“ハイスペック”、“高収入”、“エリート”の代名詞、外資コンサル。

そこで働く外コン女子は、様々な企業や経営者と渡り合う職業柄、必然的に美貌と知性と自立を兼ね備えた一流の女になる。

男と肩を並べて働く外コン女子・藤崎モモ(29)も、そんな一流の女のうちの1人。

恋愛市場でも引く手数多のモモだが、特定の恋人を作る気はなくて──?

外コン女子を取り巻く華やかな交友関係の中、モモと男たちの攻防戦が今、始まる!




朝8時、丸の内。

いかにもビジネス街らしい精悍な顔つきで出勤する人々の波間を縫って、私はオフィスへと向かう。

皇居に面するビルの高層階に、私の働くコンサルティング会社がある。丸の内仲通りからエントランスロビーに入り、エレベーターに乗り込む。

上昇するエレベーターの中で、私は喧騒から離れていくことに安堵した。

人のまばらな朝のオフィス。私はここで作業をするのが好きだ。コーヒーをとりにラウンジへ向かうと、知っている顔を見かけた。

コンサルティング業界で「パートナー」や「ディレクター」と呼ばれる、上位役職の真島さんだ。

「真島さん。この時間にオフィスにいるの、めずらしいですね」

「モモちゃん、おはよう。昨日飲みすぎちゃって…何もできなかったから、朝7時に出社して作業してた」

「真島さんらしい」

「でしょ。そういえば、俺の大学の後輩がウチに転職を考えてるらしくて。…といっても、8歳年下なんだ。モモちゃん同世代だから、一度話を聞いてやってくれないかな」

コンサルティング業界は人の入れ替わりが激しく、7年目の私は29歳にして中堅どころかベテランである。

数年この会社にいると、競合会社への転職はもちろん、出戻りもよく聞く話だ。

友人知人が競合会社で働いていることもしばしばあり、キャリアについて情報交換し合う機会はめずらしくない。

「真島さんの後輩か…。会ってみるのもおもしろいかも。その代わり、美味しいところ連れて行ってくださいね」

「いいね、和食でも行こう。セッティングするよ」



そして、約束の金曜がやってきた。

時刻は18時半。

銀座の料亭に着き携帯を確認すると、真島さんからチャットが来ている。

『ごめん。会議が延びて、まだ出れそうにない。二人で始めてて』

― そうなると思ってた。

このような事態には慣れている。仕事第一なウチの会社の重役が、時間通りに来られる方が稀だ。

店に入り予約している旨を告げると、個室へと案内される。すでに「後輩の彼」は来ているようだ。

「こんばんは」


同業他社の外資コンサル・エリート男:健太郎(31)


「こんばんは。真島さんの…」

「部下の藤崎です。はじめまして」

「真島さんの大学の後輩の、早川健太郎です。モモさんですよね。真島さんからよくお話伺っています」

柔らかなアイコンタクトから、自然と会話が始まる。

― あれ。なんか距離感の心地いい人だな…。

外資コンサルには「人たらし」と呼ばれる人種が非常に多い。

営業には高いコミュニケーション能力が必要だし、大企業の経営者たちと毎日渡り合うには、頭の良さはもちろん、その人の懐に入り可愛がってもらう能力が必須だからだ。

健太郎もその一人だと感じた。

地頭が良く、話のテンポがいい。初対面だったが、同業であること、真島さんとタイプが似ていること、そして人当たりのよい彼自身の性質も相まって、先付けが出てくる頃には私たちはすっかり打ち解けていた。




健太郎は、真島さんと同じ京都大学を卒業した後NYへ渡り、コロンビア大学でMBAを取得したという。今の勤務先は、世界トップクラスのコンサルティングファームだ。

「すごい経歴ですね」

「ありがとう、努力してるからね」

「なぜウチに興味を…?」

「うん。今の会社での仕事はもう数年経験したし、なんというかこの立ち位置に飽きちゃって。御社で何か、おもしろいことできないかなって」

飽きるという気持ちも、なんとなくわかる。

ハイスペックを極めたところで、手に入れたものは色褪せていく。

隣の芝生はいつまでも青いのだ。

自分たちの生い立ちから海外生活の話、今の仕事に至るまで、二人であれこれと話しているうちに2時間があっという間に経ってしまった。

水菓子として出されたメロンをほろ酔いで食べ終え、化粧直しに席を立つと、真島さんから電話がかかってくる。

「二人とも、ごめん!結局まだオフィスなんだ。今日の埋め合わせはまたするから。モモちゃん、領収書もらっておいて」

このようなことは、日常茶飯事である。コンサルティングの仕事はクライアント第一。内輪の予定は後回しだ。

私はサッと会計を済ませて、席へと戻った。

「健太郎さん。真島さん、やっぱり間に合わないみたいです。今日の埋め合わせはまた後日に、って」

「だね。さっき、俺にもLINE来てた。モモちゃんは、まだ時間ある?よかったらもう少し話そうよ」

― 久しぶりの同世代との会話だし、もう少し飲もうかな。



料亭を出た私たちは日比谷方面へ歩き、日比谷オクロジの『FOLKLORE』にやってきた。

茶室の躙り口のような入り口を二人で頭を下げてくぐると、心地よい木の香りに包まれる。

カウンターに座ると、すぐ隣から健太郎の大きな肩の温もりが伝わってくるような気がした。




「健太郎さんって、鍛えてるの?」

「うん、会社の福利厚生でジムに契約があって、プールもサウナもあるからほぼ毎日行ってる」

「さすが。学歴も収入も外見まで、何もかも兼ね備えてますねぇ」

「でしょ。ビジュアルも大事だからね。謙遜はしないよ」

言葉だけ見れば、なんて高慢な男なのだろうと感じてしまいそうだ。

けれど、決してそうは思わせない不思議な魅力が、健太郎にはあった。きっと、実際に全てを兼ね備えている男だから、嫌味を感じないのだろう。

けれど、一呼吸置いた後。健太郎は形の良い眉を少し歪めて言った。

「でもさ、そんな俺にもひとつ悩みがあるんだよね」

「悩みなんてなさそうですけど」

「今の自由な生活には、満足してるんだけどさ。モモちゃんは頭がいいから、わかってくれると思う。…単刀直入に話すけどいい?」


「実は、子どもが欲しいんだよね」

「…!」

健太郎が赤裸々に打ち明けた言葉は、確かに意外なものだった。

私はその驚きを隠さず、率直に感想を伝える。

「ちょっと意外ですね。結婚したくないタイプの人かと思った」

「それも合ってる」

「どういうこと?」

「俺の遺伝子って、率直に言って優秀でしょ。頭が良くて、才能もあって、体格もよくビジュアルも悪くない。この優秀な遺伝子を世に残したいと思って」

「うん」

「でも、自由でいたい。結婚という制度に縛られたくない」

「なるほど」

「それで、子どもを作るパートナーが欲しい。理想は、結婚しないことに納得してくれて、ビジュアルが良くて、頭がいいこと」

あまりにも上から目線で身勝手な願望。でも、健太郎の口から聞かされると素直に納得してしまう。私は、ごく客観的な視点から相槌を打った。

「結婚しないで子どもだけっていうのは、日本の女性にはハードルが高いでしょうね」

「そうなんだよ。こんなこと言うとみんな引いちゃうし…」

冷静に話を聞いていた私だったけれど、次に健太郎の口から飛び出た言葉には、さすがに一瞬たじろいでしまった。

「あのさ…モモちゃん。どう?俺のパートナーにならない?ビジュアルもいいし、学歴も申し分ない。俺からしたら理想通り」

「えっ!?私がですか?健太郎さんと…?ご、ごめんなさい。そんなこと、急に言われても…」

「今日突然で、無理なのはわかってる。これから、考えてみてよ。少しずつ仲良くなっていって、結論が出たら教えて。大事な人生だから」

「正直…私も、結婚制度には疑問がありますけど…」

「でしょ。そうだと思った。俺は、子どもとパートナーを一生をかけて大切にすることは約束する。子どもの面倒も見るし、金銭的な面は全て俺が賄う。真剣に考えてほしい」

この夜、互いにほろ酔いだったことは事実だ。

しかし、健太郎の濡れた瞳からは、彼の信念が感じられた。




翌朝。私はひとりキッチンに立って、コーヒーを淹れながら昨夜のことを思い出していた。

― 健太郎さんに、「考えてみて」って言われたけど…。

自信過剰な言い振りではあった。しかし正直に言えば、そんな健太郎の考え方に好感を持っている自分がいる。

私が彼の提案にまんざらでもない理由は、きっと、過去のトラウマにあるのだろう。



エンゲージリングを左手の薬指にはめたのは、2年前のちょうど今ぐらいの季節のことだった。

相手は、5歳年上の彼。社会人になってすぐに付き合い出し、3年の同棲を経て婚約をした。

両手いっぱいの花束と共にプロポーズを受け、ダイヤモンドの指輪を身につけながら過ごした半年間は、どれだけ幸せだっただろう。

だけど、あらためて両家顔合わせの準備をしていた矢先に…彼の浮気が発覚した。どこにでもある、ありふれた話だ。

いっときの遊びだったことは、わかる。

彼が私や私の家族を大切に想ってくれていたことも、わかっている。

ただ、裏切られたこと。嘘をつかれていたこと。

そして、私が向き合っていたつもりだったのは偽りの彼だったということに、耐えられなかった。

たとえ彼が改心したとしても、心から信頼することはもうできないだろう。

愛する夫を疑いながら生きていく覚悟も、できそうにない。

彼と過ごした3年間。

輝くダイヤモンドの指輪。

幸せな婚約期間の記憶。

それらの全てを葬って──私は婚約破棄をした。



― 傷つくのはこりごり。だから、私は最初から男性のことは信頼しない。

過去の辛い経験は、“恋愛”や“結婚”といった甘やかな世界への興味を失うのに十分な理由になった。

そもそも、結婚という男女を縛り付ける制度自体が不要だと思う。

恋愛感情の上に成り立つ幸せなんて、笑ってしまうほど簡単に壊れるのだ。




それ以来、特定の彼を作らずに、東京の街を放浪している。

誰か一人をずっと愛するなんて、不可能だ。相手のことを信じられないのはもちろん、自分自身にも約束できない。

健太郎の考え方には、偽りがない。ある意味、健全とも言えるのかもしれない。

― 私が求める幸せって何なんだろう。

私自身も、納得できる答えを出したい。

30代目前。女にとっては、人生最後のモラトリアムの時期だ。

冷静な視点に立ちながら、色々な人と向き合ってみるべきなのだろう。

ここは東京。様々な人脈を擁する“外コン勤務”というステータスを武器にすれば、きっと、たくさんの魅力的な人たちに出会えるはずだから。

だけど…。

「私が求める幸せ」がなんなのか。それがはっきりするまでは、簡単に心を許したり、異性に振り回されたりするつもりはなかった。

どれだけ魅力的な相手に出会っても、どれだけ納得できる生き方を聞かされても、過度に期待しない。

それは…自分を傷つけるだけだから。

朝陽の差し込むキッチンで、苦いコーヒーを飲みながら、私は密かに心に誓った。

「よし。健太郎さんからの提案も検討しながら、並行して出会いを探していこう。

だけど、本当に納得できる幸せが見つかるまでは──

私、絶対に落とされない」

▶他にも:「見てこれ」と彼が差し出したスマホ。画面に映る“奇妙なもの”を見て、女は絶句し…

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次に登場するのは、あの人気エリアの豪邸に住む御曹司。どのようにして二人は出会ったのか?