田原牧と雨宮処凛 撮影/西邑泰和

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格差・貧困問題に取り組み、メディアで積極的に発言をしている作家・雨宮処凛が、バンドやアイドルなどを愛でたり応援したりする“推し活”について深堀りするコラムシリーズ。2回目のゲストは「ジャスミン革命」を取材し開高健ノンフィクション賞をとった記者・田原牧さん。初期AKB48の“いかがわしい”魅力に取り憑かれ、ヲタ活をスタート。そして時が経ち、現在たどり着いたのはヴィジュアル系だった。アラブ世界を見続けてきたジャーナリストから見た、推しがいる世界とは? 文・雨宮処凛(前後編の後編)

【前編はこちら】「初期AKB48にはイスラム武闘派のアルカイダと同時代性がある」ノンフィクション賞記者・田原牧

【写真】推し活について語る、田原牧と雨宮処凛

AKB48にハマり、選抜総選挙や、宮澤佐江の握手会にも参加していたという田原牧さん。

しかし、そんなAKBから田原さんの心は離れていく。ただでさえ巨大産業だったところにさらに多くのスポンサーがつき、完全に手の届かない存在になったからだ。

そんな頃、職場の「古参ヲタ」にあるアイドルの存在を知らされる。ちなみにこのヲタ、田原さんが記者をつとめる新聞社の派遣社員なのだが、ヲタの現場では大幹部的存在。このように、現実社会の立場が逆転するところもオタ活・推し活の醍醐味だろう。現場では田原さんが「新規」でしかないという推し活下克上。

が、そんな大幹部も推しメン卒業によりAKBから離れることに。しばらくは抜け殻のように過ごしていたそうだが、そんな彼から「えらいもの見つけてしまいました!」と教えられたのがBiSHだった。

「まだブレイクする前でした。ライブに行ったらほんとにすごくて。元々のキャッチフレーズが『楽器を持たないパンクバンド』だからパンク色が強くて、最初の頃は来る奴全員モヒカンにしなくちゃいけない『モヒカン限定ライブ』があったり、同じ曲をひたすら繰り返すライブがあったり、ヤンチャだったんです」

田原さんの視線は演者だけでなく、ヲタにも注がれる。

「年齢層が幅広くて、若い人から60歳くらいのおじさんまで来てる。ライブではみんなが肩組んで歌ったりして、一体感がものすごくあった。なんか、初期の頃は暴動起きるぞ、みたいな危うさがありました」

しかし、そんなBiSHもブレイクして巨大になるにつれ関心が薄れていく。

そうして最近注目し始めたのが「日本一バズるV系バンド」と言われる「0・1gの誤算」(以下、誤算)。16年に結成されたバンドだが、コロナ禍でYouTubeやSNSに力を入れた結果、広い層から注目を集めている。特にボーカル・緑川ゆうのYouTube公式チャンネルでは「V系・バンギャあるある」満載の動画が配信されている。ヴィジュアル系創世記を知る40代ババンギャの私も悶絶するネタが盛りだくさんだ。そんな誤算が、とうとう田原さんにも届いたのである。

「YouTubeでたまたま『入場時刻と同時に演奏がスタートしたらバンギャはどんな反応をするか検証してみた』って動画を見たんです(200万再生以上)。

あと、「『今からライブします!』ゲリラ告知したら何分後にファンがくるのか検証してみた」 。それとバンギャに教えてもらうヘドバン講座とか、本当に秀逸ですね」

これまでの推しとはだいぶ毛色が違うが、何が田原さんの心を掴んでいるのだろう。

「反体制とか反権威とかとは真逆なとこですね。自分たちより、バンギャを立ててる。しかもヴィジュアル系ではタブーとされることをたくさんしてる。おばあちゃんを紹介したり、お母さんをライブに出しちゃったり。子ども限定ライブ(「V系が子供限定ワンマンをやったら衝撃の人数が集まった!!」)をやったり。ある意味、欽ちゃん的な世界観で自分たちの方に世間を引き込もうとしてる」

そうか、「0・1gの誤算」は「V系界の欽ちゃん」なのか…。そう思うと納得する部分も確かにある。

そんな田原さんは現在、元バンギャの「子分」にライブへ偵察に行かせているという。

「そうしたら、もう運動量が部活並みにすごいって。切れ目がなくて休めなくて、北朝鮮のマスゲーム並みの一糸乱れぬ動き。よほどの使命感がないとああはできないって」

興味がある人はぜひ緑川氏のYouTubeで見てほしいのだが、現在のバンギャの動きはとにかくすごい。私自身、90年代はじめにバンギャとなり、90年代後半に一時期離脱。そうして09年に返り咲いたのだが、その頃には90年代にはなかった「一糸乱れぬバンギャの動き」が普通の光景となっていた。

ちなみに私は、バンギャを上がっていた02年、北朝鮮で金日成主席生誕90年を記念する10万人マスゲームを見ている。人間離れした技が次々と繰り出されるマスゲームは圧巻の一言で、それから数年間、何を見ても感動できなくなったのだが、そんな私の魂を再び震わせたのは十数年ぶりに経験したヴィジュアル系ライブだった。しかもバンドそのものではなく、客席でマスゲーム顔負けの一糸乱れぬ暴れっぷりを繰り広げるバンギャたちの姿だったのだ。

その日から私の第二次V系ブームは始まり、今に至るというわけである。そんなバンギャの特殊技能、つねづね世間に注目されるべきと思っていたのだが、それを世に知らしめたのが「0・1gの誤算」だったのである。

「私がAKBやBiSHが好きだった時も、ライブの空間、雰囲気が好きだったのね。それはどんなアイドルでも演者だけでは作れなくて、ヲタやバンギャが作ってて、そっちが主力なのよ。それが巨大化すると崩れるからつまんなくなるわけだけど、緑川さんはそれをすごくよくわかってるんだと思う。実はけっこう革命家なんじゃないの?」

高校時代に三里塚という「革命の学校」に通い、以後、アラブを彷徨い、エジプトのジャスミン革命を経験した田原さんに「革命家」と言わしめるとは今のV系も捨てたものではない。ちなみに緑川氏のYouTubeには「平伏せ、革命を刮目せよ」という言葉がある。

「今までのヴィジュアル系を明らかにひっくり返そうとしてる気がする。実はそっちの方が過激なんだって。子ども限定ライブなんて普通は考えられない。ものすごい戦略家だと思う」

田原さんは近々誤算のライブに行くことを目標としているそうだが、そんな田原さんにとって推し活の現場は「隠れ家」的な場のようだ。

「昔はそういう空間ってたくさんあったんだよ。自分がどこの誰とか肩書きとかが関係ない、肩書きが通用しない空間。だけど、そんな空間はどんどんなくなって、だから生きづらいんだと思う。でもアイドルオタクの空間とかには、損得関係なく情で繋がる、みたいなのがまだある。そういう祝祭的解放区が必要だと思う」

祝祭的解放区。私もまさにそんな現場に居合わせることによって、なんとか生きてきた気がする。

ちなみに田原さんはアラブに詳しいわけだが、偶像崇拝が禁じられているイスラム圏では推し活とかはどうなっているのだろう?

聞いてみると、「イスラムっつったって解釈多様だからさ」とのこと。エジプトやレバノンなどは基本的にゆるいらしいが、サウジアラビアは厳しめ、しかし最近は開放政策をとっているという。

そんなイスラム圏でヴィジュアル系がライブしたらどうなる? と尋ねると、メイクをしている男性が同性愛と見られると厳しいようだ。イスラム圏では同性愛は重罪、場合によっては死刑である。

ということで、田原さんが誤算のライブに行く日を、私は勝手に楽しみにしている。