東海地方で愛されるラーメンチェーン「スガキヤ」(本社:愛知県名古屋市)のウリは、「ラーメン1杯390円」という手ごろな価格だ。なぜスガキヤはこの値段でラーメンを出せるのか。経済ジャーナリストの高井尚之さんがリポートする――。(後編/全2回)
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スガキヤ路面店の外観 - 筆者撮影

■名古屋人が偏愛するスガキヤのラーメン

全国各地には「ご当地ラーメン」がある。有名な札幌ラーメンや博多ラーメン以外にも、旭川ラーメン、和歌山ラーメン、尾道ラーメン、熊本ラーメンなど多種多彩だ。

このうち、東海地方で支持されるのが「スガキヤ」(本社・愛知県名古屋市。正式店名は「Sugakiya」)だ。定番のラーメンは1杯390円(税込み、以下同)の低価格だが、なぜか「名古屋ラーメン」とは呼ばれない。地元では「スガキヤスガキヤ」といわれる存在だ。

現在は、静岡県から兵庫県まで約260店を展開。うち愛知県(163店)が最も多く、次いで岐阜県(約40店)、三重県(約30店)の順だ。かつては東京都内にも店があり、最盛期には関東で約50店、全国で約420店を展開したが、コロナ前から不採算店を閉鎖し、東海地方中心に店舗数を絞り込んだ。

前編の「味」に続き、後編では「店舗展開と食文化」を紹介したい。

■図書館への出店が意味すること

2019年4月〜9月には、姉妹店(後述する「らーめん寿がきや」)を含めて36店を閉店したが、最近は名古屋地区を中心に出店モードに戻ってきた。

「2021年、名古屋市内に『則武新町店』(イオンモール Nagoya Noritake Garden内)を、2022年に『東山動植物園店』(東山動物園のフードコートZOOASIS WEST内)がオープンするなど、新規オープンも増えつつあります」

スガキコシステムズの高岡勇雄さん(営業管理部 ゼネラルマネジャー)はこう話す。

則武新町店は陶磁器で知られる「ノリタケ」の本社工場跡地に開業した商業施設で、東山動植物園店は、子どもの遠足や校外学習でも利用される行楽地だ。

これまで愛知県図書館や鶴舞中央図書館(ともに名古屋市)といった公共施設にも出店してきた。前者は営業時間が15時までと短いが、受験生の間では「県図書」と呼ばれてきた場所だ。これらに出店できるのも、地域になじんだ飲食店の証拠といえよう。

■店の規格は多種多様

今回、駆け足で3店舗を回ってみたので、ブランドの横顔として紹介したい。

JR名古屋駅に降り立った人が、最も足を運びやすいのが「らーめん寿がきや 名古屋エスカ店」(名古屋市中村区)だ。出張者にはおなじみの新幹線地下街エスカにあり、同駅新幹線改札から徒歩数分で着く。「スガキヤ」のハイブランドとして誕生し、20年以上の歴史を持つ。

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出張者が最も立ち寄りやすい「らーめん寿がきや エスカ店」 - 筆者撮影

店構えもメニューも異なり、いわば派生ブランドという位置づけ。同店には餃子や唐揚げもある。今回は「白ラーメン」(670円)を注文した。おなじみの白濁色のスープだが、チャーシューの厚さやトッピングも少し異なる。

スガキヤのラーメンに近い、魚介+とんこつ味です。くわしい作り方は企業秘密ですが、食材や製法を少し変えています」(高岡さん)

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らーめん寿がきやの「白ラーメン」 - 筆者撮影

通常の「スガキヤ」に行きたい人は、名古屋駅から徒歩8分ほど歩いた場所に「イオンタウン太閤店」(同市中村区)がある。筆者は歩いて行ったが、駐車場完備のショッピングセンターなので、お客の大半はクルマでやって来る。

マーケティンググループの若山昌樹さんは、こう説明する。

「フードコートの一角ではなく、独立型店舗というスタイルです。店の前が駐車場なので、クルマで乗り付けて食事をして、施設内で買い物をされるお客さまもいます」

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スガキヤ イオンタウン太閤店」は店(右奥)の前が駐車場だ - 筆者撮影

スガキヤの売り上げ1位店は岐阜にある

「日によって違いますが、昨年オープンした『東山動植物園店』(名古屋市)は、1日の売り上げが最も多い店になることが多い。また、2021年4月〜2022年3月の年間では『イオンモール各務原(かがみがはら)店』(岐阜県各務原市)が年間売り上げ1位となりました」(若山さん)

愛知県に次いで「スガキヤ」店舗数が多く、県内に約40店ある岐阜県。JR名古屋駅から東海道線の新快速に乗って約20分、JR岐阜駅に降り立った。

近年リニューアルされ、駅ビルや駅前はかなり洗練された。北口広場には市制120周年を記念して、市民の寄付により建立されたという黄金の織田信長公像がそびえ立つ。

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JR岐阜駅北口前の織田信長公像、周辺には高層ビルも増えてきた - 筆者撮影

今回はスケジュールの都合で、ここから徒歩7〜8分の「名鉄岐阜駅前店」に行ってみた。国道157号線沿い、アーケードの岐阜駅前中央商店街にある。「マクドナルド」(国内店舗数約2960店)と並んでいるのが地元での存在感を示す。平日の12時台ということもあり、「スガキヤ」には来店客が次々に訪れていた。

これまでの取材感覚では「岐阜は時に名古屋よりも熱い」と思う。よく知られているように、喫茶店のモーニングも名古屋をしのぐサービスを提供する店があり、「プロ野球の中日ドラゴンズの熱狂的ファンは、名古屋市民よりも岐阜市民」という声もある。

岐阜駅前の「スガキヤ」を訪れ、そんな意識もよみがえってきた。

■なぜ東海地方でスガキヤは愛されるのか

ところで、冒頭に紹介した「スガキヤ」店舗が愛知・岐阜・三重の順に多いのは、喫茶店文化ともリンクする。モーニングサービスが盛んなのもこの3県で、三重県は四日市市あたりまで。スガキヤ店舗がある静岡県は「浜名湖を過ぎると文化が変わる」といわれ、首都圏に近づく静岡東部ではモーニング文化もあまり見られない。

ちなみに、メディアでよく紹介される「喫茶代におカネを使う都市」(※)の最新数値は、次のとおりだ。岐阜と名古屋が1位と2位を占めるのは長年変わらない。

1位 岐阜市 1万5616円
2位 名古屋市 1万3427円
3位 さいたま市 1万1112円
4位 東京都区部 1万829円

(※)都道府県庁所在地・政令指定都市別の「1世帯当たりの喫茶代年間支出額」データ(2022年・総務省統計局「家計調査」)

筆者は『日本カフェ興亡記』(日本経済新聞出版社、2009年刊)を上梓して以来、同調査を定点観測してきたが、このところ岐阜市が3年連続で首位。近年は名古屋市を上回っている。かつては8000円台が多かった東京都区部や上位に来ることがなかったさいたま市が1万円を超えてきた――という状況だ。

なお、「モーニングサービスで町おこし」を掲げる地域に、愛知県一宮市がある。人口は約38万人、名古屋市と岐阜市の間に位置し、岐阜市と並んで毛織物で栄えた都市だ。

名古屋人は「おトク」「オマケ」が大好き。「ケチ」といわれる県民性だが、分量も含めて飲食に関してケチるとお客に見放されるのだ。筆者も大学入学前まで当地で暮らしたので、そのDNAは組み込まれている。

スガキヤと喫茶モーニングに共通するのは、「これだけ飲食して安い」というおトク感だろう。

2019年、筆者撮影
名古屋発祥「コメダ珈琲店」のモーニング。モーニング文化とスガキヤの店舗展開はリンクしている - 2019年、筆者撮影

■首都圏再進出へのハードル

以前に比べて、地域性による味の違いが薄れたとはいえ、全国展開するラーメンチェーン店は少ない。首都圏で強い「熱烈中華食堂 日高屋」は関東地方に集中し、「幸楽苑」も東日本中心だ。これは食文化の違い以外に、物流コストがある。“ポツンと離れた1軒店”だと食材供給などで採算性が合わないのだ。

数少ない例が「スガキヤ」と同じ愛知県発祥の「丸源ラーメン」(物語コーポレーション)。全国の店舗数は200店未満だが、2022年12月に札幌市内に出店し、北海道から沖縄県まで全国展開を果たした。同社が「焼肉きんぐ」を運営しており、場所によっては「丸源ラーメン」「焼肉きんぐ」の店が隣接するのも特徴だ。

さて、「スガキヤ」が首都圏から撤退したのが2006年(最後の店は「高田馬場店」)。今後再進出する予定はあるのだろうか。

スガキヤとして首都圏をあきらめた訳ではありません。より多くのお客様にスガキヤのラーメンをお召し上がりいただきたいので、努力をしていきます」(同社)

という答えだった。スガキヤのラーメン1杯390円は、普段使いの外食代表といえる価格帯。名古屋地区の商業施設では「東海初出店」といった高感度店が人気を呼んでも、やがて「スガキヤに戻ってくる」とも言われる。

モーニング文化が首都圏で浸透し、前述のさいたま市や東京都区部の喫茶支出代が増えたように、消費者意識が変わる例もある。解決すべき課題は多いだろうが、「再び箱根の山を越えるのを期待したい」という声も聞く。

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高井 尚之(たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト/経営コンサルタント
学生時代から在京スポーツ紙に連載を始める。卒業後、日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆・講演多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。
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(経済ジャーナリスト/経営コンサルタント 高井 尚之)