かねて後継者問題に悩んでいたという宮崎駿氏ら。日テレは千載一遇の機会をどう生かすのか(左画像:日テレ公式ホームページのキャプチャ、右写真:風間仁一郎撮影、2013年の引退会見時)

日本アニメの歴史が動いた。

日本テレビホールディングス(以下、日テレ)は9月21日、傘下の日本テレビ放送網がスタジオジブリを子会社化すると発表した。個人株主から議決権ベースで42.3%の株式を取得し、今後はジブリの経営をサポートしていく。取得価額は開示可能となった時点で公表するという。

日本を代表するアニメスタジオの買収を市場は好感した。リリース翌日、日テレの株価は前日終値から20%以上も上昇し、一時ストップ高となった。

日テレとジブリの蜜月関係

ジブリは監督の宮崎駿氏(82)や、プロデューサーで社長の鈴木敏夫氏(75)が年齢を重ねる中で、今後の経営を受け継ぐ後継者について「長らく悩んできた」(同社リリース)という。候補を検討する過程で、古くからつながりの強い日テレに白羽の矢が立った。


2013年の宮崎駿氏の引退会見から10年、スタジオジブリは大きな転換点を迎えた(撮影:風間仁一郎)

ジブリと日テレの関係の始まりは、ジブリ映画1作目「風の谷のナウシカ」のテレビ放映にさかのぼる。

ジブリの西岡純一執行役員によると、映画公開翌年の1985年に日テレで放映された同作は当初、日テレに限らず各テレビ局からオファーがあったという。アニメは子供が見るものというイメージが強かった当時、「各局が夜7時の子供向けの枠での放映を希望したが、日テレだけが夜9時の枠で映画として扱ってくれた」(西岡執行役員)ことが、日テレを選ぶ決定打となったようだ。

日テレは現状、ほとんどのジブリ作品のテレビ放映権を持っており、1989年に公開された「魔女の宅急便」以降は、一部を除いてほぼすべての作品に出資してきた。ジブリ作品は制作費が膨大で、出資側のリスクも高い。そうした中でも初期の作品から出資を続けてきたことや、日頃からの幹部同士での密なやりとりが、両社の蜜月関係を構築していった。

業界関係者の間では、今回の日テレによる株式取得価額は数百億円程度とみられている。2023年6月に発売された鈴木敏夫氏責任編集の新書『スタジオジブリ物語』によると、過去には3000億円での株式買い取りを提案してきた海外企業もあったというが、「お金を儲けたい会社ではなく、ずっと映画を作っていたい会社」(西岡執行役員)であるジブリにとっては、日テレが最良のパートナーだったようだ。

日テレにとって「千載一遇の機会」

日テレからすると、地道な関係構築が実を結んだ形となった今回の提携。あるアニメ業界関係者は「千載一遇の機会」だと評価する。

視聴率の低下に伴い、多くの民放テレビ局が広告費の縮小に頭を悩ませている状況下、業界では「放送外収入の拡大」が共通課題となっている(詳細はこちら)。中でもアニメ領域は、広告収入に依存しない一方でテレビとの相性もよく、「NARUTO」などで稼ぐテレビ東京の成功例もあることから、民放各局がおしなべて強化に動いている。

こうした背景から、実は日テレは過去にもアニメスタジオを2社買収している。2011年に劇場アニメ「サマーウォーズ」などの制作を手がけたマッドハウスを、2014年には「ヤッターマン」などの制作で知られるタツノコプロを買収した。

だが、これらのM&Aが想定通りの成果を上げたとは言いがたい。業界関係者によれば、当時マッドハウスは赤字経営が続いていたものの、日テレは買収によって「サマーウォーズ」などで同社作品にコミットしていた細田守監督を囲い込めると考えていた。しかし細田監督はその2カ月後、新たな制作会社を設立して離れてしまったという。

本件に限らず、テレビ局によるアニメ制作会社の買収は、当初の思惑通りにいかないケースが散見される。そもそもアニメ制作会社は作品の版権を保有しないのが一般的で、会社という「箱」を買っても、収益源となる作品の権利はついてこない。さらに要のクリエイターも流動性が激しく、買収後に有力な人材が流出してしまうケースが少なくない。

一方でジブリについて、前出のアニメ業界関係者は「箱の中に種(版権や会社のブランド)が埋まっていて、他の制作会社とは異質だ」と指摘する。

ジブリは一般的なスタジオと異なり、制作したすべての作品で主幹事を担っており、版権も他の出資企業と共同保有している。こうした事情もあり、ジブリは各作品に莫大な制作費を費やしながらも、堅調な業績を維持している。

今後のジブリを担う「重圧」

つまり、日テレは今回の買収によって、ジブリ作品の版権も獲得することとなる。業界内では日テレ子会社が運営する動画配信サービスのHuluでのジブリ作品配信なども注目されるが、日テレのIR担当者は「そうした予定はない」と否定している。

日テレ側はあくまで「制作体制については口出しせずに、バックヤードで経営支援をしていく」(同社IR担当者)とし、ジブリの制作から版権運用までのスタイルが大きく変化することは当面なさそうだ。

他方で日テレには、ジブリの今後を担うという意味で重圧ものしかかる。

9月21日に行われた記者会見でジブリ鈴木敏夫氏は、「宮崎駿と僕は、(中略)人材の育成、その他に関してはさぼってきた」と言及し、次世代を育成していくうえではテレビシリーズ制作が必要との認識を示した。

ジブリではこれまでテレビシリーズ作品は制作してこなかったが、テレビをなりわいにする日テレと明確なシナジーを生み出せる領域だろう。

過去にジブリ作品の制作に携わったとある関係者によると、鈴木氏は2000年代前半時点から収益の安定化などの目的でテレビシリーズの制作を志していたという。しかし、制作期間の延長などで映画作品に切り替えられた結果、テレビシリーズが制作されることはなかったようだ。

ジブリの得意手法はなじみづらい?

テレビシリーズを制作するうえでは、ジブリ固有の課題も横たわる。

業界関係者によれば、近年のテレビアニメシリーズでは各話の演出担当が実質的な監督として制作をとりまとめるのが一般的とされ、監督は実質的にそれらを補助する“総監督”の役割に近い。そのためジブリが得意とする、1人の天才的な監督が作品全体の制作をとりまとめるような制作手法とはなじみづらいという。

実際、ジブリが設立される以前に高畑勲監督らが手がけた「アルプスの少女ハイジ」などのテレビシリーズは、高畑氏らが1話ずつすべてチェックするなど、現在ではほとんど真似ができない制作手法だったようだ。

2018年に高畑監督が亡くなり、宮崎監督も歳を重ねる中でジブリの経営を託された日テレは、当然「ポスト宮崎」の制作体制をも担うこととなる。世界的IPの行く末を任された重圧は、テレビ広告費の縮小という経営課題に並んで大きくのしかかるかもしれない。

(郄岡 健太 : 東洋経済 記者)