40代から勉強を始めたいとうまい子さん。そのきっかけとは (写真:マイカンパニー)

リスキリングやリカレントなどの学び直しが注目されている。政府は、個人のリスクリングで5年間で5兆円の支援を行うと表明。支援策を充実させる企業も増えている。週刊東洋経済10月22日号(10月17日発売)では「学び直し全ガイド」を特集。40〜50代を中心にした学び直しのすべてを解説している。

1980年代に芸能界デビューしたいとうまい子さんは、女優・タレント業と平行して、経営者や研究者としての顔も持つ。ずっと続けてきたのは学ぶことである。その秘訣を聞いた。

土台を見つけたかった

──40代で勉強を始めた理由は?

強い決意があったわけではないのです。アイドルを5年務めて、当時の事務所を退所し、その後、自分で事務所を立ち上げた。この業界では、個人事務所はなかなか経営が成り立たない。10年くらい干されるような感じで、レギュラーの仕事はあまりなかったのだけれど、いろいろと気遣ってくれる人はいました。人とのつながりに感謝したい。私なりにいつか社会に恩返しができたらいいなあと。

だからといって、高校卒業後すぐに芸能界に入ってしまったので、どういう形で恩返ししたらいいのか、さっぱりわからない。たくさんの人が行く大学というところに入って、何か土台みたいなものを見つけたいと思いました。


──大学の通信課程へ進みます。

講義を受け始めたのは45歳。受けている瞬間から記憶が消えていくような感覚です。とてもスポンジのようには吸収できない。1時間後にはもうさっぱり。対策は、最初のオンラインの講義のときに必死にノートを取ることでした。その後にもう1回、講義を聴き直し、ノートを見直す。それを繰り返します。学ぶという意味では何十年ものブランクがあって、それを埋める作業はしんどい。

基本的には1年目のうち最初の半年ぐらいは、講義を全部週末に受けていました。毎週、課題を提出しなければならない。日曜日の深夜12時でオンラインの講義はシャットダウンされるので、11時59分までにリポートを出さないといけない。それを週末に集中してやる。

自分の力の限界、弱さとの戦いなのです。提出しないで済む方法をあれこれ考えては、「いやいや、あなたは何のために講義を受けているの? 恩返しするんじゃなかったの?」という原点に立ち返る。自分を奮い立たせてはまた落ち込むという繰り返しですよ。

あるとき、週末にまとめてやろうとするから無理があるのだと気づいた。9科目履修していたので、週末にすべてをこなすのは無理だった。週末は休みにして、睡眠時間を削ってでも平日に全部済ませる。そうすると、気持ちが楽になりました。仕事が立て込んでいても、1つか2つの科目なら、週末にずれ込んでもこなせます。


「そんなテーマは無理」と言われた

──最初は予防医学、その次にロボット工学を学びます。

ずっと予防医学を続けたかったのですが、担当の先生の定年退職の影響で、変更を迫られました。ほかの学生の助言もあって、次に挑戦したのがロボット工学。プログラミングの勉強から始めたり、また新たな難題が……。コツコツと勉強を続けるしかないのです。周りのサポートを得ながら、ロボット関連の装置を作りました。

その後は大学院の修士課程へ移ります。大学4年の終盤まで、大学院というのはその存在を知っている程度で、1ミリも考えていなかった。でも、企業の方からの助言もあって、研究を大学院で続けられる道があると知った。

恩返しというゴールは遠いのですが、せっかくなので大学院へ行きたい。結局は修士課程でも終わらず、博士課程へ。高齢者の健康寿命の延伸につながるようなロボットやバイオ分野に関心があり、そのようなテーマの研究を希望していた。博士課程へ移行するときの面談では、教授たちから「ロボットをやっていた人間と、バイオをやる人間とでは基礎が全然違うから、そんなテーマは無理」と言われましたが……。

でも、それでは終われない。本当にしがみつく感じでアピールしました。バイオの講義は一生懸命受けていたので、先生たちの質問にもすべて答えられた。「ロボットをやっていた割には意外にわかっている」と評価された。

──研究活動は面白いですか?

細胞相手の研究は抜群に面白いです。細胞に試薬を添加して、その結果を見るとか、同じ実験を延々と続けます。再現性が大事なので、前回よい結果が出たときは、「もう一度同じ結果が出ますように……」と祈ります。同じ結果が出ないと、データとして認知されず、論文に書けない。再現性のためには何度も方法や試薬を変えてみる。そんな日々でも心は折れず、不思議と「次はよい結果が出る」と思えるのです。


同じ実験を何度も繰り返しても決して心は折れない(写真:マイカンパニー)

根気があるというよりは、解決策が見えるまでのプロセスが大好きなのだと思う。知恵の輪、ルービックキューブ、ネックレスの絡まりとか、考えてみると何でもそう。性格なんですかね。

コツは繰り返しのみ

──社会人からはどんなアドバイスを求められますか。

よく聞かれるのは、モチベーションについて。気持ちが続かないという人が多い。私は自分のモチベーションというものを信用していない。学ぶことについて、感情で決めたことはない。感情に左右される前に週末の勉強をやめて、平日に集中しました。

計画を立てて、強制的に生活に組み込む。感情に左右されないようにする。何もしないで、動画配信をずっと見ている日もありますよ。けれど、「家事が終わったら、勉強」と決めた日は、絶対にやるしかない。

勉強のコツは繰り返しのみです。細胞を培養する実験では、難しい手順がありますが、繰り返すことで、理解が深まって、脳に定着していく。私だって、もう人に教えられるくらいの自信はありますよ。20代に比べたら記憶力は劣っていても、全然無理な話ではない。そういう実感があります。

研究者としての目標? 今は研究生として在籍していて、その期間があと2〜3年の予定です。その間によい結果を出して、論文をまとめたい。その後は違う分野で学びを探したい。人間の仕組みを細胞単位から見てきたので、次はメンタルな領域に行きたい。人間の「幸せ」について科学的にどうアプローチできるのか。健康寿命の延伸を考えた場合、結局はそこに行き着くような気がします。

(堀川 美行 : 東洋経済 記者)