資金洗浄に使われたトランプ・タワー(写真:JOHN TAGGART/The New York Times)

独裁者やその取り巻きが、国民や国家の資金を横領して私腹を肥やし、権力を強化する腐敗した政治体制を「クレプトクラシー」という。彼らはその違法な金を「洗浄」して合法的な資産に変えようとするが、その最強の受け入れ拠点はなんとアメリカである。しかも、彼らの金の洗浄をビジネスにし、成功を勝ち得たのが、トランプ元大統領その人なのだ。クレプトクラシーと資金洗浄を追い続けるジャーナリスト、ケイシー・ミシェルの著書『クレプトクラシー 資金洗浄の巨大な闇:世界最大のマネーロンダリング天国アメリカ』の一部を再編集、その実態をお伝えする。

1983年、ジャン゠クロード・デュヴァリエはある問題を抱えていた。デュヴァリエはこのとき32歳、いささかだぶついた体形で、下辺が大きく広がったもみあげを伸ばしていた。12年前、独裁者だった父親のあとを継いで、デュヴァリエはカリブ海の国ハイチの大統領に就任した。愛称は「ベビー・ドク」。取り巻きも批判者も彼をそう呼んでいた。大統領になったデュヴァリエは、ただちに改革や民主化への期待をめぐる話を残らず圧殺した。

デュヴァリエは父親のような型にはまった陳腐で硬直した独裁者ではなかった。彼にとって悪政こそ生きる喜びで、ハイチの民衆に圧政を強いることにもっとも有効に時間を使いたいというサイコパスのような欲求を抱えていた。

彼の結婚式には数百万ドルが投じられ、これほど惜しげもなく金を使った結婚式は、おそらくカリブ海界隈では誰も見たことがなかったはずだ。101門の大砲による祝賀の礼砲、打ち上げられた花火は10万ドルに相当した。『ワシントン・ポスト』が報じていたように、「ハイチの貧困をきらびやかに飾り立てられた見せかけのバラの背後に隠す」ための設定だった。

数名の友人の助けを借り、アメリカの銀行に口座を開設したデュヴァリエは、この口座を使ってただちに何百万ドルもの汚れた金をアメリカで使いはじめた。当時、どれほど残虐な独裁政権であろうが、口座開設に際して銀行には確認義務が課されていなかったので、話を受けた銀行ははばかることなくデュヴァリエに口座を開いた。

このころ、大物のクレプトクラットとしてアメリカの銀行を利用していたのがフィリピンのフェルディナンド・マルコス(略奪した財産は50億〜100億ドル)だったが、マルコスと同じようにワシントンの政治家は、共産主義の対抗勢力という名目でデュヴァリエを喜んで受け入れた。

デュヴァリエはこの投資をあまり目立たせたくなかった。そこでケビン・マッカーシーというアメリカ人弁護士と契約を交わし、アメリカでの投資を曖昧にするためペーパーカンパニーの設立を手伝わせた。デュヴァリエの銀行口座の残高は増えつづけ、ハイチ国民が失った数百万ドルもの金が、デュヴァリエのためにこの口座に集められていった。そして、大半のクレプトクラットがそうであるように、彼もまたニューヨークという土地に目を向けた。

超高級物件で資金洗浄

マンハッタンのまさに中心にそびえる新しいビルに、デュヴァリエの汚い金が投じられようとしていた。物件は高さ約60階の新築のタワービルで、テナントを募集していた。真鍮のように輝く直方体の建物が多いミッドタウンで、そびえ立つ黒曜石の破片のような外観をしていた。デュヴァリエが目をつけたのは54階の部屋で、ニューヨークの息を飲むような街並みが1望でき、価格は現在価格に換算すると諸経費を含めて約600万ドルはした。それでも独裁者はこの物件を購入することに決めた。代理の弁護士が購入を進め、1983年4月22日に契約書にサインをしている。

契約書には部屋の説明、公証人の署名、購入に際しての詳細な内容が書かれていた。いずれも形式的なもので、すべては手順どおりだった。だが、契約書の2ページ目、デュヴァリエの弁護士とペーパーカンパニーの名前のすぐ上の部分には、あるサインが記されていた。そのサインは、このときから数年後、アメリカ人のよく知ることになる人物の署名だった。

その人物はアメリカの高級不動産市場をやがて支配し、アメリカのリアリティー番組を席巻し、ついにはこの国の政治の頂点に立つことになる。その署名の人物こそドナルド・トランプであり、「トランプ・タワー」の1室を、西半球がこれまでに経験したことのない極悪非道な独裁者の1人に売ることを決めた。

1983年のその日――トランプがホワイトハウス入りを果たし、アメリカの反クレプトクラシー政策とともに、この国の民主主義の軌跡を覆してしまう数十年前のその日、トランプは彼にとって最初の泥棒政治家となる人間をこの国に上陸させていた。

そしてそれは、トランプにとって最後となるものではなかった。

トランプの財務歴の全容を明らかにするには何年もの時間がかかるだろうし、場合によっては何十年にも及ぶかもしれない。だが、大統領に就任する以前の時点で、国内にある不動産に限っても、トランプが何十億ドルもの資金洗浄に関係していたのは明らかである。

もっとも広範囲に行われた調査によると、トランプが所有していた1300戸以上の物件が、過去にマネーロンダリングに手を染めていた人物に販売されていた。1300という販売戸数は、トランプが所有する物件の5分の1以上に相当する。

汚い金がトランプを潤す

買い手はペーパーカンパニーもしくは現金払いで購入した個人で、匿名が守られていた。しかも多くがまとめ買いで、最終的な受益者の身元は明らかにされていない(今日においてさえ、アメリカでは守秘制度が維持されているため、トランプの物件の最終的な所有者のうち、身元が公表されているのはごく1部にすぎない)。このような怪しげな売買にともなう最終的な請求額は、15億ドルという啞然とする金額に達する。しかも、この数字はインフレ調整前の当時の金額である。

トランプが所有する物件はどれも、過去数十年にわたり、アメリカに流入してきた汚い金の大洪水のおこぼれにあずかってきたと考えられている。たとえば、ニューヨークの「トランプ・タワー」を、汚い金をきれいに洗う自分専用のコインランドリーと見なしていたのはデュヴァリエ1人ではない。タワーの総販売戸数の4分の1近くが、デュヴァリエのようにマネーロンダリングの前歴に該当する購入者で占められていた。その販売総額は3000万ドルにも及んでいる。

1996年、トランプはマンハッタンのウエストサイドに「トランプ・インターナショナル・ホテル・アンド・タワー」を建設した。コロンバスサークルとセントラルパークの南西部という申し分のない立地で、トランプにとってはもっとも重要な資産のひとつでもある。このビルの総販売戸数の30パーセント近くの買い手がマネーロンダリングの経歴に適合しており、売買総額は1億3500万ドルだった。

「トランプ・ワールド・タワー」はどうか。トランプがマンハッタンに建設した最新のビルの1棟だ。イーストリバーを見下ろすマンハッタン島の東の境界線に建っており、オープンは2001年、それまでトランプと彼の物件をひいきにしてきた買い手のなかでも、とくに上客を優先して販売された。ビルの約10パーセントはそのような匿名の購入者によって占められていた。彼らはアメリカがまちがいなく提供してくれるクレプトクラット向けの洗浄法を利用したいと願う者たちで、こうした相手に売った販売総額は1億1000万ドルにも達していた。

これこそまさにアメリカン・クレプトクラシーの縮図にほかならない。たった1人の人物によって立ち上げられたクレプトクラシーであり、その人物はこうした疑わしいビジネスで得た利益を使い、最終的には自分を大統領へと押し上げていく軍資金を築いていった。

デュヴァリエの汚い金を吸い込んでいたペーパーカンパニーのように、トランプの物件を購入していたダミー会社のなかには、パナマや英領バージン諸島で登記された会社もあった。しかし、怪しい買い手の大半は、アメリカで登記したダミー会社を徹底的に利用してこの国の不動産を購入していた。

たとえば、約75件の物件の購入に関して、デラウェア州(アメリカ国内にありながらタックスヘブンとして知られる州)で登記されたペーパーカンパニーがそれぞれ関与し、およそ1億3000万ドルの資金の流れを完全に隠しおおせていた。

怪しい取引の実態はいまだ闇の中

トランプ自身、デラウェア州が提供するサービスと無縁だったわけではない。会社の必要に応じて何度もデラウェアを頼みにしており、事業計画やいわゆる”租税極小化”のために378社もの会社をここで登記している(のちにトランプ本人も会社は「山とある」と認めているが、これらのほかに彼が個人的に関連しているペーパーカンパニーがどのくらい存在するのかは誰にもわからない)。さらにデラウェア州のほかの多くのペーパーカンパニーとも何度か関係が指摘されてきた。そのなかには名目上はトランプと無縁のダミー会社もある。

トランプに関係する不動産を匿名で購入した何百、何千という人間の身元は、ペーパーカンパニーの守秘性に包まれ、いまだにはっきりしていないのが現状だ。それでもデュヴァリエのように、数名の名前が秘密主義のカーテンの向こうから垣間見えてきたのは、大半が裁判で名前が明らかにされたせいでもあるが、共同経営者や新しい顧客を世間に吹聴したいというトランプ本人のせいでもあった。相手の背景や略奪された財との関連性、それが明らかな犯罪であってもトランプはおかまいなしだった。

デービッド・ボガティンもそうだった。ボガティンは元ソ連軍の退役軍人で、その後、ロシアの組織犯罪の首謀者としてブルックリンで詐欺を働いていたことで知られる。ボガティンはセミオン・モギレヴィッチの盟友としても活動していた。モギレヴィッチは病的なほど肥満した人物で、おそらく全世界のロシアン・マフィアのリーダーとも言える存在だった。犯罪で得た金の置き場所を探していたボガティンは、格好な場所に目をつけていた。「トランプ・タワー」である。このビルで複数の部屋を購入し、なんのおとがめもないまま未来の大統領の懐に金を落とした。

もう1人似たような人物として、エドゥアルド・ネクタロフの名前があげられる。世紀の境目、コロンビアのマネーロンダリングを調べていた財務省の捜査線上に中心人物として浮上してきた。

2004年に殺し屋に処刑される前、ネクタロフは数百万ドルの金を安全に保管できると考えたビルに直接投資していた。「トランプ・ワールド・タワー」である(ネクタロフが所有していた部屋の真上の所有者がケリーアン・コンウェイで、トランプの大統領顧問として”迷言”(トランプ陣営の虚偽発言を擁護するために発した「alternative facts」という言葉)で知られるようになる。


さらにヴャチェスラーフ・イヴァニコーフという、無精髭を生やしたシベリアの刑務所の元服役囚がいた。この男もモギレヴィッチの盟友の1人で、1992年にアメリカに渡り、ロシアン・マフィアの組織強化に努めた。

イヴァニコーフはFBIの捜査官の目を何年も逃れてきたが、それはFBIに手配されてからも変わらなかった。しかし、FBIも最後には彼の拠点を突き止める。「トランプ・タワー」だった。イヴァニコーフはモスクワの路上で銃撃を受けて死亡するが、「トランプ・タワー」こそ生前のイヴァニコーフが世界的な犯罪組織を指揮する拠点として選んだ場所だった。

怪しげなロシア人とトランプとの金銭的なつながりは、ホテルやタワーなどの高層建築を経由したものばかりではない点を忘れてはならないだろう。2008年、トランプはフロリダの豪邸をロシアの新興財閥の1人、ドミトリー・リボロフレフに売却している。この取引でトランプは5400万ドルという途方もない利益を得ていた。アメリカ国内の住宅販売としては、当時もっとも高額な取引だった。

トランプには、自分が本当は誰の金を処理するために協力しているのか、その正体を十分見分けることはできたようだ。トランプは後年、顧問弁護士に向かって、「オリガルヒはプーチンの代役にすぎない」と口にしている。

(ケイシー・ミシェル : ジャーナリスト)