最近は、離婚も再婚も、珍しいことではなくなった。

それでも、シングルマザーの恋愛や結婚には、まだまだハードルはある。

子育ても、キャリアも、これ以上ないくらい頑張っている。

だけど、恋愛や再婚活は、忙しさや罪悪感からついつい後回しに…。

でも、家族で幸せになりたい、と勇気を持って再婚活に踏み出せば「子どもがかわいそう」「母親なのに…」と何も知らない第三者から責められる。

これは、第2の人生を娘と共に歩む決意をした、東京で生きるシングルマザー沙耶香の物語だ。

◆これまでのあらすじ

再婚活をすることにした沙耶香(34)。仕事を通して知り合ったシングルファーザーと良い感じになるが、元妻が帰ってきたと振られる。家に帰ると沙耶香の元夫の姿が…。

▶前回:初デートの後、毎日LINEしていたのに…。ある日突然男からの連絡が途絶えたワケ




元さや!?


「沙耶香、久しぶりだな」

隆二にフラれ、沙耶香が失意のなか帰宅すると、元夫の拓人がマンションのロビーに座っていた。

彼と会うのは離婚して以来、2年半ぶり。

「どうしたの、突然!?」

これまで連絡をしても音沙汰もなく、娘の美桜と会う段取りを整えても、直前で拓人の方から断ってきた。

もう自分たちとは縁を切りたいのだろうと思っていた。

それなのに、急に元夫が現れたので、沙耶香は不信感に襲われる。

沙耶香の気持ちを察した、拓人が笑う。

「沙耶香が言いたいことは手に取るようにわかるよ。離婚してろくに連絡も返さなかったくせに、今さら何ってとこだろ?

悪かったと思ってる。ただ、美桜に会いたかったんだ」

「そう、でも美桜は今、じーじ、ばーばと遊びに行ってるから」

大宮に住む沙耶香の両親は、月に1回ほど、美桜を連れて遊び出かけてくれる。そろそろ帰ってくる頃だと思いLINEを確認すると、メッセージが来ていた。

『美桜ちゃんが泊まりたいって言ってるから、今日は大宮の家に連れて行くね。明日送り届けるから』

沙耶香は、その文面を拓人に見せる。

「ほら、ばーばの家に泊まるって」
「そっか、残念だったな。まあ、これからはもっとちょくちょく会えるから」

拓人の言葉が引っかかり「どういうこと?」と聞くと、拓人は少し嬉しそうな表情を浮かべる。


「せっかくだし、ご飯でも食べに行こうよ。久しぶりだし、色々と話も聞きたいし」

「私は話すことなんてないけど」と沙耶香は突っぱねるも、拓人は勝手に店に連絡を入れて、2名分の席を予約した。

「な、良いだろ?俺、朝から何も食べてないんだ」

人懐っこい愛嬌のある笑顔に、沙耶香は思わずほだされる。

それに、隆二にフラれたばかりの沙耶香は、美桜がいない部屋で一人寂しく過ごしたくなかった。

「まぁ、いいけど」

沙耶香の返事を聞いた拓人は、すぐにタクシーを呼ぶ。

2人で『Restaurant OKADA』へ向かった。




「久しぶりだな、元気にしてた?」
「まあ、それなりに」

結婚していた時、外資系コンサルティング会社で働いていた拓人は忙しく、レストランどころか家ですら、ゆっくりと食事を楽しむことなどほとんどなかった。

会社を辞めて起業してからも、ずっと変わらなかった。

やれ会食だ、残業だ、出張だと言って、全然家に帰ってこなかったのだ。

それなのに、別れてからこうして素敵なレストランで向かいあっていることが、沙耶香は不思議であり、腹立たしくもある。

終始そっけない沙耶香だったが、そんなことお構いなしに、拓人は1人嬉しそうに話す。

「沙耶香、なんか綺麗になったな」
「そう?あなたと別れたおかげかもね」

嫌味の一つも言ってやりたくなる。すると拓人が、急に真剣な顔をして言った。

「本当に、悪かった。別れる少し前から、起業した会社の業績が悪化して、ずっと立て直すのに必死だったんだ。

ここ数年、本当に命を削ってなんとか踏ん張ってたんだよ。美桜との面会も急な仕事が入って、何度もドタキャンする形になって、申し訳なかったと思ってる…」

「だったら、初めから約束なんてしないでほしかった。美桜だって、会えるの楽しみにしてたのに…!」

思わず声が大きくなり、沙耶香は慌ててトーンを落とす。

以前よりも痩せて骨張った顔をした拓人は、自嘲気味に薄く笑った。

「そうだよな…。離婚して、1人になって意地になってたんだと思う。

俺にはこの会社しかないって。プライドもあったし、家族を失う原因にもなった仕事を、なんとか成功させたかったんだ」

― ふーん。拓人にも、彼なりの事情や思いがあったのね。

だが、彼の事情がわかったからと言って、許せる訳ではなかった。

「それでも、美桜のことは大事にしてほしかった。美桜の写真を送っても返事すらないし」

拓人は悲しい顔をして押し黙る。そして一呼吸を置いて、言った。




「美桜の写真は、嬉しかったし、待ち受けにもしてた。

でも、見れば見るほど後悔するから、苦しかったんだ。なんで家族を大事にしなかったんだろうって。仕事よりももっと、大事なものがあったんじゃないかって」

「……」

拓人の言葉を聞いて、沙耶香は、心の奥で冷たく固まった元夫への憎しみが、少しずつ溶けていくのを感じた。

「私たちさ、もっと離婚の前に本音を話せたら良かったのかもね」

「そうだな、今さらだよな。でも、離婚をしたからこそ、大切なことに気がつけたんだ」

きっかけは、些細なことだった。

美桜の保育園の発表会にこないだとか、遊園地に行く約束を破っただとか、そんなこと。

けれど、小さなすれ違いが積み重なって、気がつけば修復できない大きな溝になっていたのだ。

本音を話そうにも、お互いこれ以上傷つきたくないとばかりに、心に鎧を纏い相手を攻撃して、まともな話もできなかった。

― もっと素直になれていたら、今もまだ夫婦でいられたのかな…。


「最近はやっと事業も落ち着いたんだ。今度こそ、美桜との約束を守れるよ」

「どうかな、美桜はあなたのこと覚えているかしら」

「え、それはショックだな…」

しょんぼりとする拓人に、沙耶香が笑う。

「嘘よ、あなたのことはちゃんと覚えているわ。美桜も会いたがってる」

「本当?良かった、じゃあ早速明日、みんなで一緒にどこか行こうか?」

「そうね」

長年のわだかまりが溶けたように、穏やかな空気が2人を包み込む。

久しぶりにゆっくりとこれまでのことを話しながら、食事を楽しんだ。

店を出た後、拓人は、沙耶香を自宅前までタクシーで送り届けた。

そして、沙耶香と一緒に、なぜか拓人もタクシーを降りた。

「少しだけ、歩かないか?」
「良いけど…」

拓人は自然と、沙耶香の手を繋ぐ。

「ちょっと…」という沙耶香に「良いじゃん、元夫婦なんだから」と拓人は気に留めない。

沙耶香も酔いを理由に、無理に手を離そうとしなかった。

しばらく歩きながら、思い出話をして笑い合う2人。するとふと、拓人が立ち止まり、繋いでいた手を見ながらこぼす。

「やっぱり、この手を離すんじゃなかった…」

お互いにしばらく目を見つめ合い、おもむろに拓人が顔を近づけてきた。




そのタイミングで、拓人のスマホが鳴る。

拓人は残念そうな顔をしながら、その名前を見て「悪い」と電話に出た。

「もしもし、お世話になっております。はい、その件ですね…」

ひんやりとする夜風に当たり、沙耶香は小さく息を漏らす。

― 今、キスするつもりだったよね…?隆二さんみたいに、私たちも元さやに戻るのかな。

美桜のことを思うと、それが一番良いのかもしれないと沙耶香はふと思う。

それに、拓人は、反省しているようにも見える。

人の懐にスッと入るのが上手で、いつも楽しそうに仕事の夢を語る拓人が好きだった。

美桜ともたまにしか会えなかったが、その時はとても良い父親だったし、美桜も彼のことが今でも好きだ。

私たち、今だったらうまくいくのかな、なんて沙耶香は考えを巡らせる。

だが、拓人の電話は一向に終わらない。

「その件でしたら、今から確認しますので、はい、またかけ直します」

そう言って切ったかと思うと、すぐに他の人に電話をかけ出した。もう、沙耶香のことなど見えていない。

そこで、思い出したのだ。

― そうだ…。拓人は、こういう人だった…。

拓人は、その場その場では本気で“家族を大事にしたい”だとか“家族といるときが一番幸せだ”とかと口にする。

けれど、一旦仕事モードになると、そんな感情が一気に吹っ飛ぶのだ。

目の前の仕事しか見えなくなり、結局家族は2の次、3の次。

その繰り返しで、毎回信じて、その度に沙耶香は傷ついてきた。

「拓人、帰るね」

「あ、待って、明日は…」

「美桜とは会ってあげて。でも私は、一緒には行けない」




空を見上げると、月だけがぼんやりと浮かんでいた。沙耶香にはなんだかそれが、泣き顔のように見えた。

▶前回:初デートの後、毎日LINEしていたのに…。ある日突然男からの連絡が途絶えたワケ

▶1話目はこちら:ママが再婚するなら早いうち!子どもが大きくなってからでは遅いワケ

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