ポストシーズンもフル回転を誓う阿部翔太 [写真=北野正樹]

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◆ 猛牛ストーリー【第38回:阿部翔太】

 昨年果たせなかった日本一を目指す今季のオリックス。監督・コーチ、選手、スタッフらの思いを「猛牛ストーリー」として随時紹介していきます。

 第38回は、肩痛からの復活を果たし、プロ2年目でブレイクした阿部翔太投手(29)です。

 

 打者を抑えると、ガッツポーズを見せながらマウンドを降りる気迫のこもった投球が持ち味。逆転優勝がかかった10月2日のシーズン最終戦では9回を任され、見事に最後を締めました。

 時間差でソフトバンクが敗れるのを待っての優勝決定だったため、「胴上げ投手」は逃しましたが、しびれる場面を何度も抑えて連覇に貢献。今季は44試合の登板で防御率0.61という好成績を残し、新人王争いにも名乗りを挙げています。

◆ 先輩からの言葉で冷静に

 パ・リーグの最終戦となった10月2日。オリックスが連覇を達成するためには、まず目の前の楽天戦(楽天生命パーク)に勝ち、首位・ソフトバンクがロッテ戦(ZOZOマリン)で負けるしかないという厳しい条件だった。

 しかし、オリックスは2点を追う5回に伏見寅威の適時打と福田周平の2点適時打で逆転に成功。一方のソフトバンクはロッテに逆転を許す苦しい展開で、奇跡の逆転優勝が見えてくる。

 8回をジェイコブ・ワゲスパックが3人で締めた直後、ブルペンの電話が鳴った。厚澤和幸コーチから掛けられた「阿部、行くよ」の言葉に、阿部は「心臓が飛び出るんじゃないかと思った」という。

 「1点差で、9回は平野(佳寿)さんが行くものだ、とばかり思っていました。延長になれば登板もあるのかなと」

 登板直前の9回表、一死二・三塁から伏見が右へ2点適時打を放ち、3点差になったことで少しは落ち着けた。

 また、「向こう(ソフトバンク)の試合はまだ終わらないから、ゲームセットになっても誰も集まって来ないからな」という声も。

 試合に集中し過ぎるあまり、3アウトを取って優勝が決まったと勘違いをして、派手なガッツポーズをしないようにというアドバイスだったのだろう。ブルペンから送り出す平野佳の言葉に、冷静さを取り戻してマウンドに向かうことが出来た。

◆ 窮地を救って評価上昇

 京セラドーム大阪の地元・大阪市大正区で生まれ育った。

 少年時代は球場にも通い、山形・酒田南高から京都・成美大(現・福知山公立大)、社会人の日本生命を経て、28歳の時にドラフト6位で入団。

 昨季は肩痛で4試合の登板にとどまったが、そのオフに支配下登録を目指して再起を図っていた近藤大亮投手(今年4月に支配下復帰)とトレーニングを積んで、見事に復活を果たす。

 今季は中継ぎとして出番を増やし、フォークボールなどの落ちる球で三振を取れる右腕として徐々に信頼を勝ち取る。9月以降は平野佳に代わって9回を任されることもあった。

 44試合に登板して1勝負けなし3セーブ、23HP。44イニングで自責点はわずかに3、防御率は0.61という堂々たる成績。前半戦は19試合連続無失点、後半戦も20試合連続無失点を継続中だ。

 頭角を現したのは、4月27日の日本ハム戦(東京ドーム)。2−2の7回、先発の宮城大弥が無死満塁とピンチを広げたところで登板し、1番・今川優馬からの3人を6球で片付けた。

 チームは9回に紅林弘太郎と吉田正尚の連続適時打が飛び出して連勝。「転機になったのはあの試合でした。ベンチに、ピンチでも抑える投球が出来ると信頼してもらえたように思います」と振り返る。

 5月17日の日本ハム戦(ほっともっと神戸)では、4回一死から危険球退場した山岡泰輔を継いで緊急登板。2イニングを投げて3連勝につなげた。

◆ 「直球があってこそフォークが生きる」

 ピンチに強い秘訣を「負ければ後がないという一発勝負の社会人時代に、この1試合に集中することの大事さを学ばせてもらったのが大きいと思います。長丁場のプロでも、この1試合だけと思って投げています。ピンチだろうと、この日1日が勝負だと。だからこそ、自分の投球が出来たと思います」と明かす。

 武器はフォーク。44イニングで45三振は落ちる球で奪ったものだが、フォークで一時代を築いてきたチームの先輩からのアドバイスで投球の幅が広がったという。

 「アベちゃん、1つアドバイス出来ることは、フォーク中心なら行き詰まる時が来る。しんどくなる時が絶対に来るから、ストレートの量を増やしてみたら」。

 2人きりになったロッカーで、平野から声を掛けられたのは、19試合連続無失点が途切れた7月中旬だった。

 「打たれるまで見ていて下さったと思います。平野さんもそういう時期があったそうで、直球も結構使っていて参考にさせてもらっています」と阿部。平野は捕手陣にも「真っすぐをもう少し使ったらいい」と伝えてくれたそうだ。

 「フォーク、フォークで行き過ぎると狙われるから、ストレートも使ったら。ファウルが取れているから、ストレートに自信を持っていい」と言ってくれたのは、能見篤史兼任コーチ。

 フォークを伝家の宝刀としてきた2人の大先輩の言葉に、「自分の中で、何とかしなければいけないと思っていた時の助言で、直球があってこそフォークが生きると改めて気付きました。カットボールも加えるようになって、その後は配球の割合が変わりました」。

 今季最終戦の9回。先頭の銀次にフォークは初球だけ。投じた6球のうち直球は3球で、二ゴロに仕留めたのも内角の151キロ直球。小深田大翔をカット、カット、フォークで3球三振に仕留めた後、渡邊佳明にも4球のうちフォーク、直球は半々で、最後は150キロで左飛に打ち取った。

 「(山粼)颯一郎や宇田川(優希)のように、ビックリさせるような直球は投げることは出来ません。それでも抑えることが出来ているのは、打者が迷っているのが大きいのかなと思います。2人のアドバイスはありがたかったですね」と感謝する。

◆ 「お約束」の儀式

 勝利の方程式の一翼を担う以外にも、大きな仕事が阿部にはある。チームを盛り上げるムードメーカーの役割だ。

 全体練習前のグラウンドで、ひとつの儀式がある。アップを前に、選手全員が阿部に注目。拍手でリズムを取ってはやし立てる。

 促されて前に出た阿部は「行きましょう!」と右腕を突き上げるが、選手らは冷たい視線を送って無視。そこから何事もなかったかのようにアップがスタートする。

 阿部が前に出ることはほとんどなく、パフォーマンスを選手が無視するのもいつも通りの光景。吉本新喜劇のような、チームの「お約束」なのだ。

 連覇の可能性が見えてきた9月2日のロッテ戦(ZOZOマリン)では、投手ながらベテラン・安達了一の求めに応じて試合前の声出しに参加。「ガッツしか勝たん!」とチームを鼓舞した。

 なお、その日からチームは3連勝。優勝争いがヒートアップするなど、マウンド外での貢献も大きい。

 10月2日の祝勝会では、今度は球団から求められ、宮内義彦オーナーや中嶋聡監督、選手会長の吉田正尚らの横に「ガッツしか勝たん!」と手書きされたタスキをかけて登壇した。

 指名を受けた締めの挨拶でも、「ガッツしか勝たん!最高!」と声を張り上げたが、またもや全員に無視されてスベる姿が、お茶の間にも届いた。

 「そこまでが儀式なので。無視されても、あとでみなさんが笑って喜んでくれるので、それで十分です」と、本人はムードメーカーに徹する。

◆ 「最後まで突っ走り切りたい」

 「23HP」は、個人投手成績を見るとリーグ10位だが、防御率0点台は0.99の嘉弥真新也(ソフトバンク)と2人だけ。

 関係者によると、40試合以上の登板で防御率0.61は、2011年の浅尾拓也(中日)の0.41(79試合/87.1回)に次ぐ好成績という。

 プロ2年目だが、新人王の有資格者でもある。最年長受賞は1950年の大島信雄(松竹ロビンズ)の29歳で、選ばれれば並ぶことになるそうだ。

 「選んでいただければうれしいですね。でも、優勝がかかった最後に投げられたので十分です」と、阿部は控えめに語る。

 リーグ連覇を果たし、残る目標は「日本一」。

 「これからも、“この試合だけにかける”という気持ちは変わりません。壊れることはないと思いますが、今年ダメならクビだという思いで、ハラをくくってやって来たので、例え壊れてもそれはそれで覚悟の上です。ここで守りに入っても仕方がありません。最後まで突っ走り切りたいですね」

 2年目に花咲いたオールドルーキー。迷いはない。

取材・文=北野正樹(きたの・まさき)

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