「帰り、一緒の方面だよね?」食事会帰りのタクシー。女と同乗した男は、実は…
―…私はあんたより上よ。
東京の女たちは、マウントしつづける。
どんなに「人と比べない」「自分らしく」が大切だと言われても。
たがが外れた女たちの、マウンティング地獄。
とくとご覧あれ。
◆これまでのあらすじ
大嫌いなアイドル・凜香をパパラッチすることに成功した真帆だったが、食事会で凜香に鉢合わせしてしまう。しかも、凜香は真帆より圧倒的にモテ、見下してくる。腹を立てた真帆は、凜香に宣戦布告し…。
真帆:「気づくかしら、私の罠…」
私と凜香。あと男が2人。
シャンパングラスがカチャっと重なり、楽しげな声色で「乾杯〜」という声が響く。
決戦の合図だ。
今日の2人も悪くない。どこぞの御曹司で今は商社で働いているとか。顔もなかなかのイケメンだ。
そのうちの1人・雄大という男に、私はロックオンした。
…厳密には、ロックオンしてみせた。
「雄大さんは、どんな人が好みなんですかぁ?」
自然に、わざとらしくない程度に。でも、明らかに狙っていることが周囲にも伝わるように。
「そういうのよくわかんねぇなぁ…」
けれど、雄大は私に全く興味を示さない。雄大の視線は、なんなら身体ごと、凜香に向いている。
「凜香ちゃんはどうなの?どんな人がタイプな?」
雄大は私には目もくれず、凜香にロックオン。
「え〜、私もタイプとかよくわからないなぁ」
「こういう普通の会社員でも、彼氏候補になったりするの?」
「…なりますよ♡」
凜香は絶対に気づいているはず。私の、雄大への好意を。
だから、ああやって雄大からの好意を、まんざらでもない風に受け止めているのだろう。
私へのあてつけ。
…けれど、凜香は気づいているのだろうか。
私の仕掛けた罠に───。
1人の男を巡って、2人の女が戦を繰り広げる。…しかし、その裏で動いていた、ある作戦
◆
あれは、先週のこと。
私が高校の同級生・愛華に呼ばれた食事会に行ったら、そこに凜香がいた。
ただそこに凜香がいるというだけで腹立たしい。私よりも圧倒的にモテるうえに、私がこっそり隠し撮りしようとしたことに気づいてスマホを取り上げまでしたのだ。
何もかも思い通りにいかないことに、無性に腹が立ってしまった。
一度煮えくり返った腸を、そのままにしておくことはできない。鎮静させるには、凜香に痛い目をみてもらわなくちゃ…。
そう思って、凜香に宣戦布告した。
<本当にモテるのはどっちか、勝負しよう>
そう、戦いを挑んだのだ。
友人の愛華にはくだらないと笑われたが、私たちは本気だ。
そして今目の前では、私がアプローチした男が凜香にアプローチしている。
一見したら、最悪な展開だろう。
「えぇ、凜香ちゃんサバゲ―好きなんだ!俺も何回かやったことあるよ」
「え、本当ですか?なんか、映画の主人公になった気分になれるっていうか、非日常を味わえるっていうか、楽しいんですよね〜」
「今度、2人でやろうよ」
「え〜、サバゲーって2人じゃできないですよ〜」
「意外とできるかもよ?」
…
でもね…。
私がこんなに簡単に負けるわけがないでしょう。
これは、ただのモテ自慢勝負じゃない。
凜香は気づいているのだろうか。…これは作戦なのだ。
私は、こっそり凜香の目を盗み、雄大に目線を送る。
― 上手いことやりなさいよ。
そんなメッセージを込めて。
雄大も私からのアイコンタクトに気づき、こっそりと私にウィンクする。
― 凜香。あんたのアイドル生命も、これまでよ。
雄大は、今日初めて会う男じゃない。
かれこれ7、8回目くらいだろうか。この界隈でよく遊んでいる彼とは、食事会で何度も遭遇した。
彼にも恋人がいて、結婚するなら彼女だと決めているらしい。けれど、まだまだ遊びたい盛り。
まったく同じな私たちは意気投合し、お互いに友人を紹介しあったり、食事会をよく開催したりする仲になった。
そして今日。私は彼に、あるお願いをしたのだ。
アイドルの凜香と食事会を開くから、どうにか彼女を持ち帰って、ゴシップ感のある写真を撮ってほしいと。写真さえ撮ってくれれば、後はお好きにどうぞ、と。
最初は面食らった表情をしていたけれど、彼はOKしてくれた。アイドルを持ち帰るというミッションに、男心をくすぐられたのだろうか。
というわけで、今に至る。
私が彼を狙っている感を出したほうがきっと、凜香の闘争心に火がつく。私が振られた感が出るのは屈辱的だけれど、これも作戦のうちだと思えば耐えられそうだ。
私はもう1人の男と世間話に興じながら、ちらちらと雄大と凜香がいい雰囲気になっていくことを確認した。
上手いこと、事は進んでいるようだ。
タクシーに乗り込む雄大と凜香。果たして、真帆の作戦はいかに…
「今日は楽しかった。じゃ、ありがとうね〜」
1軒目でお開きとなった。
タクシーで各々帰る雰囲気の中、雄大は私の指示通り動いてくれた。
「凜香ちゃん、同じ方面だよね。途中まで一緒に帰ろう」
「…あ、はい」
凜香はまんざらでもなさそうな表情で、雄大とタクシーに乗り込む。
凜香からの視線を感じた私は、あえて苦々しい表情でそれを見つめてみた。
得意気な表情で、凜香はこちらを見つめている。勝ったつもりでもいるのだろうか。
…腹立たしい。
けれど、これから彼女はまた転落するのだ。
これくらいは我慢しよう。
私は、2人が真っ黒のハイヤーに乗り込む姿を見送った。
凜香「ふふっ…」
タクシーは、ゆっくりと動き出した。
苦々しい表情を浮かべた真帆を置いて。
「雄大さん…」
私は、雄大の太ももに手を置いて、彼の肩にもたれてみた。
窓からはまだ、真帆の姿が確認できる。私と雄大のこの姿を見て、彼女はどう思うんだろう…。
「ふふっ…」
彼女の内情を察すると、私はつい噴出してしまった。
すると、すぐに雄大も笑いだした。
いい雰囲気の中、突然に笑い出す2人。
その異様な光景に驚いたのか、タクシーの運転手さんもバックミラー越しに視線を寄越す。
「お前いつまでやってんだよ」
雄大は笑いながら、私の手を振りほどいた。
「ごめんごめん、念には念を、ってやつよ」
「お前ら、本当何なんだよ…」
呆れる雄大を横目に、私はもう一度リアガラスを振り返った。
豆粒大になった真帆を見つめながら、私は心の中で問いかける。
― …罠にかかったのは、あんたの方よ。
▶前回:アイドルのあらぬ姿を盗撮しようとしたら、本人にバレた。「画面見せて」と言われた女は…
▶1話目はこちら:清純派のフリをして、オトコ探しに没頭するトップアイドル。目撃した女は、つい…
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次回:凜香を罠に仕掛けたと思っていた真帆。真帆と雄大の意外な関係性とは…