも、略奪でもない。そんな思いがどこかにあった。


「子どもが待っているから」「夕飯の準備が…」と1人、2人といなくなり、会はお開きになった。

何名かは「二次会に行こう」と盛り上がっていたが、萌花と由梨はその場を後にする。

「まだ大丈夫?ちょっと買い物付き合ってよ」

意外にも由梨に引き止められた。

「あ、うん。大丈夫。何買うの?」

「ん?キャンドルだよ。もうすぐクリスマスだし。お気に入りのアロマキャンドルがあるの」




買い物客で賑わう青山通りをひたすら歩き、由梨に連れて行かれたのは『DIPTYQUE 青山』だ。

店内には、フローラルな甘い香りが漂っている。

「ねえ、覚えてる?クリスマスのキャンドルサービス」

キャンドルを選びながら、由梨が言った。

2人が通った東洋英和では、クリスマスに近づくにつれ、それにちなんだいくつもの行事があった。クリスマスの賛美礼拝や音楽会、そして、キャンドルサービスだ。

1人1人、キャンドルに火を灯し、讃美歌を歌った在りし日の思い出。

「あの手のイベントを6年やってたから、大学に入ってからクリスマスにデートに誘われた時には、なんか罰当たりな気がしたよね」

キャンドルを見ていたら、楽しかった女子校時代のさまざまな出来事が、脳裏に浮かんでは消えていった。

そして、会計を終え店を出た時。

唐突に由梨が言った。

「萌花、ありがとね。いきなりだけど、萌花にはすごく感謝してるんだ。最近、あまり連絡とってなかったけど、今日会えて嬉しい」

そう言うと、由梨は買ったばかりのキャンドルの入った袋を差し出した。

「え?何言ってるの?やめてよ」

萌香は、咄嗟に差し出された紙袋を押し返そうとした。

「ミモザのキャンドル受け取って。ほんの短い時間でも火をつけると、部屋中に香りが広がってリラックスできるから」

由梨と目が合った。

すると、中高で友人関係で悩んだとき、進路が決まらなかったとき、大学に入ってからもいろんな場面で萌花に助けられたのだと由梨は言った。

途端、萌花の口からも、今まで堰き止められていた思いが、次から次へと溢れ出てきたのだった。

「由梨、私もずっと、あなたに言いたかったことがある」

萌花は、6年前、由梨に後ろめたい気持ちを持ちながら信彦と付き合い始めたことを打ち明けた。

「付き合っている期間は重なってないけど、いいのかな?っていつも思ってた。だから、結婚したことも言えなくて…」

「ううん、仕事が楽しくて、信彦ともうまくいかなくなってた時だったから…」

そして、話を聞くのが上手で、いつも友達に頼りにされていた萌花が羨ましかった、と由梨は言った。

だから、仕事だけは同級生の誰にも負けたくないと、必死で頑張ったのだと。



半年後。

萌花は化粧品メーカーのPRアシスタントとして働き始めていた。

あの同窓会以来、萌花と由梨は時々会っては、お互いの悩みや愚痴を聞き合う仲に戻ることができた。

「萌花だけが義母にちくちくやられるなんておかしいじゃん」と由梨に言われたことがきっかけで、先日はとうとう夫に突きつけた。

「子どもが欲しいなら、一緒に検査を受けて」

残念ながら信彦は「検査なんて…」と了承しなかった。

だがその代わり、義母には今後一切子作りに口出しをしないよう釘を刺す、と約束してくれた。

そして萌花自身も、子どもを作ることばかりに捕らわれないよう、仕事をすることに決めたのだった。




19時。

仕事を終えて自宅に戻る。

食事の支度をする前に、まずダイニングテーブルの上のディプティックのキャンドルに火をつけるのが習慣になった。

キャンドルの温かな光を見ていると、昼間の忙しさがリセットされ、気分がゆったりする。

萌花は、ゆっくりと部屋にミモザの軽やかな香りが広がるのを感じながら、窓の外に目を落とした。

眼下に広がる中目黒の街は、年末に向かいどことなく華やかだ。

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