70歳を過ぎてから「ときめく心」が必要なワケとは(写真:Fast&Slow/PIXTA)

年をとったらあとはひっそりと枯れていく……。一昔前ならあたりまえのような生き方ですが、そんな生き方に大反論をしているのが精神科医の和田秀樹さんです。70歳を過ぎてからは、むしろ自由にやりたいことをやるべき、とくに恋愛がお勧めだと語ります。人生100年時代、「ときめく心」がなぜ必要なのかを、和田さんの最新刊『70歳からのボケない勉強法』から抜粋、再編集して紹介します。

脳の萎縮は「前頭葉」から始まる

認知症にはさまざまなタイプがありますが、もっとも多いアルツハイマー型認知症の場合、脳の前頭葉から萎縮が進んでいきます。

前頭葉は脳の前方にある領域です。意欲、思考、感情、創造性などを司るとされ、非常に大事な部位なのですが、実は、前頭葉は脳のほかの部位に比べて、老化が始まるのが早いといわれています。一般的には40代から、早い人では30代から前頭葉の萎縮が始まります。

老化で前頭葉が萎縮すると、脳を使うことがおっくうになります。あなた自身または身近な人に、こんな現象が起きていませんか。

・実際にやってみることをせず、あれこれ考えただけであきらめてしまう
・異論を受け入れることができなくて、ガンコになる
・思考が凝り固まり、人の話を鵜呑みにしてしまう
・感情が平坦になり、何をしてもつまらなく感じる
・ささいなことでイライラし、しかも、なかなかおさまらない

このようなことが年をとって起きてきたら、前頭葉の萎縮が始まっているかもしれません。

前頭葉が活発に働いている人は、ひとつの物事を前にして、たくさんの答えを出していけます。つまり、思考のスイッチをどんどん切り替えることができますし、何か問題があるときでも安易に投げ出さず、よく考えることができるのです。

前頭葉が関わっているとされているのはアウトプットする機能です。インプット機能は側頭葉(言語理解)や頭頂葉(計算能力)が担っていると考えられています。つまり、これまで蓄積してきた記憶や知識をひっぱり出すのは前頭葉なのです。

だから、非常に高度な内容でも、いつも繰り返している単調な作業ならば、側頭葉や頭頂葉でこなすことができます。しかし、想定外のこと、先の読めないことに対処するのは前頭葉です。つまり、答えがいくつも考えられるような問題を考えるためには前頭葉が元気でなければなりません。

熟年離婚の陰にホルモンの男女差あり

前頭葉の最大の敵は「ルーティン」です。正解がひとつとは限らない問題や予想外の出来事に対処するのが前頭葉ですから、同じことを繰り返して慣れっこになった状況がずっと続くと、前頭葉を使うチャンスが訪れないまま、脳の老化が加速してしまいます。

このルーティンについて説明するときに、よく私が挙げる例が「恋愛」です。昨今、同居期間20年以上の、いわゆる「熟年離婚」が増えているそうです。厚生労働省の統計(2020年)によると、全体の離婚件数のうち2割以上が熟年離婚でした。

熟年離婚の割合が増加している背景として、女性の社会進出や年金の分割など社会経済的な理由はよく知られています。しかし、これとは別に、男女の身体的な差について、ひとつ知っておくべきことがあります。

男性は、加齢によって男性ホルモンの分泌が減ります。男性ホルモンが減ると、どんどん意欲を失っていきます。一方、女性は閉経後、男性ホルモンが増えるので、以前より元気で活動的になる人が多いのです。すると、必然的に夫婦ふたりで楽しむ機会も減り、一緒に暮らす意味も薄れてくるでしょう。

もし、夫婦のあいだでまともな会話がなくなって久しいというのであれば、熟年離婚の決断をするのも悪いことではありません。だらだらと惰性で結婚生活を続けているだけという状態は、前頭葉にも多大なストレスをかけて老化を早めます。マンネリに慣れるよりも、いっそ婚姻関係の解消を検討してみるというのは、けっして悪いことではないと思います。

味気ないルーティンと化した結婚生活は前頭葉の敵ですが、シニアの恋愛は前頭葉を元気にします。恋愛は、展開の読めない出来事の連続です。相手を観察して好みや気分を推し量ったり、身だしなみに気を配ったり、食事に誘うための店を検索したり、ケンカのあとに謝るきっかけを探したり。正解がひとつではない問題ばかりです。

若いころなら恋愛マニュアルや雑誌の情報を頼りにするかもしれませんが、シニアの皆さんはそういった知識はすでに頭に入っていますし、経験値もそれなりにあります。そうした知識や経験=コンテンツを臆せずアウトプットしていけば、若いころとは違う、シニア恋愛ならではの喜びやときめきが待っているでしょう。先の読めない状況で、どう振る舞えばよいのか。前頭葉をフル回転させながら、恋愛を楽しんでください。

前頭葉の萎縮を進行させないために、どうすればよいのか。とにかく前頭葉の血流を増やすことです。そのためには、新しいこと、新しい情報、新しい人との交流に関心を持ち、積極的にアプローチして「へえ」「なるほど」「おもしろい」などと感情面での刺激を経験することがきわめて有効です。恋愛中は誰しもドキドキしたり、ワクワクしたり、感情を揺さぶられ続けます。前頭葉の活性化のためにも、老後の楽しい暮らしのためにも、シニア恋愛を大いにおすすめしたいと思います。

70歳からは「頭のよさ」より「楽しさ」を大切に

私たちはこれまで、医学の進歩によって多くの病気を克服してきました。日本人の平均寿命はまだまだ延びていくでしょう。たとえば近い将来、がんの治療法が発見されるのではないかという話も聞こえてきます。いずれはiPS細胞に関する技術が、老化した臓器を若返らせることも可能にするでしょう。

しかし、医学の進歩がどれだけ目覚ましくても、脳の老化を止めたり、脳を再生したりすることはできません。ここで私が申し上げたいのは、私たちはただ健康でいられれば幸せなのだろうかということです。70歳を過ぎても健康である、それのみに甘んじているのはよいことなのでしょうか。

私が提唱している「70歳からの勉強」は、楽しい生き方を探すための大切なスキルです。人生後半を楽しめるような生き方を模索するための勉強です。それまでの勉強の目的が「頭がよくなること=知識を蓄えること」だったのが、70歳からは楽しさを探す、つまり、よりよい人生を楽しむための勉強になるのだと私は思っています。

高齢者こそがリスキリングに取り組むべき

最近、リスキリングの重要性が叫ばれるようになりました。リスキリングとは「DX時代を迎えるなか、技術革新やビジネスモデルの変化に対応するために、新しい知識やスキルを学ぶこと」です。国はリスキリングに取り組む企業を支援し、社内でのリスキリングに積極的に投資する企業も増えています。私は、高齢者こそがリスキリングに取り組むべきだと思っています。


世界最高齢のプログラマー、若宮正子さんは、「高齢者もリスキリングして社会参加する必要があると思います。人生100年時代です。学び続ければ、80〜90代でも社会貢献できます」と語っています。

若宮さんは現在87歳ですが、なんと81歳のときにiPhoneアプリを開発しました。アップル社CEOのティム・クック氏は自社イベントに若宮さんを招待しました。社会貢献にはいろいろな形があります。「70歳からの勉強」は自分の好きなこと、得意なことを伸ばすのに最適な勉強法です。そうして得た知見やスキルをアウトプットし続ければ、やがて社会貢献につながるでしょう。

勉強は自分自身を強くして、人生の選択肢を増やすものです。それは何歳になっても変わりません。勉強は、あなたの人生を豊かにしてくれる「最高の道具」です。好きなことや得意なことを伸ばして、恋愛を楽しみ、社会貢献をする。「70歳の勉強」は、そんな喜びや楽しみに満ちた毎日を過ごすための勉強なのです。

(和田 秀樹 : 精神科医)