SHEINを脅かす中国発ECのTemu(写真:ロイター/アフロ)

13歳年下の男性と再婚を発表したタレントの新山千春さん(42)がインスタグラムにアップした「5000円のウエディングドレス」が話題になっている。

中国発のアパレルEC「SHEIN(シーイン)」で購入したと聞けば、激安価格にも納得が行く。

2021年夏に日本に進出したSHEINに続き、今年7月には中国系「Temu(ティームー)」が日本に上陸した。ショート動画アプリ「TikTok」が始めたECも東南アジアでの成功をひっさげアメリカに進出するなど、物価高を背景に中国系ECが先進国の「経済に余裕がない消費者」を引き付けている。

一生に何度も着ることのないウェディングドレス。だからこそ試着を重ねて高級品をレンタルするのか、スマホでポチって手軽に済ませるのか判断が分かれるところだ。新山さんは後者を選んだが、本人が言わなければ、5000円のドレスだとは誰も思わなかったかもしれない。

SHEIN創業者とウェディングドレスの関係

中国で創業し、最近シンガポールに拠点を移したSHEINは、当初からアメリカの女性向けに低価格の衣料品やアクセサリーを販売してきた。

あまり知られていないが、創業者の許仰天(クリス・シュー)氏は中国で数百元(日本円で数千円〜1万円)で買えるウェディングドレスがアメリカでは数十倍の価格で売れることに気づき、2008年にウェディングドレスの越境ECビジネスを立ち上げた。

その後、商品カテゴリーがより広く、買い替え頻度も高い女性向けアパレルにシフトし、2012年ごろに今のビジネスモデルが固まったと言われる。新山さんが購入したドレスは、SHEINにとって最も古くから取り扱っている商品なのだ。


SHEINはウェディングドレスも扱っている(写真:同社Webサイトより)

デザインから商品化までのサイクルを最短1週間で行い、毎日1000点以上の新商品を激安価格で投入するSHEINが飛躍したきっかけはコロナ禍だ。ステイホームでネットショッピングをする人が増えると「おしゃれをしたいけど経済的に余裕がない」女性に急速に浸透した。

2021年に日本に進出するなど現在は150カ国以上で越境ECを展開する。複数の報道によると、2022年の売上高は約230億ドル(約3兆4600億円)と、H&Mグループの2235億5300万スウェーデン・クローナ(約3兆1900億円)を抜いてZARAを運営するInditex(2023年1月期:325億6900万ユーロ、約5兆3200億円)に接近した。

Temuは1年強で47カ国に拡大

SHEINのアメリカでの成功は快挙だった。ECの海外進出成功例は多くなく、楽天は2010年代に英語を公用語にして海外展開を進めたが事実上頓挫した。中国に進出したeBayとアマゾンは、まだベンチャーだったアリババに返り討ちにされた。

一方、アメリカではアリババのアリエクスプレス(AliExpress)がウォルマート、アマゾンの壁に跳ね返されている。中国発SHEINの大成功に触発され、2022年9月に「Temu」ブランドでアメリカに進出したのが、中国EC3位の拼多多(ピンドゥォドゥオ)だ。

拼多多は2015年に創業し、中国の地方に住む低所得者向けに激安商品を販売した。当初は「バッタものばかり売っている時代遅れのECプラットフォーム」と揶揄されたが、成長から取り残された消費者を取り込んでアリババと業界2位の京東集団(JD.com)を猛追。2018年にナスダックに上場し、8億人超のユーザーを擁するまでになった。

SHEINが女性向けのアパレルを主軸としているのに対し、Temuはアパレル、雑貨、家電と何でもありだ。そして拼多多のDNAを引き継いだTemuは、SHEINを上回る安さとスピード感で勢力図を拡大している。

アメリカに続いて今年初めにカナダ、イギリスでもサービスを始め、7月には日本に上陸した。9月には一気に10カ国に進出し、現在は47カ国で展開している。

最近の報道によると、Temuは2023年の目標としてGMV(流通総額)150億ドル(約2兆2500億円)を掲げていたが、7〜9月の数字を見ると達成は濃厚で、180億ドル前後(約2兆7000億円)で着地する可能性がある。

この数字はSHEINの2022年の推定GMV(約300億ドル)の50〜60%に相当する。SHEINの十数年分の数字をTemuは1年で積み上げたことになる。

Temuは日本に上陸して以来、アプリのダウンロード数でつねにトップ争いをしている。だが原宿にショールームを設置したSHEINのような派手な動きはなく、辟易とする頻度で送られてくるアプリの通知は相変わらずやや不自然な日本語だ。

関係者によるとTemuにとって日本は重要な市場ではなく、テストマーケティングの状態が続いているという。同社にとって最も重要なのは売上高の60%を占めると言われるアメリカ市場であり、今後の成長が見込まれる南米や東南アジアも日本市場より優先しているようだ。

アメリカではTemuとSHEINの戦いがヒートアップしている。ブルームバーグはTemuのアメリカでの売り上げが今年5月にSHEINを約20%上回り、9月には2倍を超えたと報じた。

中国の報道によるとTemuはFacebookとGoogleを中心に、7月以降毎日1000万ドル(約15億円)規模の広告を投下し、SHEINも広告費として1日800万ドル(約12億円)を支出しているという。

広州市(広東省)の本部オフィスが800メートルしか離れていない両社は、顧客だけでなくサプライヤーも奪い合っている。

Temuがアメリカで事業を始めた際は、同国消費者向けの商品をそろえるため、SHEIN、アマゾン、Shopifyなど著名ECプラットフォームで販売実績があるサプライヤーを優遇し、特に広東省に集積するSHEINのサプライヤーを好条件で引き抜いたとされる。

戦いは司法の場にも及ぶ

両社の戦いは司法の場にも及び、SHEINは昨年12月、「Temuが起用したインフルエンサーがSHEINの評判を落としたりSHEINになりすます投稿を行い、消費者を誘導している」と主張し、損害賠償を求める訴えを起こした。

対してTemuは今年7月、SHEINが衣料品や雑貨のメーカーにTemuと取引をしないよう強要したなどとして、アメリカの反トラスト法(独占禁止法)違反の疑いで提訴していた。

両社は10月26日にそれぞれ訴えを取り下げたが、「取った取られた」を巡る争いは水面下で続くだろう。

SHEIN、Temuは知名度が上がるにつれ、環境や人権に配慮する「エシカル消費」「SDGs」に逆行していると批判を受け、サプライチェーンが強制労働に関わっているとの疑惑も取りざたされている。SHEINは大手ブランドから著作権侵害で訴えられてもいる。

だが驚異的なスピードでGMVが伸びていることからもわかるように、これらの批判は短期的には業績の打撃にはなっていない。物価高が続く中、「安さこそ正義」と考える消費者がそれだけいるということだ。

両社にとって経営に深刻な打撃を与えうる真の脅威は、「競合」「物流」そして「政治」の3要素だ。

TemuとSHEINはアメリカでアマゾンのシェアを確実に切り崩している。日本経済新聞の11月12日付の記事によると、10月のTemu、SHEINの利用者はのべ約1億1000万人と1年で4倍に増え、アマゾンの9割に迫るという。

TikTokも参戦し争いは激化

しかしSHEINの後を追うTemuに続き、アメリカで1億5000万人が利用するショート動画TikTokのEC事業「TikTok Shop」も今年9月同国に上陸し、アリエクスプレスも含めた中国勢の戦いも激化している。ブラックフライデーからクリスマスにかけた年末商戦は、アマゾンなどアメリカ勢も入り乱れたマーケティング戦争となり、コスト増大につながっている。

2つ目の脅威は物流面の負担だ。Temuは商品が激安なうえに市場拡大を最優先しているので、当然ながら日々赤字を垂れ流している。米中メディアの分析によると、注文1件あたりのコストは平均32ドル(約5000円)で、マーケティング費用と物流費用が大部分を占め、後者の費用は8〜9ドル(約1200〜1300円)と試算されている。

Temuは中国で広東省を中心に30超の倉庫を運営し、海外の消費者が商品を注文すると、通常は中国の倉庫を中継し海外に発送される。国内と海外でそれぞれ別の物流業者に委託しており、コスト高は避けられない。Temuの急成長とサプライヤーの増加に倉庫が追いつかず、今年3月には倉庫がパンクして一時出荷できない状況に陥った。

SHEINは広州市にサプライチェーンを集約し、同市から商品を発送しているが、2021年から2022年にかけて海外進出を一気に進めた結果、ヨーロッパやアメリカでは注文から配送までに2週間ほどかかり、顧客体験が下がるという課題が生じた。

同社は配送日程の短縮に向けアメリカやヨーロッパで物流センターを設置するとともに、今年5月にグローバルでマーケットプレイスを開設すると発表した。それまでは自社ブランドのみを取り扱ってきたが、アマゾンや楽天市場のように、現地の事業者に出店してもらうことで、品ぞろえを充実させ、配送期間の短縮も狙う。

TemuもSHEINと同様に海外倉庫の構築に着手し、マーケットプレイスの開設準備を進めている。11月15日には各国の船会社との提携が報じられた。

中国越境EC企業のビジネスを根本からひっくり返しかねない「政治リスク」も忘れてはならない。

アメリカ連邦議会の超党派委員会が6月、新疆ウイグル自治区での強制労働や知的財産権の侵害などが疑われるとして、TemuとSHEINを名指しで批判する報告書をまとめるなど、アメリカでは両社の規制論が浮上している。

警戒の対象ともなりかねない

両社をビジネス面で脅かすTikTok Shopも10月にインドネシア政府の「国産品保護」の方針を受け、同国でEC事業停止を余儀なくされた。

日本には「出る杭は打たれる」を文字って、「出過ぎた杭は打たれない」なんて言葉もあるが、国際ビジネスで「出過ぎた中国企業」は警戒の対象になる。アマゾンを脅かすSHEINもTemuも、同業の中国勢と政治という脅威にさらされているのだ。

(浦上 早苗 : 経済ジャーナリスト)