鎌田大地と移籍が有力視されるミランの間に何が起きているのか。イタリア『La Gazzetta dello Sport』紙ミラン担当記者が、これまでのいきさつと今後の可能性について現地からレポート――。

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鎌田大地のミラン加入が秒読み」と言われてから、すでに1カ月以上が経つ。「いったいどうなっているのか?」と思われる日本のファンも多いだろう。現在どんな状態にあるのかを説明するには、まずこれまでのいきさつを語ることが必要だ。


ミラン移籍が報じられたものの、発表には至っていない鎌田大地 photo by Sano Miki

 シーズンが終了してすぐ、ミランはカオスに陥った。次々とチームを去る者たちがミランを根底から揺るがし、サポーターたちの間にも多くの疑念を生み出している。

 まずはズラタン・イブラヒモビッチとの別れだ。彼が去ることは少し前から予測されていたが、それでも実際にいなくなってみると、残された空洞はあまりに大きかった。

 ミランの10番をつけていたブラヒム・ディアスは、レンタル元のレアル・マドリードに帰る。ディアスについては「最高の選手」「ミランにいるべきレベルではない」とサポーターの意見は二分されていたが、それでもチームの不動のトレクァルティスタ(攻撃的MF)だったことには変わりない。

 そして、かつてフランコ・バレージとともにミランの旗印だったパオロ・マルディーニのTD(テクニカルディレクター)解任。少し前から意見が合わなくなってきたマルディーニを、オーナー会社レッドバードは解雇した。同時にSD(スポーツディレクター)のリッキー・マッサーラもチームを去ることになった。チーム強化はほとんど彼らが行なってきただけに、一時期、すべての交渉はストップした。

 加えて、その数日後にはミランの会長だったシルビオ・ベルルスコーニ元首相が亡くなったことも、ミラニスタにとっては少なからずショックだった。ベルルスコーニは現在のミランとは何の関係もないが、彼はミランの黄金期の象徴だった。チームを率いた31年間に29のタイトルを獲得している。

 極めつけはサンドロ・トナーリのニューカッスル移籍だ。トナーリを今後のミランを背負って立つ存在、未来のキャプテンと信じていたミラニスタにとっては、冷や水を浴びせられたも同然だった。これらすべてが約2週間の間に起きた出来事だった。

【指揮官ピオリが鎌田を評価する理由】

 こうした内部の目まぐるしい変化の中で、ミランのあるプロジェクトは加速し、あるプロジェクトは減速した。鎌田のミラン移籍は、残念ながらこの減速した部類に入る。不本意ながらも、彼の名前は「スタンバイ」のリストに載ってしまった。鎌田はミランの新シーズンに向けての獲得1号になるなどとも言われていたが、どうやらタイミングが悪かったようだ。

 だが、ミランのリストから消えてしまったわけではない。このことははっきりしている。鎌田とミランの間ではすでに合意が成立している。鎌田はミランを移籍先に選び、ミランは鎌田獲得を決めた。

 ミランが鎌田を獲得しようと考えたのは、彼がさまざまなポジションでプレーできることが大きい。指揮官ステファノ・ピオリが彼を大きく評価する資質のひとつでもある。

 鎌田はフランクフルトでは中盤やトレクァルティスタとしてプレーしているし、ラファエル・レオンの代わりとして左サイドハーフとしてもプレーできる。そのためミランの4−2−3−1にも適合する。

 ただ、トナーリがいなくなった後釜に、ミランは運動量豊富なMFダビデ・フラッテーシ(サッスゥオーロ)を入れたいと考えている。彼はセンターハーフではなくサイドの選手だ。そうするとピオリはシステムを4−3−3の方向に舵を切るかもしれない。ただそうなった場合も鎌田に問題はない。こうした柔軟性は彼の最大の武器だ。

 鎌田のもうひとつの魅力は、はっきり言ってしまうと移籍金だ。才能と経験があるのに金額はゼロ。もちろん年俸を払う必要はあり、ミランは300万ユーロ(約4億6000万円)の4年契約を提示しているが、現所属のフランクフルトとの間には何の金額も発生しない。

 これは他のチームにとっても大きな魅力であり、アトレティコ・マドリードやボルシア・ドルトムントも彼を狙っていたが、鎌田の目にはミランのプロジェクトが一番魅力的に映ったようだ。もしかしたらパオロ・マルディーニという存在が大きかったかもしれない。ただし、すでにもう彼はいないのだが......。

【新チームは7月10日に集合】

 シーズン終盤、鎌田の加入はほぼ決定とミラノでは報じられていた。メディカルチェックの具体的な日付もささやかれていたし、我々メディアはミランから「すでに合意はしているが、発表はフランクフルトがドイツカップ決勝を終えてから」とも聞いていた。しかし、まずそこで最初のストップがかかる。その理由は、「選手の利権をイタリアで管理する者に対する形式的な問題」。つまり鎌田の代理人がイタリアで合法的に活動するため、手続きが必要だったというのだ。

 だが、その登録を待っているうちに今度はマルディーニが解任され、そしてミランには、先に解決すべき問題が起こった。ミランは中盤よりも、センターフォワードをどうにかすべきだという必要に迫られたのだ。こうして鎌田大地の移籍話は後回しになってしまった。ちなみに現在のミランの選手強化の責任を負っているのは、ミランの代表取締役でもあるジョルジョ・フルラーニとスカウティング部門の責任者ジョフリ・モンカダである。

 ミランは獲得リストの上位に鎌田の名を載せている。しかし、だからといって鎌田が100%ミランに加入するかと問われれば、それはわからない。口約束は絶対ではない。今のところ鎌田は、ミランの対応を待ってくれている。しかしそれにも限度があるだろう。永遠に待ってくれるわけではない。煮えきらないチームに嫌気がさす可能性も大いにあり、それを狙って別のチームが近づくこともありうる。

 いずれにせよ今月末から7月の頭には何か動きはあるだろう。7月10日には新シーズンに向けてのチームの集まりがあるのだ。

 ミランは別のトレクァルティスタも探している。エンポリの20歳のトンマーゾ・バルダンツィ。才能豊かな若手で、イタリアU−21代表でもある。また最近ではフェネルバフチフェ所属の18歳のトルコ人、アルダ・ギュレルの名前も挙がっている。

 彼らは鎌田の代わりともなりうるが、ただ鎌田ほど多くのポジションでプレーできる選手ではないし、何より移籍金がタダではない。チームのニーズに合って、それでいて金もかからない鎌田をミランが手放すとは思えない。だから、たとえ同じようなポジションの選手をチームが獲得したとしても、鎌田の移籍の障害にはならないだろう。

 新シーズンに向けてのミランのチーム強化のプロジェクトははっきりしている。チームのレベルの底上げ、なにより今シーズン苦しんだポジションの強化である。

 鎌田の移籍は本当に時間の問題なのか、単に手続き上の問題が解決されるのを待っているだけなのかは、誰にもわからない。そしてミランには、他にも進めていかなければいかない複雑な交渉が山ほどあるのだ。