「あの子といると、自分がみじめになる」出世頭の同級生に嫉妬。しかし、彼女の仕事ぶりは実は…
― 【ご報告】―
SNSやメールでたびたび見るこの言葉に、心がざわついた経験はないだろうか?
人生において、新たなステージに入った【ご報告】をする人。
受ける側は【ご報告】されることによって、相手との関係性を見直したり、自らの人生や現在地を振り返ることになるだろう。
この文字を目にした人は、誰もが違う明日を迎える。
これは【ご報告】からはじまるストーリー。
▶前回:新築の注文住宅に、元同僚を招待したら…。一触即発の空気になってしまったティータイムの一言
Vol.5 <ご報告:情報解禁されました>
『情報解禁!5月に発売する山田紹運先生最新作の書影が公開されました』
大学のゼミ同窓会に向かう電車の中。
新山文香はスマホの画面を見て、ため息をついた。
― 明日奈、がんばってるんだな……。
SNSに投稿された、明治大学文学部の同級生の近況報告。
投稿主の彼女は、自分と同じ出版業界に就職したゼミ仲間・永見明日奈だ。
出版業界と言っても、自分は小さな編集プロダクション。一方の彼女は大手出版社・光伝書房。しかも花形の文芸編集部という大きな違いがある。
日々の多忙さを表すかのように、彼女の個人SNSにはプライベートよりも、圧倒的に仕事のことに関する報告が多い。
同業ということもあり、“ご報告”があがるたびに文香は気になってしまっている。今では、誰よりも明日奈の仕事に詳しくなっているほどだ。
文香はため息をつきながら、帰宅ラッシュの地下鉄を降りた。
― はぁ、気が重いなぁ…。
憂鬱な気持ちが、文香の肩にのしかかる。今日はこれから、たった今キラキラとした仕事のご報告をあげていた明日奈本人と、会う約束をしているのだった。
◆
「明日奈、バリバリ頑張ってるらしいね」
「すごいよね。有名作家と仕事できるなんて」
同期会の会場である新宿『TOKYO KITCHEN』には、懐かしい面々が集まっていたが、話題の中心はその場にいない明日奈のことばかりだった。
当の本人は、『仕事が長引いて遅れて参加』だという。
文香は時間通りどころか、30分前に最寄り駅に到着し、もちろんお店にも一番乗り。そんな自分が恥ずかしくなった。
「仲間が頑張っているのを見ると、元気が出るよね。文香」
「あ……うん」
会話を放棄し、お店自慢の上州牛のステーキを食べることに徹していた文香は、そんな同調を強要する問いかけに苦笑いで応じることしかできない。
そんな中、会の開始から1時間後に彼女がやっとご登場した。
「お待たせー。先生との打ち合わせが盛り上がっちゃってねぇ」
「急いでタクシーで来ちゃった。お腹減った〜」
お肉のプレート前に陣取っていた文香は、そんな明日奈の声を聞くなり場所を譲る。
「じゃあ、ここどうぞ。私、お手洗い行ってくるね」
「ありがとー、新山さん」
文香は逃げるように、その場を離れるのだった。
― ああ、まぶしすぎる。
お店のお手洗いの個室で、文香は思わずよろめいた。
― 卒業して5年。ずいぶん差がついちゃったな。
自分が担当している仕事は、大手から業務委託されたローティーン向け雑誌の編集。
入社してからずっとプチプラコスメの連載ページを任されているが、明日奈とは比較にならないほと小さな仕事だ。
― 比べるレベルでもないんだけれど……。
明日奈のSNSの投稿履歴を覗くと、有名作家と並んで写った写真やベストセラー書籍の書影、知り合いの作家から贈られたという献本の写真などで埋め尽くされている。
もちろん公開範囲は限定されているが、文香は例え友人の間だけでも、SNSで自慢できるような仕事を今までしたことはない。
今の仕事自体は楽しくて、やりがいを感じている。
まだ27歳で、キャリアもこれからのはずだ。
だけど、ここまで差を見せつけられてしまうと、どうしても自分が情けなく、ちっぽけに思えてしまう。…彼女に憎しみを抱いてしまうほどに。
文香が重い気持ちのまま宴の空間に戻ると、なぜか明日奈が待ち構えていたかのように声をかけてきた。
「ねー、新山さん、同じ業界なんだって?」
「ああ、うん……」
席を立っている間、誰かが文香のことを彼女に吹き込んだようだ。
戻ったら彼女と離れた席に座るつもりが、明日奈の隣に座ることになってしまった。
「ええー、どこで、何やってるの?」
「“メロンティー”という雑誌だけど」
「あ、少し聞いたことある。中学生が読む雑誌だよね?」
実は明日奈には、以前から勤務先や担当雑誌は伝えているはず。
忘れられるほど眼中にないというショックで、何も言い返すことができなかった。
コロナ禍というのもあり、再会するのはおよそ3年ぶりだ。
ただでさえSNSを見てその差に凹んでいるにもかかわらず、いざ目の前に彼女が現れ、その華やかな話を聞いていると、さらに格の違いを感じてしまう。
同期は別業界に進んだ者が多いせいか、彼女の成功を自分のことのように喜んでいる。
彼らにとって、若くして活躍する明日奈は、純粋に自分たちの希望であるようだ。
明日奈の仕事の話や、「有名人と会った?」などという友人のミーハー丸出しの質問でさえも、文香の心を締め付ける。
逃げるようにスマホに目をやると、職場の上司からLINEが来ていた。
なんてことない、週明けの仕事の連絡だった。
「ごめん、私、会社に呼ばれちゃった」
文香はせめてもの強がりを言ってその場を後にすることにした。
「え?」という明日奈の顔が妙に心に焼き付いた。
ふたたびの、再会
「私が、光伝書房さんに……?」
翌週、出社すると上司から告げられたのは、文香自身の取材依頼のオファーであった。
「橘レイラからのお呼び出しだよ。デビュー当時にお世話になった人と対談する、っていう雑誌の企画だそうだ」
橘レイラ。現在、テレビや映画で大活躍中の17歳の人気女優である。
彼女は2年前まで、文香が担当する雑誌の専属モデルだった。
「レイちゃんが、私を指名?」
「仲良かっただろう?当時はプライベートも親しかったそうじゃないか」
断る理由はなかった。
喜びで胸がいっぱいになると同時に、訪問先の光伝書房には明日奈が勤めていることを思い出す。
大きい社屋ゆえに、会うことはないだろうが、気持ちがずしんと重くなった。
「文ちゃん、今日はホントにありがとうね!会えてすごくうれしかった」
光伝書房で行われた、レイラとの対談。
久々に会った彼女は相変わらず可愛らしく、会話も盛り上がったのだった。
「いえいえ、こちらこそ。本当に呼んでくれてありがとうね」
「ねぇ、これから時間ある?文ちゃんにお買い物付き合ってほしいんだ。コスメのアドバイスしてほしくて」
今をときめく超人気女優の頼みだ。文香は快くOKする。そのまま原宿に向かうことになった。
対談場所の応接室から出て、レイラとおしゃべりしながらエレベーターを待っていると、目の前から5、6人のスーツ姿の集団がやってきた。
先頭を歩くのは大御所作家・山田紹運だ。
― あの作家さん、確か、明日奈の担当なんだよね。
文香は思わずレイラの影に隠れるように身を潜ませる。
「…!」
後ずさりして、下がると──そこには、なんと明日奈の姿があった。
彼女は、集団の最後方にひっそりといた。
大作家先生に、並んでお辞儀をして見送る彼ら。明日奈はその中でも一番末端に小さく縮こまっていた。
明日奈の方も文香に気づいたようで、はっと目を丸くしていたが、張りつめた雰囲気ゆえ、声はかけられなかった。
「永見さん。応接室のお茶、片付けた?」
「あ……今すぐ行きますっ」
「いつも忘れるんだから、あなたは」
上司とみられる女性にせかされ、彼女はバタバタと去っていった。
「……」
◆
『今日、なんでうちの会社にいたの?』
明日奈からのメッセージが送られてきたのは、その夜のことだった。
正直に「橘レイラからの指名で、雑誌の対談があった」と返答したところ、
『私もがんばらなきゃ』
と一言だけ、返信が来た。その彼女らしくない短い返答が、なんだか嬉しかった。
『この前はあまりしゃべれなかったから、今度、ごはん食べに行こう。お仕事の話したいね』
文香は他意なくメッセージを送る。
返事を待つ間に、あることに気づいた。
明日奈はゼミの同期の間でも華やかで目立つ存在だった。
学生時代から出版社でのインターンやOB訪問などを積極的に行っていた。
彼女の積極的な様子に触発されて、文香もようやく就職活動に本腰を入れ始めたと言っても過言ではない。
今の仕事だってそう。彼女の少々大げさな『ご報告』があるからこそ、焦りながらもがんばることができている。
― 私たち、切磋琢磨、しているってことなのかな。
返事はなかなか来なかったが、文香はどこか晴れやかな気分になっていた。
▶前回:新築の注文住宅に、元同僚を招待したら…。一触即発の空気になってしまったティータイムの一言
▶1話目はこちら:同期入社の男女が過ごした一度きりの熱い夜。いまだ友人同士ふたりが数年後に再び……
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