ヒルトンの広告動画が炎上した理由とは(出所:ヒルトンのプロモーションサイト/動画は非公開になっている)

外資系ホテルヒルトン(Hilton)」によるウェブCMが、波紋を広げている。同社ブランドの宿泊体験の良さを伝えるために、日本の旅館を引き合いに出したところ、SNS上では「けなすような広告表現はどうなのか」といった批判が出ているのだ。

筆者はネットメディア編集者として、ここ10年ほど、ウェブ広告の制作や審査にも携わってきた。その経験からすると、なぜヒルトンが比較広告の手法を取ろうとしたのか、疑問ばかりが浮かぶ。そこで今回は「ヒルトン広告動画がダメだった理由」について考えていこうと思う。

11月9日から国内で広告キャンペーンを開始

ヒルトンは、世界124の国と地域に、約7400軒・110万室以上を展開している、有名ホテルチェーンだ。

そんなヒルトンが2023年11月9日から、日本国内で広告キャンペーン「とまるところで、旅は変わる。」を開始している。アメリカで昨年始めた「Hilton. For The Stay」を日本でも展開するという形で、そこには以下のような思いが込められていた。

「お客様にとって旅を素晴らしいものにできるかはホテルでの体験が重要な要素であることに着目し、ヒルトンがお届けする『おもいやり』のこもったサービスやデジタルイノベーションなどを通じて、お客様のホテルステイが特別なものになることをお伝えします」(プレスリリースより)

キャンペーンでは同日から、ブランドムービーをYouTube、Instagram、LINEなどで展開している。

アンバサダーを務める渡辺直美さん出演の動画をはじめ、「コネクティングルーム」「デジタルキー」といった設備、会員プログラム「ヒルトン・オナーズ」、子ども連れで慌ただしく移動する「ドタバタ家族旅行」編などが展開されるなか、批判が続出したのは「予定でいっぱいの休暇」編だ。

この動画は、旅館のフロントで着物姿の女性が、客のカップルに説明する場面から始まる。

「次にご入浴は5時から11時までになります。ご夕食は6時にお部屋にお持ちいたしますので、必ず9時までに食べ終えてくださいませ。朝食は7時から10時まで、ラストオーダーは9時半。8時ごろは大変混み合います。チェックアウトは朝10時、こちらが部屋の鍵になります」


プロモーション動画に登場する、架空の旅館の女将らしき女性。妙に頬が赤いが、このメイクもなにかを意図したものなのだろうか(出所:ヒルトンのプロモーションサイト/動画は非公開になっている)

立て板に水のように説明する従業員に、ドン引きの表情を見せるカップル。まだまだ続く説明に、「せっかくの休みなのに、まったくゆっくりできないとき……」のナレーションが重ねられた途端、カップルは、ヒルトンが展開する高級ホテル「コンラッド(CONRAD)」へと瞬間移動する。夜景を楽しむ2人に、こちらの従業員は「ごゆっくりされるなら、ディナーの時間をずらしますよ」と提案するのだった──。

不快に感じるネットユーザーが続出、動画は非公開に

この動画をめぐって、X(旧ツイッター)などでは、批判の声が相次いだ。「旅館の良さが描かれていない」「日本文化を軽視している」「単純に下品」などと、その内容は多岐にわたるが、不快に感じたネットユーザーは多く、「炎上」となった。

当該動画は11月15日までに非公開となり、各社報道を総合すると、ヒルトンは「誰かをおとしめる意図、否定的な印象を与える意図はなかった」などとコメントし、再発防止に努める方針を示しているというが、いまなお「延焼」は続いている。なお11月17日午前時点で、まだヒルトン公式サイトでのコメントは出ていない。

SNS投稿の中では、「比較広告は、ヒルトンが拠点とする欧米では珍しくない」との指摘も見られる。実際、筆者自身も本件を聞いて、まずコカ・コーラに対するペプシのそれを思い出した。

しかし、この場合は「ナンバーワン企業に立ち向かう」のような大義名分があり、「相手も売られたケンカを買ってくれる可能性がある」といった環境下にあるため、今回のヒルトン広告では、若干状況が違うように感じられる。

ちなみに「比較広告」そのものは、日本でも認められているが、内容は厳しく定められている。消費者庁ガイドラインでは「比較広告で主張する内容が客観的に実証されていること」「実証されている数値や事実を正確かつ適正に引用すること」「比較の方法が公正であること」が求められ、そのハードルは海外よりも高い印象を受ける。

日本の国民性や昨今の時代背景に合わない

加えて、日本独自の「倫理観」もある。個より和(集団秩序)を重んじる国民性には、そもそも比較広告は馴染まないのではないか。昨今の「傷つけない笑い」が受け入れられる時代背景にも合わない。

そして、まさにその「和」の象徴である「旅館」のステレオタイプを強調し、あげつらった印象を与えてしまった。「国内資本vs外資」の対立軸に持ち込まれてしまえば、ヒルトン以外の外資系ホテルにも悪印象を及ぼし、業界全体に影響が出かねないのではないか。

今回のキャンペーンは「ホテルでの体験」を重視する目的で行われた。ではそもそも、宿泊客は高級ホテルに、どんな体験を求めるのか。問題の動画でも描かれているような、浮世を離れた「非日常」に、顧客は対価を支払うのではないか。そう考えると、本来は「弊社だからこそのオリジナリティ」を売りにするビジネスモデルであり、類似業者と比較する広告は合わない。

仮に、他者との差別化を描くとしても、違いは「ディナーの融通が利く」だけではない。宿泊客のニーズは、周辺観光地へのアクセスから、眼下に広がる絶景、ゴージャスな装飾品……。人によってさまざまだ。日本であれば、「温泉」もポイントになるだろう。

当然ながら、旅館にもメリットはある。食事が部屋ごとに配膳されたり、不在時に布団を敷いてもらったり。これらを「おもてなしが行き届いている」と感じる人もいるはずだ。長所にもなる特徴に触れずに、「時間に縛られる」の一点のみで突破しようとした印象を残したのは、今回の動画の残念な点だった。

では、どうした広告表現であれば、受け入れられたのだろう。1つ考えられるのは、企業側が判断基準を提示するのではなく、消費者にジャッジを委ねる形だ。両社のメリット・デメリットを、なるべくフラットに示し、客観的に判断してもらう。そこで軍配が上がれば、こっちのものだ。

消費者を巻き込んだ議論で、参考になるのが「きのこたけのこ論争」だ。明治のクッキーチョコレート「きのこの山」と「たけのこの里」、どちらが好きかをめぐるバトルである。こちらは、競合企業ではなく、同一企業のライバル商品の対決だが、ネットの世界では「長年の因縁」となっている。消費者の「こっちが好き」という自由な感想が、対立構図として可視化される。いまや企業側も目をつけて、プロモーションに活用している。

日本市場に向けての宣伝戦略であれば、ライバル企業と手を組んで、「宿泊業界全体を盛り上げていこう」とコラボレーションするのも一考だっただろう。コロナ禍で観光業界が大打撃を受けたのは、誰しも知っている。「企業の垣根を超えて」的な浪花節を打てば、それなりに好意的に受け止められたはずだ。

業種と、広告の種類の相性の悪さ

それでもなお、「挑戦状的な比較広告」にこだわるのであれば、旅館業界という大きな主語で相手にするのではなく、ペプシのように特定の企業を「ねらい撃ち」するほかない。とはいえ、たとえば「星野リゾート」にケンカを売ったところで、おそらく乗ってくることはないだろう。

そもそも、どちらも「悪名は無名に勝る」タイプの業種ではない。おそらくヒルトンに対しても、これまで一点の曇りもない「上品」なイメージをもっていた人々は多いはずだ。今回の動画で「旅館への不満をスカッとさせてくれた。ヒルトン最高!」と思う人も少しはいるかもしれないが、それ以上にネガティブイメージを与えた感は否めない。

使い古されすぎた表現だが、高級ホテルの顧客ニーズは「ナンバーワン」より「オンリーワン」と呼ぶのがしっくりくる。それをヒルトン自身も理解していたからこそ、「とまるところで、旅は変わる。」のキャッチフレーズを採用したのだろう。

考えれば考えるほど、コンラッドのようにラグジュアリー性の強いブランドと、比較広告の相性の悪さが気になる。プロモーション展開を考えるうえで、「たちどまる」ことはできなかったのだろうか。

(城戸 譲 : ネットメディア研究家・コラムニスト・炎上ウォッチャー)