東京都内には、“お嬢様女子校”と呼ばれる学校がいくつもある。

華やかなイメージとは裏腹に、女子校育ちの女たちは、男性の目を気にせず、のびのびと独自の個性を伸ばす。

それと引き換えに大人になるまで経験できなかったのは、異性との交流だ。

社会に出てから、異性との交流に戸惑う女子は多い。

恋愛に不器用な“遅咲きの彼女たち”が手に入れる幸せは、どんな形?

▶前回:慶應卒の商社勤務の自慢の彼だけど…。高級レストランで食事中、女が彼に幻滅したコトとは




ハイスペ男と付き合うことに疲れた女:沙也加【後編】


沙也加が梅宮の会社のメンターになってから、3ヶ月。

アクセラレーションプログラムの最終成果発表会が行われた。

梅宮らの構想するビジネススキームのすごさが伝わるロジカルなプレゼンで、彼の会社が最優秀賞を獲得し、事業化に向けての継続支援が決まった。

審査員を務めた会社の経営陣たちが、梅宮たちに祝福の言葉を投げかける様子を見て、沙也加は嬉しさと誇らしさが込み上げる。

この日までの3ヶ月間、梅宮の会社のメンバーと、沙也加を含むメンターたちは毎週ミーティングを行い、準備を重ねてきた。

ミーティング後にはみんなで食事に行き、プライベートの話もしながら交流を深めていった。

メインの業務の傍らプロジェクトに関わることは決して楽なことではなかったが、沙也加にとって新しい刺激をもらえる日々はとても充実感があった。

そしてなにより、自分の会社を成功させようとひたむきに頑張る梅宮の人間性に惹かれ、必死に今日まで時間をかけてきたのだ。

「僕たちを最優秀賞に導いてくださって、本当にありがとうございます」

すべてのプログラムが終わり、お礼の言葉を残して帰っていく梅宮の後ろ姿を見送った。

― これで全部、本当に終わりなのね…。

デスクに戻り、なんとも言えぬ脱力感に襲われた沙也加は、スマホを開き、Facebookで梅宮の名前を検索する。

最初に出会った時から、何度も開いたこのページ。

まだ知らない、梅宮の学生らしいあどけない姿が収められた写真を見つめ、勢いのままに自分のLINEのIDを添えて、沙也加は彼にDMを送る。

『沙也加:今日まで本当にお疲れさまでした。何かあったら、いつでも相談してね』

期待しすぎないようにと連絡を待っていた沙也加の元に、すぐに梅宮からLINEに連絡が届いた。

『梅宮:ありがとうございます!本条さん、今後ともよろしくお願いします』

沙也加は、思わずにやける。


梅宮と沙也加は、仕事では顔を合わすことがなくなったが、LINEが繋がってからは、頻繁に連絡をとるようになった。

2週間後の木曜日。

『梅宮:今、本条さんの会社の近くにいます。よかったら食事でもどうですか?』

彼から食事の誘いが来たのは、初めてのことだった。沙也加はすぐに返信する。

『沙也加:20時には出られそう!お店を予約しておくから、詳細送るね』

沙也加は仕事を急いで切り上げ、梅宮の元へ足早に向かった。




新丸ビルにある『AWkitchen TOKYO』に到着すると、梅宮は先に席についていた。

梅宮は上下グレーのフォーマルなスーツを着ていて、いつもより大人びて見える。

「お待たせ。お仕事帰り?」

「明日、名古屋出張なんです。

僕、千葉の実家住みだから、出張前は東京駅近くのホテルに泊まることが多くて。今日はこの辺りで前泊するんです」

サングリアを飲みながら、梅宮はそう答える。

「学生なのに出張なんて、すごいわよね。私が学生の時なんて、なにもしてなかったわよ」

「そう言っていただけるのは嬉しいんですけど、僕なんて大したことないですよ」

学生ベンチャーも今や珍しいものでなければ、似たような事業をやっている競合も多い。

もちろん、現時点で稼ぎがしっかりあるわけではない。

梅宮も、今回参加したようなプロジェクトで大手企業と繋がり、いずれは自分の会社を売却して利益を得ることを目標としているそうだが、それも簡単なことではないらしい。

沙也加からすれば、梅宮のように会社を経営していること自体がすごいことに感じられるが、成果が出なければ意味がないと彼は言う。

沙也加は、初めて梅宮の弱音のようなものを聞いた。

「これから、自分の立ち上げた会社をどうにか軌道に乗せなければいけない…。

本条さんが思ってくださっているほど立派でもないし、まだなにも成していないんです」

彼の不安げな本音に、沙也加の梅宮に対する印象は大きく変わった。

― 東大ベンチャーのCEOなんて、成功者の象徴のようなイメージだったけど、梅宮君なりの葛藤や不安もたくさんあるのね…。

「私は梅宮君に絶対に成功してほしいし、必ず成功できると思ってる」

3ヶ月ともに同じ目標に向かって進む梅宮の姿を見てきて感じた、沙也加の正直な気持ちだった。

「そういえば、キックオフパーティーの時、どうして私に声をかけてくれたの?」

ずっと気になっていたことを、その返答に淡い期待を抱きながら、沙也加は梅宮に問いかける。

「いろんな人と楽しそうに話している姿が印象的で、僕も話してみたいなって思ったんです。

…あと、顔とか雰囲気がすごいタイプだったんです」

飾り気がなく、少し幼さを感じるようなストレートなその表現に、沙也加の胸は高鳴った。

― 私、栄治と一緒にいて、こんなふうに“もっと彼のこと応援したい”なんて気持ちになったこと、なかったかも…。

沙也加は、自分の思っていた理想の恋人とは程遠い梅宮に、異性として惹かれている気持ちをはっきり自覚した。

栄治のことを嫌いになったわけでもなければ、彼を裏切ろうなんて思ってもないのに、沙也加は感情のままにこう告げていた。

「梅宮君…。今日は、朝まで一緒にいていい?」

いざ言葉にした直後、沙也加は、ひと回りも年下の大学生にこんな大胆な発言をした自分に動揺した。

だが、想像していたよりもすぐに、梅宮が答える。

「僕もそうなったらいいなと思って、今日本条さんに連絡したんです」

嬉しそうな表情の梅宮を見て、沙也加は安心感とともに愛おしさが込み上げてきた。




店を出ると、梅宮がそっと沙也加の手を握る。

梅宮への恋心故なのか、それとも栄治への罪悪感からなのか。

沙也加は自分の高まる鼓動に耳を傾けながら、梅宮に手を引かれ、彼の宿泊しているホテルに向かった。

― 梅宮君は、まだ学生だし恋愛対象外だって決めつけていたけど…。惹かれてる自分がいるわ…。

自分の梅宮への想いを確かめながら、沙也加は彼と愛おしい一晩を過ごした。



翌日、沙也加がホテルで目を覚ました時、梅宮はすでに出発したようで、いなかった。

沙也加は、すぐにスマホを確認するが、特に連絡はきていない。


いつものように他愛もない連絡がくるのではないかと、待ち続けたが、その日は、一通もLINEは届かなかった。

― 今日は出張できっと忙しいのよね…。

沙也加は自分にそう言い聞かせた。

しかし、沙也加の期待はあっけなく打ち砕かれる。

1週間たっても、彼からの連絡は来なかった。

そして、彼が都内のホテルに宿泊する日の遅い時間にだけ、度々誘いの連絡が来るようになる。

沙也加は2ヶ月ほどは、曖昧な理由をつけて断っていたが、そのうちに面倒になり、彼の連絡先を消した。

― 梅宮君にとって私は、都合のいい女でしかなかったのね…。

沙也加は、自分の梅宮への想いに気づいたとき、それは簡単に手の届く距離にあるものだと思い込んでいた。

だというのに、あっけなく離れてく彼に対し、悲しさと、自分の浅はかさを思い知らされた。

そして、梅宮への想いを自覚してから沙也加は、栄治への興味が驚くほどなくなっていた。



梅宮と連絡を断った1週間後。

沙也加は、豊女時代の友人・夏帆と表参道の『ラチュレ』へ食事にきていた。

「梅宮君のことがバレたわけじゃないんだし、栄治さんと別れる必要はなかったんじゃない?」

「一瞬でも梅宮君に気持ちがいっていた時点で、もう別れるべきだなって思ってね。それに、梅宮君に心が揺らいだあと、栄治に気持ちがもどらなかったの」




「ねえ夏帆。“理想の恋人の条件”って、本当にあるのかな?」

沙也加が“理想の恋人”の3大条件として挙げていた「年上・大手企業勤め・年収1,000万以上」のいずれも、梅宮には当てはまっていない。

「そんなもの、あってないようなものよ」

元々恋人に求める理想の高かった夏帆は、学歴ナシの音楽家と婚約中だ。

「理想の条件でフィルタリングしたら、確かに好きになる可能性が高い男性と出会う確率が上がるのは間違いない。

でも、その条件だから必ず好きになるわけでも、満たしてないから恋に落ちないわけでもないわよね」

夏帆自身がそういう経験をしてきたからか、彼女の言葉は、やけに説得力があった。

「“好きになった人が理想”って、綺麗事かと思っていたけど、むしろそれが真理なのかも。この年になって、この言葉の意味を実感するなんてね」

沙也加の言葉に、夏帆は深くうなずく。

「そうね。理想があってもいいと思うけど、それだけで色眼鏡をかけて相手を評価すると、本当に好きになる人に気づかないかも。

そんなの、もったいないわよね」

― 梅宮君との出会いは、条件だなんて曖昧なものに囚われて、ただ好きって感情に素直になれない私に気づかせてくれたのかも。

栄治は、理想の条件は満たしていたが、一緒にいて居心地は悪かった。

違和感を覚えながらも別れる決断ができなかったことが、今思うと不思議だ。




「恋愛の失敗は、次の恋愛の糧になるのよ!

条件云々はいったん忘れて、心のままに、沙也加が一緒にいたいと思える人を選べるようになるための、貴重な経験になったんじゃない?」

「そんな大事なことを、ひと回りも年下の大学生が教えてくれることになるなんてね」

夏帆の言葉に、沙也加はそう答えて笑った。

自分で決めた条件というしがらみに囚われて、心から愛する相手と一緒にいることができなかった沙也加。

次の恋愛で自分自身がどんな相手に恋をし、一緒にいることを選ぶのか、今は楽しみで仕方がなかった。

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