銀座で働く29歳の女は、同級生との恋で次の仕事を考えるが…
港区、千代田区、中央区、渋谷区、新宿区。
通称「都心5区」。このエリアは、東京でもずば抜けて不動産価値が高い。
日本の高級住宅街を抱えるこのエリアに住めるのはもちろん、“選ばれし者たち”のみ。
そこに選ばれた女たちは、男、仕事、年収、プライベートも“すべて”手に入れたいと思っている。
尽きることのない欲望を持つ女たちは、白鳥のように美しくあろうと足元でもがき続けているのだ。
File10. 友里、中央区在住。明石町のマンションに居住
日本一地価が高いエリアといわれる、銀座。
今も昔も、一流と呼ばれる人たちが集う有数の社交場だといわれて久しい。
しかし…コロナ禍と時代の流れから、銀座のクラブも苦しい状況が続いている。そんな銀座から、友里は今日もタクシーに乗って帰宅する。
「ふー。疲れた…」
帰宅したのは、銀座からタクシーで10分もかからない明石町のマンション。時計に目をやると、深夜2時を回っていた。
中央区明石町。ここは、聖路加国際病院や銀座クレストンホテル、オフィスビルなどが立ち並ぶ閑静なエリアだ。
平日の昼間は人通りが多い一方で、夜間や休日はとても静かで居心地がよい。家賃も中央区の中では1、2を争うほど高く、治安も抜群によいエリアだ。
友里が明石町に住んでいる理由は、銀座から近いからに他ならない。
同僚も皆、明石町や築地などの中央区エリアに住んでいて、中にはマンションを保有している子もいる。
コロナ禍ではあるが、友里の勤める店は何とか売上をキープしていた。だが、それでも将来に不安がないわけではない。
「私、いつまでこの生活を続けていいのかな…」
仕事終わりのバスタイム。浴槽にBARTHの入浴剤を入れ、友里はぼんやりしながら考えていた。
銀座の女・友里の日常。この仕事は好きだけれど…
友里は、銀座8丁目のあるクラブでホステスとして働いている。
29歳となった今では仕事のキャリアも長く、一時は雇われママとして働いた経験もある。今の店でも、ママからは頼りにされているリーダー的な存在だ。
千葉県の私立高校から上智大学を卒業した友里。
長身で華やかな容姿を持つ友里は、その恵まれた見た目を活かして、大学時代はイベントコンパニオンやモデルのバイトを経験した。
大学卒業後は広告代理店に就職。しかし、広告の仕事に本気で取り組めないでいた友里は、あるとき、知人の伝手でホステスの仕事を始めることになった。
ホステスという仕事は、ただ客にお酒を注げばいいだけではない。社会的かつ経済的に成功しているお客様の相手をするためには、幅広い教養と知識が必要だ。
ニュースを幅広くチェックし、様々な教養を身に付け、様々な人たちと会話が弾むように日々の精進は欠かせない。
華やかな容姿と、現役で上智大学に進学した知性をあわせ持つ友里にとって、ホステスという仕事は“天職”とも言えた。
この仕事でメキメキと才能を発揮する友里は、若くして相当の年収を手に入れることができるようになっていった。
29歳という年齢にもかかわらず、クローゼットにはHERMÈSやCHANELのバッグ、数々の高級ジュエリーが並ぶ。
同年代の友人に比べれば身に着けるものも高価で、経済的にも恵まれている。
友里自身は、ホステスという仕事に誇りを持っていた。
しかし、世間の見る目は違うことも理解していたのだ。
稼げはするが、水商売という仕事に対する偏見を感じ、親や友人には自分の実情を詳細には話せていない。
「この仕事は好きだけれど、このあと何年、何十年も続けられるかわからない。いつかはこの仕事を、卒業しなければならないわ…」
頭ではこう思っていたが、同じほどの収入を得られる仕事も見つけがたく、この仕事を続けていた。
そして、恋愛でも人並みの幸せを願いつつ、自分のホステスという仕事に対する偏見から、遊び相手とされることが怖かった。
その恐怖から、いつの間にか自分から真面目な恋愛を敬遠してしまっていたのだ。
そんなとき、友里のスマホにある通知が届く。
『Mai Yamamoto:友里、お久しぶり〜!今度、連絡がつく人たちでプチ同窓会しようと話しているんだけど、来られるかな?』
それは、高校の同級生である舞からの同窓会の知らせだった。
同窓会は、『DAL-MATTO 六本木ヒルズ店』で週末の土曜日に開催されることになった。
気がつけば、友里は自分よりも年上の男性とばかり話す環境にいる。同年代の男性との場などいつぶりだろう。
― こういう時って、どういう格好していけばいいんだろう…。
間違ってもHERMÈSなど持って行ってはいけない。
クローゼットの中から、ロンハーマンで購入したカジュアルなファッションで同窓会に向かうのだった。
久しぶりの同窓会で、友里の気持ちが揺さぶられる…
「あ、友里〜!お久しぶり、元気?」
幹事の舞は、友里を見つけるなり明るく声をかけてくれた。
高校の同級生たちとは久しぶりの再会だったが、まるで年月を感じない。あっという間に楽しい時間は過ぎて行った。
そして会も終盤に差し掛かったとき、ひとりの男性が友里に声をかけてきた。
「友里ちゃん、俺のこと覚えてる?すごいキレイになってびっくりしたよ!」
話しかけてきたのは、弘之だった。
高校時代はサッカー部に所属していて成績も優秀。まさに学年の中心人物のような存在だった。
友里と弘之は当時、1度だけ同じクラスになったことはあるが、あまり話したことはなかった。
しかし、大人になった今、話してみると楽しく盛り上がったのだ。
「友里ちゃん、LINE教えてよ。今度、お食事でもどうかな?」
誘い方もまったくいやらしくない弘之。友里は、気持ちよくLINEを交換した。
『Hiroyuki.I:友里ちゃん、昨日は久しぶりに会えて楽しかったよ。早速だけど、次はいつ空いている?』
同窓会の翌日。弘之からすぐにデートの誘いがきた。
しかし、友里は迷ってしまう。
― 誘ってくれて嬉しいけれど、私の仕事のことをどう言えば…。
弘之からの誘いは嬉しい反面、ふたりになれば仕事のことも話さなければならないだろう。
浮足立つ気持ちと戸惑いを抱えながら、友里はデート当日を迎えた。
10年も会っていなかったとは思えないほど、弘之と過ごす時間は自分が自然体でいられることを感じた。
しかし、心の片隅ではずっと、弘之にホステスという仕事について何と伝えるべきか悩んでいた。
― 関係が深くなる前に、仕事のことを言わなければ。弘之を好きになってフラれたら、私が深く傷つくだけだわ…。
高校や大学の話をしていく流れで、ついにこの質問が弘之の口から出てきた。
「そういえば友里ちゃん、仕事は何をやっているの?」
心臓がドキンとするのが、自分でもわかった。
しかし、言わなければ…。友里は意を決して口を開いた。
「うん…。接客業というか、銀座で働いているの…」
「へぇ、そうなんだ」
弘之の返事は、あっけらかんとしたものだった。
きっと引かれるだろうと思っていたが、まったく意に介さない弘之の様子に友里の方が戸惑ってしまった。
「浮ついているって、思うよね?」
「いや、別に?」
弘之の意図が読めない。友里はついこう聞いてしまう。
「でも…自分の友達や彼女が銀座で働いているって、男の人はどう思うのかな?」
「うーん…。俺は別に何とも思わないけど。友里ちゃんが誇りを持っているならいいんじゃない?」
弘之は続けて、こう問いかけてきた。
「でも友里ちゃん、本当に今の仕事をずっと続ける覚悟があるの?」
― ずっと…ずっと続ける…?
友里は答えに詰まってしまった。
弘之はきっと、友里の仕事を嫌うだろうと決めつけていた。彼のせいにして、自分自身の問題から逃げていたのだ。
友里はホステスの仕事に対して、きちんと落とし前をつけていないことに、改めて気づかされたのだった。
うつむいた顔を上げると、弘之が笑っている。
― あぁ、この人とずっといたい…。
そう思ってしまった友里は、自分の身の振り方を考えなければと、ようやく真剣に考えるのだった。
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