30歳過ぎて、同棲したら婚期を逃す!?一緒に住もうと彼に提案された女は、迷った挙げ句…
「好きになった人と結婚して家族になる」
それが幸せの形だと思っていた。
でも、好きになった相手に結婚願望がなかったら…。
「今が楽しいから」という理由でとりあえず付き合うか、それとも将来を見据えて断るか…。
恋愛のゴールは、結婚だけですか?
そんな問いを持ちながら恋愛に奮闘する、末永結子・32歳の物語。
◆これまでのあらすじ
自宅の最寄り駅で日向と女性が2人で歩いているところを目撃してしまった結子。「もしかして付き合ってるのは私だけじゃないの?」ショックを受けたが…
Vol.11 彼氏と同棲するタイミング
通りの向こう側を、女性と楽しそうに歩いている日向を、結子はただ呆然と見ていた。
少し先にある横断歩道の信号は、まもなく青になりそうだ。
― 青になったら日向くんのところまで行って、声をかけようかな…。彼、何て言うかしら。
そんなことを考えている間に、信号が青に切り替わった。
その瞬間、結子は、無意識で走り出す。
「日向くん」
自分でもびっくりするほどの大きな声で、結子は彼を呼び止めた。
名前を呼ばれ、すぐに日向は振り向く。
そして、結子の姿を捉えると、明らかに驚いた様子で立ち止まっていた。隣にいた女性が日向を見上げ、言った。
「もしかして春樹の彼女?」
女が「春樹」と彼を呼び捨てにしたことは、結子を不快にさせた。
「うん、彼女。結子さん、彼女は僕の大学の同級生の…」
日向が途中まで言いかけたところで、女が口を挟んだ。
「早苗です。春樹にこんな綺麗な彼女がいるなんてびっくり」
「通りの向こうで見かけて、声かけちゃいました。結子です」
結子は、急ピッチで自分の機嫌を整え、笑顔で挨拶をした。
「結子さん、今帰り?」
そう言った時の日向の安心した表情を、結子は見逃さなかった。
「うん。またあとでLINEする」
なんとなく居心地が悪くて、結子はその場を立ち去った。
結子は家に帰ると、着替えもせずにワインの栓を抜いた。
― 私の対応は、悪くなかったはず。
早苗とその場で別れて、日向から「家まで送るよ」の一言でもあれば嬉しかったのに、などと考えながら、ソファに座りワイングラスを手に取る。
テーブルの上のスマホがぶるっと震え、LINEの通知を知らせた。
日向からだった。
『さっきは、びっくりしたよ』
『私もびっくりしちゃった。女の人と一緒だったから』
メッセージを送った後に結子は「しまった」と思う。すると日向からすぐに返信があった。
『僕の方こそ、誤解されたかもって心配した。でも、大人の対応をありがとう』
― そうでしょうよ…。
結子は少し嬉しくなる。
『さっきは早苗を置いて一緒に帰りたいなって思った。最近よく思うんだよね。結子さんと一緒に暮らしてみたいなって。毎日一緒にいたいなって…』
― えっ、どういう意味?
画面を凝視していると、今度は日向からの着信がある。
「最近ずっと考えてたんだ。僕と同棲しない?」
― 同棲か……結婚じゃないのね。
結子は、がっかりするような、嬉しいような複雑な気持ちだった。
― 32歳にもなって、結婚じゃなくて同棲するって、リスク高すぎでしょ。
“結婚前提の同棲”ならまだしも“ただの同棲”をして婚期を逃したらと思うと踏み切れない。
でも、結婚願望がない日向に、結婚話をしても無駄なのはわかっている。
ならば……。
「一緒に住むなら、私の両親に会ってもらえないかな。心配するだろうから」
「いいよ。前にも言ったと思うけど、一度お会いしたいと思っていたからさ。いつにする?」
日向は、すぐに日程調整し始めて、結子はホッとした。
― 両親に会って同棲じゃなくて、結婚話が一気に進んじゃったりして!
◆
翌週末。
結子は、日向を両親に紹介するために、彼の車で鎌倉の実家に向かっていた。
「結子さんのご両親ってどんな人?」
運転席の日向が結子に聞く。
「普通の親だよ。どこにでもいる」
「普通って言われても、僕の場合“普通”がわからないからなぁ…」
前方の信号が赤に変わり、車は減速していく。日向が用意した菓子折りの入った紙袋がパタンと後部座席で倒れた。
日向がため息混じりにつぶやいた。
「はぁ…緊張する」
「その角を曲がると実家だから」
結子が伝えると、日向は運転席で背筋を伸ばした。
実家では両親が準備万全で2人の到着を待っていた。
「いらっしゃい。結子がお世話になっています」
母がにこやかに日向を家に招き入れた。リビングにいた父もいつになく上機嫌だ。
同じ会社で仕事をしていることや、実家が結子の住まいから近いこと、また、出身大学の話など、自己紹介も兼ねて日向は丁寧に説明する。
「別にもう子どもじゃないから、一緒に住むのはいいんじゃない?」
結子の母の言葉に、日向は、この日初めてほっとした表情を見せた。
「そうだな。結子もいい年だし」
父も同意した。しかしその後、当然のように付け足した。
「ところで、一緒に住むってことは、2人は結婚も視野に入れているってことでいいんだよね?」
― えっ、いきなり結婚の話?
結子は、動揺を押し殺し、日向の方をちらりと見る。彼がなんと答えるのか、日向の出方を待った。
「………」
沈黙の時間が流れる。
日向は、父からの問いに口ごもったのだ。
「お父さんってば、それは追々考えるわよ」
固まった空気をほぐすように、母が助け舟を出す。
「まあね。最近付き合い始めたばかりだから、今すぐどうっていうのは考えてないけど…」
結子も母に同調したが、それでも日向は微妙な表情を浮かべている。
― その場しのぎでもいいから、なにか言ってくれればいいのに…。
でも、即答できないのは、日向の誠実さからに違いないと、結子は無理矢理結論づけた。
◆
「さっきは、うまく立ち回れなくてごめん」
「うちの両親の方こそ、突然ごめんね」
帰りの車の中で、2人になっても、気まずい空気を引きずっていた。
新居をどうするかといった話は、どっかへ消え失せていた。
◆
いきなり母から電話がかかってきたのは、4月半ばを過ぎたころだった。
「結子は、ゴールデンウィークはどうするの?」
「別にどこ行っても混んでるから、何も予定ないけど?」
あれから日向との同棲の話はまったく進んでいなかった。というより、お互いが気を使ってその話題を避けているとも言えた。
「ねえ、結子。この間のお見合いの話だけど、叔母さん、まだ断ってないみたいなのよ。一度会ってみたらどうかしら?連休中のご都合はどうか聞いてもらうから」
母の方も、日向が結婚について消極的であることを察し、娘を心配しているようだった。
「付き合っている人がいるのに、さすがにお見合いは…」
結子がやんわりと断ると、母は畳みかけるように言った。
「いい人だとは思うのよ。でも、この間、結婚の話が出た時に、日向さん口ごもったじゃない。結婚する気がないんじゃないの?」
「そんなこと、まだわかんないよ」
日向との結婚を結子は諦めたわけではない。
しかし、先日の彼の様子を思い出すと、かなり難しいことだとも感じている
「一度会うだけでいいのよ。興味がなかったら断ればいいんだから」
「でも…」
返事に困る結子に、母は言った。
「お父さんも心配してるのよ」
父まで出されると、無下に断ることもできなくなった。
「わかった。叔母さんの顔立てるために会うよ」
結子は渋々承諾した。
「本当に会うだけだからね」
日向への罪悪感から、母に念を押した結子だった。
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見合いの席で結子が相手に対して抱いたのは…