ツイッターの敵失で急浮上した、メタの新SNS「Threads(スレッズ)」。これからサービスがどう変わっていくのか注目される(写真:ロイター)

メタの新しい短文投稿SNS「Treads(スレッズ)」がサービス開始後5日で登録者数が1億人を超えました。これはChatGPTの「2カ月で1億人」を上回る過去最速スピードです。これを受けてメタCEOのマーク・ザッカーバーグ氏は「5日しかたっていないのに信じられない」と投稿しています。

スレッズのような後追いのサービスが、ツイッターのような巨大SNSを後追いで駆逐することはめったに起きることではありません。SNSでは、つながっているユーザーの人数が巨大な参入障壁になるからです。

今回はツイッターによる敵失とでも言うべき失敗が続いたことで、例外的にスレッズにツイッターと入れ替わるチャンスが到来しました。しかし本当に入れ替わるかどうかは誰にもわかりません。いろいろな偶然の積み重なりでどちらにも転がる可能性がある状況です。

とはいえツイッターユーザーも、ツイッターからの顧客流入に頼る広告主も、どちらも今の不安定な状況は気持ち悪いと感じていることでしょう。ここまでに起きていることをまとめたうえで、これからどのような要因でツイッターとスレッズを巡る状況が変わっていくのか、まとめてみたいと思います。

企業価値はメタ110兆円、ツイッター6.4兆円

まずはツイッターの失態について振り返ってみましょう。事の発端は昨年10月、テスラ創業者で世界一の金持ちとして知られるイーロン・マスク氏がツイッターを約6.4兆円で買収したことから始まります。

読者のみなさんにまず念頭に置いていただきたいのは、この6.4兆円という企業価値の低さです。それまでの経営がマズすぎて企業価値が上がっていないという意味です。

たとえばアメリカのIT企業の時価総額を見ると、直近の数字でアップルが410兆円、グーグルが220兆円、テスラが120兆円、そしてメタが110兆円と企業価値は桁違いです。ツイッターの影響力と比較して、マスク氏でなくても「もっと稼げるはずだろう」と感じさせる数字です。

マスク氏はそもそもツイッターの熱狂的なユーザーだったこともあり、自分で経営したいという気持ちが強かったのでしょう。買収後、次々と新施策を打ち出すのですが、これが裏目に出ます。

たとえば昨年11月に認証バッジを有償化する方針を打ち出し、4月には無料の認証バッジが一斉削除される状態になりました。その1カ月前の3月には、無料だったAPIにも有料プランが導入されました。新プランでは無料で利用できる機能がごく一部に限られたことから、それまで無料でツイッターのAPIを活用していたアプリは提供終了を余儀なくされました。

今年に入ってメディアからは「ツイッター経由の読者流入が目に見えて減少してきた」と不満の声が上がり始めていました。それに輪をかけて混乱を引き起こしたのが7月1日に発生した投稿閲覧制限です。有料の認証ユーザーは1日あたり6000件、一般のユーザーは1日600件しか投稿を見ることができないというものです。

原因については詳細が明らかにされていません。ツイッターは一部の機能をグーグルに依存していたのですが、その契約が6月30日に切れた影響だとも、バグによってサーバーにリクエストの無限ループが発生した障害のせいだとも噂される中、マスク氏は「一時的な緊急措置だ」と閲覧制限について表明しています。

とはいえそもそもSNSというものは広告収入が収益源で、儲かるためにはユーザーがツイッター上にどれだけ長くとどまるかがカギになります。そのユーザーがツイートを見られなくなり、広告主からは「流入が目に見えて減少している」と言われているのでは、確かに末期症状といえるほどひどい状況です。

ツイッターへの批判が高まったタイミングの7月6日、メタが新サービスのスレッズをぶつけてきたわけです。

スレッズはツイッターの"上位互換"

スレッズ自体は当初、ザッカーバーグ氏は7月中旬のサービス開始を匂わせていました。それを明らかに前倒ししたのは、ツイッターの失策で千載一遇のチャンスが到来していたからです。わずか5日で1億人というのも、このタイミングで莫大な数のツイッター難民が発生していたからこそ起こりえた現象です。


短文投稿SNSであるスレッズはツイッターと似ている(写真:メタ)

ここで興味深いことは、スレッズがツイッターの同質化サービスであることです。戦略の定石では新たにリリースするサービスには差異化が必要です。インスタグラムが登場した際には写真の加工や投稿が、TikTokは短い動画の編集が差異化としてユーザーに支持されて勢力を拡大することができました。

それと違いスレッズはツイッターと似た部分が目立つし多い。これは明らかに「過去の使いやすかったツイッターに戻りたい人は今すぐここに集まって!」というザッカーバーグ氏からのメッセージに映ります。

そのうえで差異というよりは、微妙なサービスアップも忘れてはいません。投稿可能な文字数500字、動画5分、写真10枚というのはすべてツイッターよりも上位互換のスペックです。

特に英語圏ではツイッターの140文字というのは本当の短文しか書けません。英語の140字の文章だと日本語の70文字分くらいの情報量になるのです。ですからアメリカのツイッターユーザーは今回のスレッズのスペックを歓迎しているはずです。

さて、こうしてにわかに巻き起こったスレッズ旋風ではあるのですが、この先、ツイッターが消えてしまい、スレッズがそれを補完する未来が来るのでしょうか? 必ずしも未来がそちらに転がるかどうかは今のところわかりません。ツイッターとスレッズの未来を巡る3つの不安定要因をまとめていきたいと思います。

SNSを巡る不安定要因の1つ目が、マスク氏とザッカーバーグ氏の思想の違いです。

そもそもSNSは出現当初の理想と、現時点の現実に大きなギャップがあるサービスです。SNS出現当時は世界中の人がソーシャルネットワークを通じてつながり、そのことで相互理解が進み、新しいアイデアが生まれると期待されていました。

しかし現実には偏った意見が力を持つ世の中になり、社会の分断が進みました。背景には広告を主たる収入源とするビジネスモデルがあり、利用者個人のデータをもとに狙った個人へターゲットした情報が届けられる状況が「SNSの悪い現実」を生み出しました。

スレッズは「穏やかな」SNSになる?

この理想と現実のギャップをどう埋めるか、実はマスク氏もザッカーバーグ氏もそれぞれ持論があります。マスク氏は買収当初から言論の自由を重視しています。買収後、永久凍結されていたトランプ前大統領のアカウントが凍結解除されたのはその象徴です。

一方のザッカーバーグ氏は、もっと穏やかなSNSを目指し介入を図る立場です。実際に彼はスレッズについて「オープンでフレンドリーな会話の空間」にしたいと言っています。

そのせいなのか、ないしは開発がまだ追いついていないのか、タイムラインは今のところおすすめのみ(フォローが反映されない)の状況。特定のコメントを非表示にできるなど、荒らし対策は簡単にできそうです。

私がスレッズを利用して一番驚いたことは、タイムラインに流れる情報が今まで私がツイッターで触れてきた情報とまったく毛色が違うことです。良く表現すればまったく新しい考えや情報が流れてくる。逆に言えば今まで私のツイッターに流れてくる情報は、いかに自分にとって居心地のいい偏った情報が多かったのかと再認識されました。

ただザッカーバーグ氏が標榜する思想は、今後変わる可能性があります。それは2番目の不安定要因になる「広告効果」が関係してきます。

そもそもツイッターにしてもスレッズにしても、私たちがサービスを無料で使える理由は、広告収入がSNSの経営を支えているからです。サービスが成り立つためには広告効果が高くなければいけません。

ツイッターとスレッズのどちらがスポンサー企業から見て広告効果のあるSNSであるのかが重要であり、その効果を左右するのはインフルエンサーから見て、どちらが収入になるSNSなのかが重要になります。

今回の混乱の中で、第三勢力としてマストドンやブルースカイのように広告収入に頼らない短文投稿SNSが台頭するのではないかという観測もありますが、私はその可能性は低いと考えています。あくまでSNSとは巨大な換金マシーンとして機能できているからこそ存在できるのです。

勝敗は広告効果で決まる

スレッズは今後の改修予定の機能として、段階的にツイッターに同質化するようキーワード検索ができるようになり、ハッシュタグが使えるようになり、フォローしている人の書き込みがタイムラインに表示されるようになり、DMが送れるようになるはずです。ますますツイッターと同じサービスになるため、ユーザーは今以上にスレッズを使うかもしれません。

しかし本当に重要なのは広告主が効果を感じてくれるかどうか、そしてその広告主とわたしたちユーザーをつなぐインフルエンサーが収益を上げられるかどうかです。ツイッターとスレッズのどちらが勝ち上がるのかは広告効果で決まってくるのです。

その観点で言えばメタが過去にフェイスブックで実現してきた「ビッグデータを駆使し、偏った情報を送ることで広告効果を極大化する」というノウハウがこの先、スレッズに反映されていくことで「新たな悪いSNSが力を持つ未来」が来ることは十分にありえそうです。

そしてスレッズとツイッターの未来を占う、3つ目の不安定要因が国別のユーザー数です。

世界のツイッター利用者は、月間アクティブユーザー数ベースで3.3億人です。これに対してスレッズの1億人というのはあくまで登録者数です。来月、再来月の段階でユーザーがどれだけスレッズを使い続けているかがそもそも大切で、1億人登録したことの意味がどこまで大きいかはまだわかりません。

ただここで理解すべきことは、スレッズの登録がここまで短期間で増えた一つの背景要因がインスタグラムのアカウント経由で登録できたことです。インスタグラムの世界のアクティブユーザー数は10億人いますから、その1割が「とりあえずスレッズを試してみた」わけです。

そして「では残り9割もスレッズを始めたら勢力はいったいどうなるだろう?」というのがこれから先の関心事です。

さらにいえば同じくメタが運営するフェイスブックは世界のアクティブユーザー数は30億人とさらに多いわけで、その意味ではまだメタにはフェイスブックからスレッズにユーザーを流入させる力も温存しています。既存のSNSのユーザー数を武器にスレッズがツイッターを補完するという未来はありえるわけです。

マスク氏に訪れる「意味不明の未来」

ただし私たちにとって本当に重要なキーワードは「日本では」どうなるのかとういう視点です。

実はツイッターの利用者を国別で見ると、アメリカが1位で7700万人、そして日本は5900万人でアメリカに次ぐ第2位なのです。一方でインスタグラムはアメリカ1億7000万人であるのに対して日本は3300万人という状況で、日本ではインスタはそれほど強くはないという現実があります。

仮にアメリカではフェイスブック、インスタグラムからスレッズへのユーザー移住が本格的に起きて、スレッズがツイッターを補完する地位を手にしたとしても、日本はそうならない可能性があるということです。

さらに言えばメタからすると、短文投稿アプリでアメリカでツイッターを逆転した後に狙うべき重要市場は、ヨーロッパとインドなどのアジア圏が優先されるはずです。SNSは基本的に国ごとに勢力図が違うわけで、韓国ではカカオトークが優勢ですし中国ではウィーチャットなど国産SNSが主流です。

その流れで世界的にはツイッターが駆逐されても、日本だけガラパゴス的にツイッターが有力な短文投稿SNSとして生き残るというマスク氏にとっては意味不明な未来が訪れてもおかしくはないのです。

さて、このようにまとめてみたうえで改めて感じることは、今回の騒動は結局のところ私たちユーザーを置き去りにして起きているおかしな騒動であるということです。だからこそ、この先どうなるのか不安定で、しばらくの間、私たちは不自由を感じながらツイッターとスレッズ両方をしかめっ面をしながら利用することになるでしょう。

確実に予測できることはただ一つ「明日の私はSNSに対して不機嫌だろう」ということだけなのです。

(鈴木 貴博 : 経済評論家、百年コンサルティング代表)