12月18日、カタールW杯決勝。後半36分、フランスのキングスレイ・コマンが右サイドで激しくプレスバックし、アルゼンチンのエースであるリオネル・メッシから半ば強引にボールを奪う。敵陣でのショートカウンターを発動させると、つないだボールをフランスのスター、キリアン・エムバペが豪快なボレーを叩き込んだ。

 これでフランスは2−2の同点に追いつき、試合の盛り上がりは90分間のなかで最高潮に達した。

 これまでフランスの躍進を担ってきたアントワーヌ・グリーズマンは、後半26分にピッチを去っていた。コマンとの交代だった。守備にスイッチを入れ、攻撃を作り出す。その献身的で理知的なプレーは準決勝まで彼の専売特許で、「陰のMVP」に値した。

 結局、フランスはグリーズマン抜きで追いつくも、延長で1点ずつを加え、PK戦で敗れた。カタールW杯のグリーズマンとは何だったのか?


決勝のアルゼンチン戦に先発したものの、後半26分にピッチを去ったアントワーヌ・グリーズマン(フランス)

 筆者は10年ほど昔、レアル・ソシエダ時代のグリーズマンとクラブハウスで会話をかわしたことがある。練習後、ノースリーブのトレーニングシャツに短パンという姿で棒アイスをぺろぺろなめ、彼のほうから話しかけてきた。アジア人、日本人に興味があるらしかった。スペイン語でいくつかやりとりすると、急に興味を失くしたようにロッカールームに戻っていった。

 その後、移籍したバルセロナの日本ツアー中の動画が流され、アジア人への人種差別問題が表面化したことがあったが、好奇心と無教養がないまぜになっただけで、悪意はなかったのではないか。いわゆる、やんちゃと言えばいいだろうか。

「あいつは無礼なところもあるが、サッカーには真剣で、憎めない奴だよ。とがったところもあるけど、チームのためにとことん戦える」

 レアル・ソシエダの関係者がそう洩らしていた。その言葉が、今回のカタールW杯での彼のプレーを如実に表している。

 グリーズマンは髪型を頻繁に変えたり、派手なゴールパフォーマンスをしたり、性格的には「目立ちたがり屋」に属する。また、言動もいささか軽率なところはある。気ままなアタッカーというイメージだろう。

【カタールW杯では黒子に徹していた】

 しかし、彼はゴールで答えを出してきた。2014−15シーズンから5年連続シーズン20得点以上(カップ戦を含む)という記録は、FWとしての勲章だろう。フランス代表でも、ユーロ2016では大会得点王となり準優勝をけん引。2018年のロシアW杯でもエムバペと並ぶ4得点でチーム最多、大会2位で優勝に貢献した。

 ゴールを託すべきエースというのが実像だ。

 しかし、カタールW杯では完全に黒子に徹していた。ポジションはインサイドハーフ気味のトップ下といったところか。ポール・ポグバ、エンゴロ・カンテというふたりのMFの不在で、ゴールへの欲を見せるよりも、リンクマンとしてバックラインと前線をつなげる役割に専念した。

 グリーズマンはスペースを支配するため、献身的に走った。積極的にギャップに入って味方のために顔を出し、パスを引き出し、そこから展開、攻撃を作り出した。また、ボールホルダーの体勢を読みきって、鋭い出足で詰め寄り、空間を奪ってはめ込む動きも秀逸だった。ショートカウンターを発動させ、爆発力のある前線のアタッカーを輝かせた。

<攻守で間断なくスイッチを入れる>

 それは相当の運動量を必要とするが、グリーズマンは労を惜しまなかった。変身とも言えるが、「共闘精神」という彼の持ち味が出たとも言える。

 グリーズマンはいつだって「守備ができるアタッカー」だった。アトレティコ・マドリードで、長くディエゴ・シメオネ監督に鍛えられたこともある。ほとんどのプレーがディフェンスから始まり、守備の網を張るための強度は抜群だ。そのため、カウンター型のチームでは前線でプレッシングの急先鋒になったし、縦に速い攻撃を引っ張った(逆に、ポゼッション型のバルサでは苦しんだ)。

 守備センスそのものは、レアル・ソシエダ時代にすでに光るものがあり、それは半ば天性のものだろう。

 アルゼンチン戦の前半に左サイドでメッシと1対1になった場面だった。まさに手練れのディフェンダーのようにメッシからボールを奪っている。相手のボールタッチに間合いを合わせ、足を出すという高い守備技術を見せた。

【「いつも決定的な仕事がしたい」】

 では、なぜグリーズマンはアルゼンチン戦で思うようなプレーができなかったのか?

 アルゼンチンの20番、アレクシス・マク・アリステルの密着マークを受けたから。それもひとつの理由だろう。相手の球際の圧力は際立っていた。個人の士気の高さが戦術のチームだった。

 ただ、グリーズマン自身はその程度のマークはこれまでも受けてきたはずだ。

 やはり、アルゼンチンの激しい球際に対し、フランスの選手の腰が引けてしまったのが大きいだろう。バックラインは細かいミスが多く、中盤からも挑むようなパスは出てこなかった。そして右サイドのウスマン・デンベレは明らかに動きが鈍く、いくらグリーズマンがマークを引き連れても、それを生かせていない。前半での交代も当然だった。

 その後、グリーズマンはポジションを動かし、後半途中には左サイドへ流れ、3列目まで下がってゲームを作るようになり、チームは好転しかけていた。しかし、エンジンがかかったところで、交代を命じられてしまった。フランスはその交代後に2−0から2−2に追いついたわけだが、グリーズマンがいたらどうなっていたか。すでに試合の潮目は変わっていた。

「自分はいつも決定的な仕事をしたいし、ずっとゴールしない試合が続くなんてありえない」

 グリーズマンは日ごろから、強気に語っている。それも彼の本性である。栄えある決勝戦、ここまで大会無得点だった彼は、あるいは「主役になる」機会を探していたのではないか――。メッシからボールを奪ったコマンがグリーズマンに見えた既視感は、ただの幻だった。